しのしず2
3/8 わんどろ(※わんを30分~1時間くらい過ぎている) お題『中華』
いつもの”お掃除代行”を完了した昼下がり。中華料理店にいる相沢は卓上に鎮座する真っ赤な料理を見て思わず息をはいた。壮観な景色の先では節見が手を合わせている。普段は能面をかぶっているのかと聞きたくなるほどの無表情が少し緩んでいるようだった。
事の経緯は単純で、相沢が節見に「静さん行きつけの中華屋さんに行ってみたいです」とねだり、節見が折れて今に至る。
「静さん。その、牛肉のやつ? ひとくちもらってもいいですか」
「水煮牛肉。見ての通り辛いよ」
「それが目的ですんで! 静さんがいつも食べてる辛さを俺も体験したくって」
「物好きなやつだな……ん、」
特に抵抗もなく差し出された皿から唐辛子にまみれた牛肉をすくう。覚悟を決めて口に放り込むと、口内に広がる牛肉の甘み、こってりとしたスープの旨みに少し遅れて衝撃のような痛みが舌を刺し思わず両手で口を覆ってしまった。脳内が”やばい”という感情に支配され、どうにかしてその熱を逃がそうと足をバタつかせる相沢を節見が咎める。
「落ち着け、公共の場だよ」
「っ、ひふはひゃん、ほえ、ひゃらすひにゃいれす?!」
「何言ってるかわからないから。ほら、水飲みな」
手渡された水をもぎとるように受け取り一気に飲み干した相沢は、それでも足りず手元にあった水を口に含んで節見を見上げた。
「んぐ……、んん、んーっ」
「飲み込んでから喋って」
「っぷは、だっ……だって、辛っ からすぎません!?」
「辛いって言ったよ」
「舌どうなってるんですか?」
「どうもなってない」
上司相手の礼を欠いた言葉にもすました表情のまま、真っ赤な牛肉をするすると食べていく節見。相沢は未だに収まらない熱と痛みをお冷の氷で宥めながら注文した青椒肉絲をつついた。
◇
「まだくちの中がひりひりします……」
食後、何杯目かのお冷を飲みながら恨めしそうにぼやく相沢に、あきれた様子の節見がため息を吐く。
「はあ、唐辛子の辛味は乳製品で緩和できるから。杏仁豆腐でも頼んだら」
「はーい。……静さん、ちなみにこれは」
「奢りでいいから」
「やった!」
そうして卓上に運ばれた杏仁豆腐は水煮牛肉とは対照的に白くきらきらと艶めいていて、思わず「天国みたいな食べ物ですね」と呟いたら節見の冷えた視線を受けてしまった。
「んー! 甘くておいしいです!」
「そう」
「静さんもひとくちどうぞっ」
「いらない」
相沢が掬って差し出した杏仁豆腐を一瞥もせずに断る節見に(ああ、静さんはこういう人だったな)と思わず口元が緩んだ。手持ち無沙汰なのか、お冷のグラスを撫でる指先に雫が落ちたのを見る。相手だけが食べている状態は退屈だろうに。こちらを放っておいて端末を見ることもなく、ただ食べ終わるのを待ってくれる節見を好きだと思う。
「まあまあそう言わず、俺からのプレゼントでっす」
「奢られてるのは相沢だろ。まったく……」
そして、めげずに勧めればしぶしぶといった様子でスプーンを口に入れるところも。結局は仲間に甘いんだよなとつい笑ってしまった。
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