V、慰みに


 大人であろうが幼かろうが関係ない。死刑執行人の家に生まれた人間は遅かれ早かれ自らも処刑台の上に立つのだ。父が行う刑罰を見せられるのも、「処刑人の剣」を扱う練習をするのも、必要な知識を詰め込むのも全てその予習にすぎないのである。
 父から剣を手渡されてからは毎日のように庭に出て鍛錬をした。否、しなくてはならなかった。
 いつもは優しい父も死刑執行人になるための教育を行う時だけは鬼の心となった。何度だって厳しいことを言い、私が心が折れそうになり挫けたり泣いたりしても、その時は決して慰めはしなかった。
 『泣いてもお前の人生が変わるわけじゃない』
 父は決まり文句のように言っていた。それでも泣きたくなる時は数えきれないほどあった。そして幾度枕を濡らしたことか。だがやがて涙を流すことさえ虚しくなる時がくる。そこでようやく父が言っていた言葉を理解するのであった。
 私にとっての数々の苦難が降り注ぐ中、父は「せめてもの慰み」とは何かを教えてくれた。
 死刑執行人は職業柄、どうしても精神的な苦痛がつきまとう。それを癒すためにも慰みの存在が必要なのである。


 父は時々自宅で庭の手入れをする。
 家庭菜園のようなものもあり、植物だけでなく野菜も育てている。これは父の趣味だ。私の大好物のトマトは庭で収穫しているものというのは余談である。
 こうして父が植物に語りかけている様子を何度も目にしていた。草木を愛する人なのだと思っていた。
 ある時、「君に教えたいことがある」と言われ庭に連れてこられた。以前父は「見せなければならないものがある」といって公開処刑の様子を見せつけた。それが頭の中に蘇り、また何か恐ろしいことがあるのではないかと怯えた。
 しかし父の口から出たのは、
 「シルヴァンにも心の慰みを教えてあげよう」
 という台詞だった。
 「こころのなぐさみ?」
 また聞きなれない言葉に頭を傾げていると、小さな私にも理解できるようなやさしい表現で教えてくれた。
 「死刑執行人は、心が苦しくなる仕事をしているんだ。いろんな人から酷いことを言われたりもする。とても辛くなるときもある。そうなったときに癒してくれるものがあると安心するんだよ」
 「癒してくれるものって?」
 父は目の前の咲き乱れる薔薇を指差しながらこう言った。
 「こうやって植物を育てるのさ。愛情を込めて育てればこんなに立派な花を咲かせるんだ」
 「すごく綺麗な薔薇! これパパが育てたの?」
 「そうだよ。大切に育ててきたものだよ」 
 父はこうして植物を育てることによって日々の疲れを癒していたのだ。
 まるで高貴な血色の薔薇は、何人たりとも手折らせない強さを持ち合わせているかのように思えた。
 我ら死刑執行人がどんなに忌み嫌われようと、花は決して我らを拒んだりしない。ならば花に愛を注ごう、と先代の人間は言ったようだ。
 そして慈しんで育てたものはこうして立派に咲き誇る。それが心の慰みとなるのだと…。
 愛された花だけでなく、物陰でひっそり生えている名も知らぬ雑草だって、幾度となく踏まれようが雨に打たれようが強く根を張り生きている。
 それらの姿はまるで死刑執行人の生き様そのものだった。草木花と同じく、その運命に向き合い生きていくしかないのだ…。
 そして処刑台の上で咲き誇るしかないのだ…!
 「だからシルヴァン。嫌なことがあったらこの花に語りかけなさい。花が魅せる生き方はきっと君の励みになるから」
 私は小さく頷いた。そして薔薇を見つめたまま胸の内に存在する密かな悲しみを語った。
 「…処刑人て、なんかかわいそう。だって嫌われてるもん。僕の友達がいなくなったのは処刑人の子だからでしょ…?」
 薔薇は黙したまま己の美しさを称えているだけである。残酷なほど美しい薔薇には幼い悲しみなど到底癒すことはできない。
 少し間を置いてから父が口を開いた。
 「シルヴァン。お前は何も悪くない。悪いのはこの役職が存在することだ」
 「そうなんだ。じゃあこんな仕事なくなっちゃえばいいのにね。そうすれば僕もパパももっと幸せになれるのに」
 父は「そうだね」と一言肯定したあとに言い加えた。
 「そして悲しいのは、この役職が存在しなければならないほどの罪を犯す人間がいるということなんだよ」
 そのような人間がいなくならない限り、我ら処刑人は死刑執行という鎖から解放されることはない─。
 「だからシルヴァン。君は自分を責めなくてもいい、誇りを持って生きていきなさい。これから歩んでいく未来、もっと辛いことが待っているかもしれないから」

 父の言葉は何かを暗示していたのだろう。
 ─1753年、王国に「嵐」が吹き荒れ、私の運命は更に狂おしく廻り出す。
 


第一幕 小さな執行人 Fin.

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