お前にやる


「壮観ですね。」と四草が感心したように言った。
そこまでの話とちゃうやろ、とは思うけど、全部こないして広げてみたら、まあ確かに少なくもないわな。
オヤジが死んで、下の稽古場に置いてた着物だけやのうて、二階の箪笥の部屋に使わずにしもてあった服とか、全部出して広げてみたら、ちょっとした博覧会や。
古着のステテコとか流石にいらんもんは男衆だけで捨ててこ、というわけで喜代美ちゃんの高座の出番に合わせて片付けをすることになった。
昼にメシ食ってから集まるて決めたはええけど、いらんもんをゴミ袋に纏めて、まだ誰ぞ着られそうなもんを広げてみただけで、もう二時半て。このまましたら、喜代美ちゃん戻って来てまうで。

広げられた服を眺めてると、サスペンダー付いたズボンに合わせた、ピンクのシャツやら、洋装も少なくないけど、おかみさんが流行りもんとかそういうの買わずにいてたから、一見して捨てられるもんが多くない。
草原兄さんは「うちの草太がもう少し痩せてたらぴったりやったと思うけど。」と言いながら、師匠のシャツを手にして広げてる横で、草々が(アッ、兄さん、それええなあ。)と言わんばかりの顔をしている。そらまあ、お前がピンクのシャツなんか着てしもたら、ほんまにただの芸人やで……。
それにしても、四草のヤツ、僕も師匠の服着たいですとか真っ先に言い出すかと思ったら、妙に静かにしてるわな。
いや、まさかコイツ、一旦洋服の整理終わせてから、師匠の着物が欲しいとか言い出すんとちゃうやろな……。
弟弟子の動静を見張っているつもりで顔を見ていると、こっちの視線に気づいたのか「師匠のあのぶら下がり健康機、捨てずに二階に取っといたら良かったんと違いますか?」今の今まで妙に静かだった男が口を開いた。
「おい、四草、お前何言うてんねん。そんなとこまで始末してたら、虫食うて終いやぞ。師匠の服を保管しとくなら、ちゃんとした衣装ケース買うた方がええに決まっとるやろ。」と自分は年柄年中、いつもの内弟子部屋に適当に吊るしてるだけの草々が言った。
そういえば、忘れてたけど、喜代美ちゃんと草々がオヤジに内弟子部屋出て行けて言われてた話も、そろそろなんとかせんなんのやったな。
これもまあ、オヤジの負の遺産のひとつか。

物心ついた頃から、お客出入りの多いうちやった。
草原兄さんが弟子になってからは、ずっとオレのうち、て感じはせえへんし、家ではお母ちゃんはおかみさんで、お父ちゃんはずっと師匠やった。
何日か、オヤジとオレに戻る日もあったけど、それも、お医者の先生と面談する時か、あの布団を並べて寝た最後の夜くらいのこっちゃ。
切り替えて行かなならんとは思っとるけど、ここはお前のうちや、ていきなり言われても、なんや困るというか。
「ほんま、オヤジも着道楽ていうか……のうなる前にもうちょっとなんとか出来へんかったんか、コレ。」
「緊急入院でしたからね。」と四草。
そらまあ分かっとるけど、なんや若狭のお母さんから聞いたら前から身体があかんようになってる前兆はあったて話やろ。
このご時世に自分の死んだ後のことも考えずに稽古か、とは思うけど、まあ落語家て商売自体が時代錯誤やからな、と思いながら草々を見ると、こっちの視線に気づいたのか「なんやねん。」と睨み返して来た。
「まあなあ、今時節税で生前贈与とかテレビでも言うてるけど、手続きなんかテレビが言うほど簡単やない、て緑も言うてたからな。」
「ほんまにそうですねえ。」
確定申告はずっと天狗の税理士のセンセにお任せになっとるとは言っても、オレなんかはその前段階でヒイヒイ言うて、売れてた頃なんかは結局、緑姉さんに一通りのことを教えてもろたからなあ。
常打ち小屋なんか作ったら、その辺どうなってまうんやろ……。あかんあかん。
「あんなん、考えるのは政治家とか金持ってる家だけやで。」と草原兄さんが言った。
「それにしても、オヤジの紬の着物とか、身丈も違てるし、オレはよう着ませんけど。」
「なあ小草若、オレはまあ、服はいらんし、あの辺の置物から一個うちに持ってってもええか?」と兄さんが言うのに「好きに持ってってええですよ。」と答える。
草々は、お前、そないな言い方はないんとちゃうか、と言わんばかりの顔になっているが、実際、この家にあるもんは皆、オヤジの子どもに生まれたオレのもんである。
お前はええわな。
物がなくても、その代わりに、オヤジの落語を受け継いでるんやから。


みんなお前にやる~、てなんぼでも落語では言うてたけど、実際、オレがオヤジからもろたもんて、この屋根の下にある物の他に、なんかあるんやろか。

なあ、オヤジ、オヤジはオレに何かくれたもんあるんか?

そない聞いてみたいけど、もう無理やなあ。

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