2023/11/12 04.ベルエポック マゼル
マゼルがまともに紅茶を飲んだことがあるのは、実のところヴェルナーの屋敷がほとんどだ。もちろん王宮に招かれた時にも紅茶は出たし、それ以外に学園で茶会などに招かれたことがあったが、正直味なんか覚えていなかった。
それらは緊張していたというのもあるが、マゼルの一挙手一投足を監視するように見られ、付け込もう、あるいは貶めようと画策する連中の中で飲んだところで味などわかるはずもなかった。
そもそもヴェルナーと親しくなる前に招かれた茶会で一番印象に残っているのが某公爵令嬢の毒茶会なわけだから、ろくな思い出ではない。
だから初めてヴェルナーの屋敷に友人として招かれ、ようやくまともに紅茶を味わうことができた。だから知らなかったのだ。
あれ? と思ったのはヴェルナーとともに王宮の庭に招かれ、第二王女殿下との茶会の時だった。その時は王族の出席する場なので茶葉が違ったりするのかな、と、違和感のある味を不思議に思いながらもそう納得したのだ。
だがそうではないことを理解したのは、勇者として旅に出て、あちこちの神殿や貴族の屋敷に招かれ、茶を振舞われるようになってからだった。
「あ~~ヴェルナーの家のお茶美味しいよねぇ」
「大げさだな」
はぁと、カップをソーサーに戻しながら大きくため息をつくマゼルに、ヴェルナーはそう言うがどこか自慢げなのはマゼルの眼にも見て取れた。自身の家の女中の腕が褒められて悪い気はしないのだろう。
自分自身のことでなければ素直に評価を受け取るヴェルナーに、らしいなと思いながらも同時にこれを飲みなれているだろうヴェルナーの舌を満足させなくてはいけないだろうリリーに内心でエールを送る。
「ほんと美味しい、お菓子も甘すぎないし」
そう言ってマゼルは切り分けたパウンドケーキを口に入れる。シロップ漬けにした|ペア《洋ナシ》をキャラメリゼしたものをたっぷり並べて焼き上げられたそれは、断面も美しいマーブル模様をしている。
何よりほろ苦いキャラメルと爽やかな甘さのペアが上品な味わいの紅茶によく合っていた。
「あーまぁ、一応歓迎している印だから」
うちのは俺が極度に甘いのが苦手なだけで。と、あまりにもしみじみとしたマゼルの口調に、ヴェルナーがフォローするように言う。紅茶の味はティルラの腕には比べようもないだろうが、庶民出のマゼルには甘すぎる菓子も本来は貴族にとっては普通のはずである。
ただ、見栄より|実利《味》を取るヴェルナーが変わっているだけだろう。
それでも今回のパウンドケーキはペアがシロップ漬けにされているし、カラメルにも砂糖は使っているから、トータルの砂糖の量はさほど変わらないはずだ。
マゼルたちもそのことはよくわかっているし、顔や態度に出すことはない。が、こうして舌に馴染んだ、馴染んでしまった美味い紅茶を飲みたいと切望してしまうのは仕方がないだろう。
「フェリなんかはそっちの方が好きなんじゃないか?」
「いやぁ、限度はあるみたい」
屋敷に来るたびにもりもりと茶菓子を食べ、紅茶に砂糖を入れる斥候の名前を上げるヴェルナーにマゼルも苦笑いを浮かべた。珍しいものが食べられると最初は喜んでいたフェリだが、居心地の悪さも相まって、今ではルゲンツとともにばっくれ、もとい、辞退することも多い。
「なら、フェリへの土産に少し持たせるか」
「うん、そうだね」
今回はフェリは孤児院、ルゲンツはギルド、エリッヒは神殿、ウーヴェとラウラは王宮と別れているため、マゼルだけがツェアフェルトの屋敷に来ているのだ。きっと喜ぶ。と言うマゼルにヴェルナーは傍にいる使用人に視線を向ければ、静かに一礼が返ってきた。これでマゼルが帰る時までに用意されているだろう。
「ラウラもね、ここのお茶が飲みたいって時々ぼやいてるよ」
「それは、……光栄だが。どんな茶なのか逆に気になるな」
「ヴェルナーが飲んだら吹き出しそう」
「そんなことするわけないだろう」
「いやぁ、どうだろう」
僕、毎回ラウラはすごいなって思うし。と、マゼルが遠い目をする。
こちとら貴族のポーカーフェイスは身に着けてるぞ。と言うヴェルナーに、いやに真剣な顔をして首を振るマゼル。そんな親友の口調に、ヴェルナーはいったいどんな茶が出されたのかと、戦々恐々とするのである。
「フェリ、ヴェルナーからお土産預かってるよ」
「やったぁ!!!」
数時間後、ギルドの一角に集まった勇者たち一行。そこでマゼルはフェリへと包みを渡す。大げさなほど喜ぶフェリに、エリッヒとラウラも微笑む。
「なになに? マゼルの兄貴も食べたの?」
「うん。ペアとキャラメルのパウンドケーキ。日持ちはしないから早めに食べろってさ」
ほろ苦くて美味しかったよ。と言うマゼルに「苦いのか~」と言いつつもフェリは嬉しそうに顔をほころばせる。
その日の夕飯時、フェリがおすそ分けと配ったので、全員が美味しくいただいたのだった。
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