ゴンドラにて

 最近、きららがやけにくっついてこようとする。前から距離は近かったが、ここまでではなかった。
 この前、理由を聞いてみたら「だって、あこちゃんが可愛いから」とか、わけのわからないことを言われて余計に不可解さは増している。
「すっごく楽しかったね、あこちゃん」
 ほら、今だってぴたっと肩と肩がくっついていて、あこの頬をピンクと水色の髪がくすぐってくる。
「ええ。今日は色々、ありがとうですわ」
 日没からしばらく経ってしまって、テーマパークは全体が紺色のベールをかけられたようだった。
 まだアトラクションは動いているが、どれも昼間彼女と一緒に乗った時とは違うもののように見える。
 ハロウィンのイルミネーションは明日からだった。
 明日になれば、同じ時間だとしてもパーク全体がもっと明るく光り輝いて、全然違った光景が見られたことだろう。でも二人にとって明日ではダメだった。
 秋の風がパーク内の小道を吹き抜けてくる。だからだろうか、くっついているところからきららの体温が余計に強く感じられるような気がして、胸がざわざわした。
 喉の奥がつっかえたみたいに苦しい。言いたいことがあるのに、言うことが出来ないから。
「あこちゃん、何か元気ない……?」
「そ、そんなこと、ありませんけれど」
「さっきのアナウンス」
「え?」
「帰りのゴンドラ、もう少しで今日の運行が終わるんだって」
「そうなんですの!?」
「うん。早く乗んないと……」
「ええ、そうですわね……」
 最寄り駅とパークを繋ぐゴンドラ。来るときもそれに乗ってきたし、チケットを往復分買ってしまったので、出来れば乗って帰りたい。
 急いでゴンドラ乗り場まで行くと、スタッフが運行終了時間について説明しながら、列に並んでいる人たちを捌いているところだった。あこたちも列に並んで乗車を待つ。
 一組、また一組と乗り込んでいくと、周囲のガヤガヤとした賑やかさも段々小さいものになっていった。
「はい、どうぞお乗りくださーい」
 誘導されるままに乗り込む。きららとあこが最後の一台だった。二人が座席に横並びにちゃんと座ったのを確認して、パークスタッフが扉を閉める。
 ゴンドラは二人を乗せて順調に下降していった。
「あこちゃん、あのね」
「どうしましたの?」
「お誕生日おめでとう」
「ありがとうですわ。でもそれ、今日何回目ですの?」
「おめでとうは何回言ってもおめでたいからいいじゃん」
「それは……そうかもですけれど」
 きららが手を繋いでくる。夕闇の中できららの爪の先についたスパンコールがきらりと光った。
 右肩がぐっと重くなった。きららが頭を乗せてきたのだ。今日何度もこんな風に彼女が至近距離にいて、こうしてふわっと香るシャンプーの匂いもすっかり覚えてしまった。
 また胸の奥がざわざわしてくる。
「あこちゃん」
「なんですの」
「今日も可愛い」
「はいはい、またそれですのね」
「もうっ、きらら、本当のことしか言ってないのに」
「何回も言われるとありがたみが減るじゃないですの」
「え~、いっぱい可愛いって言うと、もっと可愛くなりそうなのに」
「どういう理屈ですのよ!」
 フンとそっぽを向く。
 けれどもあこはそんな自分の言動を内心後悔していた。
 本当はこんなことが言いたいのではなくて、もっと、もっと、きららにちゃんと伝えたいことがあるはずなのに。
――今日は誘ってくれてありがとう
――誕生日に一緒にいられて嬉しい
――昼間渡してくれたプレゼントにも感激した
――くっついてくれるのも嬉しくて
――帰りたくなくて

 憎まれ口ならすぐに出てくるのに、肝心な言葉はいつも言えないままだ。
 だってもし、きららがこんなにもくっついてきて、あこと一緒にいたがっているのが、『親友に向ける好意』というだけのことだったら?
 胸の中でヒリヒリと燃え上がるような、けれども甘酸っぱくて愛おしい、この感情を抱いているのが、あこの方だけだったら?
 そんなの、悲しくて、苦しくて、もう一緒にはいられなくなる。
 それならいっそ、ずっと自分の中だけでくすぶらせていた方がいいのかも、とさえ思う。
「あこちゃん」
「もうすぐ着くね」
「ええ……」
 ゴンドラはジェットコースターの線路の真上を抜けて、広い駐車場の上に差しかかっていく。このまま降りて行けば、もう発着場所だった。
「あこちゃん、好き」
「へっ!?」
 いきなり言われたので、飛びあがるくらい驚いた。
 これまで、可愛いとか、くっつきたいから、とか離れたくないとか、きららは色々言ってきたけれど、『好き』だとはっきり言ってくれた回数は、そう多くはなかった。
「きらら、あこちゃんのことが好きだよ」
 だからこの言葉は嬉しい。けれどもまだ、自分の好きと彼女の言うのが同じとは限らないわけで。だからスンとすました顔で返すほかなかった。
「……そ、そうですの。ありがとう、ですわ」
 ちらりと見れば、肩口に顔を乗せている彼女があこの方をじっと見ていて、ばっちり目が合う。
「あこちゃんは、きららのこと、好き?」
 大きな瞳には今日の夜空と、それから真っ赤になって口をパクパクさせるあこの姿が映っている。
「わ、わた、わたくしは、す、す……」
「す……?」
「すき………………ですわ」
 蚊が鳴くような声で言うと、きららの声のトーンがさらに一段と甘ったるくなった、気がする。
「ほんとぉ?」
「え、ええ……」
 一体、どういう意味の好きなのか。確かめたくて、でも確かめたくなくて。
 なんと言っていいか分からず言葉を紡げずにいたら、きららの顔がさらに2センチ近付いて、それはつまり、唇があこのそれを掠める近さだった。
「にゃぁぁああああ!?!?」
 思いっきり飛びのいたら、きららも同じくらい驚いて、うわぁああと声を上げる。
 ゴンドラが、がこんと大きく揺れる。
「ちょっとあこちゃん! 急に叫ばないでよぉ!! びっくりするじゃん」
「びっくりはこっちのセリフですわ!? あなた、いま、もう少しで、く、くちびるが……!」
「え? ちゅーしないの?」
「へ?」
「今のぜったいちゅーする流れだったのに」
「にゃ!? あ、あなた……!あの、あなたがわたくしのことを好きというのはつまり、そにょ……キス、をするような種類の好き、なんですわよね……?」
 恐る恐る言ってみれば、きららは小首を傾げて、怪訝な顔をしている。
「それはそうでしょ。ってかあこちゃん、ちゅーするの嫌?」
「嫌、では、ありませんけれど」
「そうなんだ。あこちゃんこれまで全然口にちゅーしてくんないから、嫌なのかなーってちょっと思ってたけど。違うんならいっか。じゃあ、する? しない?」
「え、ええっと、そにょ……」
 どうやらきららとあこで懸念を持っていた方向性がかなり違ったようだ。けれどもお互いにキスをしてもよい好きであることは間違いなく同じようだった。まだどこか信じられないような、でもとびきり嬉しくてそわそわしてしまって、落ち着かない気分だ。
 けれどもゴンドラは気持ちの落ち着きなんて待ってはくれないもので、さっきよりもさらに下降していて、すぐ向こうの方に降り場が見えてきている。
「……しますわ」
 そう言ったあこの言葉を最後まで聞かないうちに唇同士がぴったりとくっついた。
 柔らかくて、あったかくて、甘くて。
 ゴンドラの扉が開くまでの、ほんの少しの間のキス。あこにとって大切な瞬間になった、初めてのキスだった。

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