R18 コウ名無 序章

序章
昔、人間のような肉体を得た時の話である。正確には無理矢理に闇の一部を引き剥がして、受肉をさせられた時の話と言えばいいだろうか。その奇跡的な魔法をやってのけたのは、いわゆる天才だった。彼は魔術師であり、科学者であり、そして好事家でもあった。名前を与えられなかったのは自分の信条と同じであったから、特に不服も不便もなく過ごす事ができたが、この男は何せ実験を好んだ。特に好んだのは精神的な部分に干渉する魔術実験や、肉体の性的接触に対する実験(これに関して言えば魔術師の執着と歪んだ愛情がさせた刷り込みのようなものであった)の二種類である。闇から生まれ、魔術師の保険かはたまた失敗か、吸血鬼としての弱点や特性を付与された名もなき男は、毎日毎晩同じような実験に付き合わされた。
「今日はこの薬を使ってみよう」
 そう言って差し出された薬を飲んで性行為に及ぶ。肉体的な快楽は増したが、特に精神的には名も無き吸血鬼は何も感じない。いつだってそうだ。相手がこの魔術師であり、こうやって不毛な性行為をしている間は何も変わらない。それでも魔術師は表面だけの性的な快楽を見せる名無し(便宜上以下こう示す)を満足そうに見つめ、同じことを繰り返す。
そのうち名無しの体は奇妙なことに、魔術師との性行為に快楽以上のものを求め、やがて与えられる快感を求めずにはいられない肉体に躾けられていった。おかしな話かも知れないが、おそらく生まれたばかりの真っ白な肉体に刻まれる性感は、真っ白な半紙に落とされたあまりに黒い墨の様に早く深く染み込んでいくようなものだったのだろう。もちろん普段感じることはないのだが、快楽を与えられると堪らなく渇望してしまう、名無しにとっての血のようなものであると言えばわかりやすいだろうか。
魔術師が死んで、残されたのは膨大な資産、土地、栄誉、身分だった。魔術師は魔術国家アンセムの領主だったのだ、と名無しが知ったのは、魔術師が死んだ後であった。確かに冷静に考えてみれば、自分を飼いながら多大な実験ができること、他の人間とのコネクションがあること、魔術師が死んだ後の葬儀の大きさや儀式の大仰さは、支配者のそれだ。なるほど、闇を受肉させて名無しを生み出したのは、考えようによっては娯楽でもあり、多大な成果を人類に残す偉業であったわけだ。
 それから名無しはライルという死にたがりの元勇者を従者として迎え入れた。彼は神々に肉体を弄ばれ、さまざまな意味で安らぎを得ることができずにいた。単なる興味や気まぐれではあったが、置かれている環境は非常に似ているような気がしなくもない。
「なるほど、ここで働くのも悪くないな」
 そんなことを言いながらライルは安堵の表情で自分の役割を受け入れた。
 それから様々なことを長い間してきた名無しとライルであったが、名無しにはライルに言う事のない感情があった。そう。自分の性的な欲求のことであった。日常生活に支障はなく、稀に、数十年に一度に湧き上がるだけの欲求ではあったが、これを凌ぐのに名無しは酒の力を借りる他無かった。1日を凌いでしまえば乗り切ることができる程度の性欲。それにも慣れてきた頃の話である。

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