2023/10/12 チーズ3種
「ここの店はチーズが美味い」
そう言ってルゲンツに連れてこられたのは、中央よりやや下町に位置する酒場だった。未成年であるマゼルに配慮したのか、健全寄りの店だ。
「あ」
店の入り口に立ったマゼルが思わず声を上げる。知ってんのか? と言う顔をしたルゲンツに、以前友人に。と答える。実際この店は、ドレクスラーに案内されてヴェルナーの他数人の学友と来た店の一つだ。
ルゲンツの言うように、王都近くの村から毎日新鮮なチーズが運ばれてきている。メインはヴェルナーの前世でいうところのクリームチーズのほか、ブリーチーズ、|ミモレットチーズ《オレンジ色の柔らかなチーズ》などの熟成チーズがメインだ。
ちなみにヴェルナーの実家であるツェアフェルト邸は、大臣職にある伯爵家にふさわしい敷地面積を有しており、その敷地内には騎士団の訓練場のほか、菜園や牧場も存在している。そこから毎朝新鮮な乳製品や野菜が手に入ると知ってマゼルはたいそう驚いたものだ。なお、学園にも同様の施設があり、一部の学科の生徒が世話の一部を――賃金ありで――任されている。
この店に案内してくれたドレクスラー曰く「うちはそこまでではない」とのことなので、やはりヴェルナーの家は王都でもそれなりの地位にいるのだろう。そしておそらくはこれからますますその存在感は大きくなるに違いない。マゼルは親友であるヴェルナーがただの一文官で終わるとは全く思っていなかった。と、同時に、己が騎士になることをキッパリと断られたことを思い出してじんわりと胸に重いものが広がる。
ラウラ姫にそれぞれの思惑を説明され、一応は納得した。だが、それでも不意に現れた可能性を、考える猶予もなく否定されたことには思うところがあるのだ。
「親父、エール二つと、盛り合わせな! 肉とチーズ!」
「はいよ!」
マゼルが考え込んでいるうちに、ルゲンツに促されるまま席につき、注文が終わっていた。とはいってもここにあるのは先ほどルゲンツが注文した盛り合わせのほか、スープとパンしかない。
注文が決まっているからか、来るのも早い。
「へい、おまち! ……あ」
「あ、どうも」
威勢のいい店の親父がマゼルの顔を見て「あ」と言う顔をした。マゼルもその顔を見て思い出したようににっこりと笑みを浮かべた。すぐに破顔した親父が「今日はいつものメンツじゃないのかい」と、テーブルに盛ってきた酒と皿を置きながら尋ねてくる。
「えぇ、まぁ」
「まぁ、こいつらなら安全だろう。また坊ちゃんたちと来てくれよ!」
がははははと、親父はルゲンツを見てそう笑うと「ゆっくりしていきな!」と言ってカウンターに戻っていった。
「常連だったのか?」
「いえ、そう言うわけじゃなくて。ヴェルナーがちょっと」
「あのお貴族さんが、か?」
マゼルの親友だという貴族は、ルゲンツから見るとたいそうな変わり者だ。とはいえ、短い付き合いながら平民相手に無意味に居丈高な態度をとるとも思えないし、先ほどの親父の態度はどちらかと言えば友好的なそれだ。言い方からすれば、相手が貴族――さすがに伯爵家だとは思っていないかもしれないが――だと理解しているようでもある。
「ここのチーズ、美味しいけど売りにするにはちょっとパンチが少ないって話になって」
肉とチーズで十分美味いし、他のものが食いたければ他に行けばいいという話なのだが、もう少し何かないかと悩んでいたらしい。しかし、これ以上の料理の品数を増やすのは人手や設備があって無理。と言うことを愚痴っていたところ、ヴェルナーがクリームチーズはしょっぱいものや甘いものとあうという話をこぼしたわけだ。
「その場でベーコンを混ぜたのと、この家の自家製のピクルスを刻んだのを混ぜたのと、ドレクスラーのおやつのドライフルーツを混ぜたのをポンポンと作って」
マゼルの言葉にルゲンツは皿の上を見た。その三種類と何も入っていないものが球体になって乗せられていた。もちろん他にもいくつもチーズはあるが、どうやら無事に定番料理になったようだ。
「蜂蜜や胡椒とかもあうって言ってたけどね」
「その辺がお貴族様だよなぁ」
ククッと、笑いながらルゲンツはピクルスを刻んだものを指でつまんで口の中に放り込む。滑らかなクリームチーズに刺すような酸味のピクルスが実にあう。ぐいっと、エールを飲み干し、今度は肉に手を付ける。マゼルもまた、ドライフルーツのものをつまんで口に放り込んだ。
「まぁ、おかげでうまいものが食えるし、ちょうどいい狩場も知れた」
「うん」
ヴェルナーに。と、どちらからともなくジョッキをあわせると、マゼルとルゲンツはそれきり先ほどまでの戦闘の話に移っていったのだった。
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ドレクスラーがドライフルーツを持っていたのは、いわゆる行動食的なものであり、非常食でもある。魔物狩りをしていたっていうし、そう言うのは常備してそうかなって。
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