会いに行くよ/主♂セツ(2020.9.11)

「理屈が明らかであるということと、諦められるということに連関はないんだよ」
 ラキオは心底嫌そうな顔をして、それだけで彼がなにを考えているのか分かる。乗船中にラキオが言及していた論文を読んだが、解明されたって恋をしなくなったわけではない。今日だって、恋人を見かけないわけではないのだ。
「……つまり、どういうことですか?」
「大昔の衝動的な情動をいつまでも美化して覚えているのさ。救い難いね。ああ、僕は別に構わないよ。君がなにをしようと君の自由だからね。ないものを探すのもまた人生の消費の方法ではあるンだろうけれど」
 レムナンがきょとんとして首を傾げている。愛した人に会いにいくのだ。どうせラキオとはこうなるだろうと思っていたが、最期だというのに冷たいままだ。だけど思いつく方法がひとつしかなかった。冷たくなるのはラキオではなく自分のほうだ。
「コールドスリープポッドを買ったんだよ」
「え⁉︎ ポッドって、すごく値が張るものじゃないんですか⁉︎」
「……失礼、君はそんなに高給取りだったっけ?」
「うん。だから今、すっからかんなんだ。通信装置も今日中に売り払うつもりだし、家ももうないよ」
 墓を買って、そこにポッドを運び込んだ。下船してから稼いだ金と、持っていた物という物をすべて売り払って、なんとか手が届くくらいの金額だ。ここまでにするのにずいぶんかかってしまった。もしそのあいだ中、あの人がループを続けていたとしたら、どれほど謝ればいいのだろう。ひとりきりで置いてきてしまったことをずっと悔いている。
「え、と……どういうつもりなんですか? だって、それじゃあ……」
 ラキオが呆れて絶句しているのがモニター越しでも鮮明にわかる。レムナンの口調がラキオに似てきているのがすこしおかしい。そんなものは自殺行為だと言われたけれど、それでは止まれなかった。息の根を止めるのは、五年経てばエネルギーが足りなくなるように設定した電源装置か、それとも。
「さよならなんだよ、これで」
「……どうして?」
「会いに行くからかな」
 確証はないけれど、たぶんこれが最後の手段だと思う。手を尽くしたけれど、銀の鍵の扉の向こうについて知る人はいなかった。情報を満たしていない以上はおそらくおなじループの中にいるだろうということしか。あの、初めて目を覚ましたコールドスリープ室に行くにはと考え続けて、これしかないと思ってしまった。
「僕は止めないよ」
「知ってるよ。ありがとう。それから、鍵を盗んでしまってすまなかった」
「ずいぶん遅れた謝罪だね、まあいいよ。厳密には君の盗んだのは僕のものではないから」
 相変わらずラキオは優しいな。そうとは知らせずにいようとするところまで。いまだ状況を把握しきれないレムナンだけが目を点にしている。とおくにいくよ。それだけ分かってくれればいいのだ。とおくへ置いてきてしまったのだから、迎えにいく。
「わかり、ました。……大事な人に、会いにいくんですね」
「そう。恩人なんだ。たくさん助けてもらったのに、迷惑をかけてばかりだったから」
 同じ船に乗っていた、消息のわかる人にはもう連絡済みだ。最近忙しくしているというレムナン、ラキオが最後だった。なんとか革命が落ち着いたところだと言うから、セツに伝えるにはキリがいい。これが最後のさよならだ。
「……フン。行ってきなよ」
「ええ。……さようなら」
「うん。ありがとう」
 次に目が覚めるときには、なんて言おうか。しげみちと映画を見たとき、寝てしまったのはどうかとずっと思っていたんだよ。
 通信を切ってすぐに端末を初期化する。これでもう誰とも繋がりがなくなった。手放したら惜しくはない。あんたを助けにきた。言いたいことは山のようにあるけれど、まずは最後の戦いを始めよう。
 
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