夕闇、灯りて

浅倉不在の部屋で、雛菜と円香が致す話です。
円香→透への巨大感情前提、雛菜円香恋愛感情のないセックス(通算2回目)をやりました。



--------------------------------------------------
 どうしてこうなったのか、と誰に尋ねるわけでもなく、ただただ天を仰いで問いたくなる時がある。考えても考えても原因が分からなくて、現状をどうにかすることなんて出来ない時。例えばこんな風に、幼馴染みの女に自分の女の部分を好き放題にされている、だなんてそんな意味の分からないことがどうしてまた起こってしまったのか。
「……ぁっ、は、ぅん……ふっ……」
 自分の唇から抑えようとして抑えきれない声が漏れ出てしまっていて、羞恥でどうにかなりそうだ。それが余計に快楽に結び付いてしまうのが悔しい。
「あは~~~~円香先輩かわいい~~。いっぱい濡れちゃってるよ~」
「いちいち、口に出すな……っ、はぁっ……んっ」
 夕闇がどんどん濃くなってきている。亜麻色の雛菜の髪は窓から射してくる夕陽に照らされて緋色に煌めいていた。雛菜の吐息が円香の鼻先にかかってくる。彼女の匂いとそれから自分の体液の匂い、二つが混じり合いながら充満していたが、その中にもう一つ別の匂いが混ざっていた。爽やかで清潔な香り。浅倉家の浴室で使われている石鹸のそれだ。それがどうして円香と雛菜の行為の最中に鼻先を掠めるのかと言えば、この部屋の主が浅倉透だから、としか言いようがなかった。
 レッスンの後、一旦家に戻った円香だったが、浅倉家への届け物を母に頼まれて、いつものようにこの家に来た。すると、透が出てきて入れ違いに玄関で靴を履いた。学校に忘れ物をして、今から取りに行くのだと言う。呆れながらその背中を見送って、玄関先に届け物を置いて浅倉のおばさんに声をかけた。役目を果たし帰ろうとした時、あは~~円香先輩だ~~、などという間延びした甘ったるい声が聞こえてきた。2階の透の部屋の扉から、雛菜がひょっこり顔を出していた。
 そうだ桃があるから円香ちゃんも一緒に食べていってという浅倉のおばさんの厚意を無下にもできず、透不在の透の部屋で雛菜と並んで桃を食べることになった。そして食べ終わったというのに、雛菜は腰を上げようとしなかった。透先輩が帰ってくるまで待ってる~~♡と言って。軽く苛立ちながら半ば嫌みのような言葉を吐いたら、つぶらな瞳が急に蠱惑的に光った。円香先輩さみしい~~? と言われて、意味が分からなくて何か言おうとしたが、気がつけば肩を寄せられ、唇に触れられて、 "また" こうなってしまった。
「こことか~、ここも~、すきだよね~~?」
「んあぁっ……!あっ、あっ、ふぅっ……!!」
「ねぇ、円香先輩、いま、しあわせ~~?」
「あっ、あっ、はぁぁああっ……!そん、な、わけ、んんっ、ない、でしょ……っ!」
 追い詰めるように性急に指を動かしたかと思えば、急にゆっくりとした動きに変わってとことん焦らしてくる。それを愉しそうに眺めている少女に心底怒りが湧くのは当然のことだろう。しあわせなわけなんてない。
「ほんとに~~? それなら、やめちゃおっかな~~?」
「あ…………う…………っ」
 なのに、完全にその手が離れ、性的刺激がなくなってしまうと、心に反して体はもどかしくてたまらない。
「あれ~? なんだか辛そう~~」
「………雛菜」
「え~? なに~~?」
「なに~、じゃなくて……っ」
 自分でも何を言おうとしているのか分からなくなって言葉が続かなかった。やっぱりしてほしい? まさか、でも。そんな円香の葛藤は無情にも全てめちゃくちゃにされてしまう。
「やは~~♡ここ、ひくひくしてる~~♡」
「ちょっ……!!はぁああっ!な、なに触ってーー」
「だってこっちのお口は触ってほしい~て言ってるよ~~?」
「馬鹿ぁ……!あっ、だめ、だめだめだめあああああああああっっ!!!!」
 頭の中が真っ白になって何も分からなくなる。気持ちいいということしか、分からない。全部溶けていく、一層深くなった夕闇の中に全部、全部。
 大きく背中を震わせて、長いオーガズムに耐えてようやく体を弛緩させると、夕陽がもう家々の屋根よりも下に沈んでいるのが見えた。空の半分以上が既に紺色に変わっている。
「すご~~い、すぐイっちゃった~♡ねぇ円香先輩、気持ちよかった~~?」
「……殺す」
「え~~なんで~~? 円香先輩怖い~~」
 ヘラヘラとした顔を向けてくる雛菜に円香は冷たい沈黙だけを返した。まったく自分は何をやっているんだろう。これまでにも何故だか雛菜とこういう行為に及んでしまったことはあった。最初のきっかけはなんだっただろう。確か、透のことをどう思っているかと聞かれて、それで……。細かい会話の内容はもうぼんやりとしているけど、なし崩し的に至ったのだということは覚えている。もう何があっても絶対にしないと決めていたのに、どうしてこうなるのだろう。
「円香先輩、イくとき何考えてた~?」
 毒気のない顔で重ねて聞いてくる年下の幼馴染み。しかも細くて折れそうな指先は、未だ円香自身の中をゆるゆるとまさぐっている。ファンやプロデューサーが知ったら卒倒するんじゃないだろうか。
「もしかして~、透先輩のこと?」
「はぁ!?なんでそうなるわけ!?」
「雛菜はね、考えるよ~~透先輩のかっこいいとこ、いっぱい考えて~それできもちよ~くなるの。すっごいしあわせ~~♡」
「最悪……っていうか、人にそんなことベラベラ話して恥ずかしくないの?」
「なにが~~? 雛菜は雛菜がしあわせ~~て思ったこと言ってるだけ~。でも円香先輩、透先輩のこと? って雛菜が言った瞬間、ナカ、きゅうってなった~~」
「は、はぁ!?!?」
 雛菜は言いながら、中にある指で悪戯っぽく奥をつついてくる。身体が一気に熱を帯びてきた。実際どうなのか、果てる瞬間に透のことなんて考えていたわけではない、と思う、多分。なのにどうして今こんな反応をしているのだ、自分は。幸いにも夕闇の中では熱くなった頬には気付かれないだろう。だから一つ息を吐いて、自分を落ち着かせてから答えた。
「なにも、なってない」
「え~? なったよ~、きゅうって~~」
「なってない!!」
 唐突に、階下で扉が開く音がした。ただいまー、とよく知る声が聞こえてくる。それで円香はいよいよ堪らなくなった。自分でもよく分からない。なぜか急に今、泣きそうだった。
 透の部屋、雛菜に暴かれた身体と、快楽と、自分の気持ち、色んな罪悪感ーー……。
 全部をすぐには受け止めきれずに、しかし受け止めきれないと認めてしまうのも何だか嫌で、乱暴に目尻を拭った。そして、透先輩おかえり~~とでも言おうとしたのだろう、唇を開きかけた雛菜を突き飛ばして、慌てて部屋を出た。
「あれっ、樋口、まだいたんだ」
 自分を呼ぶ声に息が止まる。玄関先、また入れ違いだ。入っていく方と出ていく方はさっきと逆だったけれど。
「……もう、帰るから」
 円香はそれだけ言い残して手早く靴を履き、振り向かずにお邪魔しましたとだけ言って、浅倉家を飛び出した。暗くなってきたから気を付けて、という透の声を背中に聞きながら、まだ熱いままの自分の中心を忌々しく思った。もう辺りは夜の帳が下りきっていて、外灯が白く輝いていた。その光はまるで自分を全部を照らし出しているような気がして自然と顔を伏せる。
 引きずり出された欲望、快楽の先に見えた自分の気持ち。もうずっと前から本当は気付いていた。それでもまだ真正面から向き合うのが怖くて、震える自分の指先を反対の手で握り締めた。それが今の円香の精一杯だった。

powered by 小説執筆ツール「notes」

36 回読まれています