プレゼント


朝が来て、目を覚ます。
あなたの隣で。


コトン、という小さな音がした。
シャッと勢い良くカーテンを開ける音が夜明けを告げる。
続いて、隣に誰かが潜り込んで来るごそごそという音と布団をめくって中に入って来る音が聞こえて来た。
朝の日の光がこの部屋に届くまでにはまだ時間があるようだが、いつものように遠慮のない彼の立てる生活の音が、もう起きていい時間であることを譲介に知らせて来る。
譲介は、彼が二度寝をする時にはこちらに背中を向けることが分かっているので、大きなベッドの隙間を埋めるようにして彼にくっついていく。
瞼を開けずに、今何時ですか、と譲介が尋ねると、パートナーからは、七時前だ、という応えが返って来る。
部屋の中が冷えているからこそ、暖かな布団から出るのが億劫になると言ったのは、誰だったか。
恐らく、十代の終わりか二十代の前半に誰かから聞いたその言葉を、譲介は、この三十半ばにしてやっと実感しているというところだった。
「もう少しだけこうしててください。」
そう言って、彼の項にキスを落とすと「遅刻しても知らねえからな。」と言われてしまった。
珍しい。言葉だけ見れば突き放しているようにも聞こえるが、今日のこれは、どちらかといえば甘やかしに近いニュアンスだ。
それにしても、さっきのあの音は何だったんだろう。
再同居を開始した一年目の冬に、徹郎さんは、枕元に靴下を置いたところで何も出ねえぞ、と言っていたはずだ。
そもそも、初めて同居していた高校生の頃だって、譲介は枕元に靴下を置いたりしたことはなかったけれど。それに、互いへの贈り物というよりはむしろ『特別な月の大きな買い物』に近いニュアンスの部類のものは、クリスマス特例の名の元に、ツリーの下にまとめて置いておくことにしてある。
そして、開封の儀は――そのまま置いておけば掃除の邪魔になりそうな場合を除いて――クリスマスの朝と取り決めをしたはずだ。
(徹郎さん、今朝は起きるつもりがないのか?)
世間的には休日になっているこの日。巷に在る店はすべて閉まってしまう。
今日も明日も仕事に行く選択肢しかない譲介の昼は、久しぶりに作った弁当である。それに、夜は一緒に過ごせるのだから、夜勤でないだけマシというところだった。
まあ、マシといっても、特別な夜にベッドで愛しい人が待っていると言うのに「明日の弁当の卵焼きを詰めてしまうからちょっと待ってください!」と悲鳴を上げることほど男として情けないことはないが、とりあえずやりきった。弁当もそれ以外も。年上の恋人は大層可愛かった。
――いや、思い出してたら遅刻する!

そもそも、寝起きに聞いた小さな物音も気になった。あれがプレゼントを置いた音でないとは考えにくい。
意を決して布団から起き上がると、やはり、というか、枕元には真っ白な封筒が置かれていた。
あれは小箱のようなものが立てるような音だった気がしたけれど、と譲介は訝しむ。
予想は、半分当たり、半分外れたようだ。
さて、どうやって開けようか。中身を振ってみる。
レターオープナーや鋏、カッターの類は、出入り口付近と台所、デスクの中だ。
どうやって開ければいいのか、そもそも自分ひとりで開けていいものなのか。
裏返すと、丸く赤い蝋で封印がしてある。
洒落てるな、と譲介は思った。
そして、封筒の真ん中には奇妙な厚みがある。
何が入っているにせよ、さっきの音は、この『何か』が立てた音だ。
「徹郎さん、これ、僕が開けちゃっていいですか?」と譲介が聞くと、なぜか返事が返って来ない。
まさか、今更の狸寝入りだろうか。
開けちゃいますよ、と断ってそっと封を開けて逆さにすると、封筒の中からは、ころんと角が丸くなっている黒くて銀色の、小さなスイッチが落ちて来た。
どこかで見覚えがある、どころではない。
――車?
今乗っている車のキーとは少し形が違っているが、つまり、車の鍵である。
封筒の中にはまだ、葉書の大きさのカードと折りたたまれた紙が入っている。
譲介は、迷ってから、カードを先に取り出して開いてみた。
『また助手席に乗せてやる。』
中にはそう書いてあった。
慌てて折りたたまれた紙を広げると、もう一枚は車の権利証だった。
所有者の名前が、連名で記載されている。
Wakui Tetsuroと、もう一人。
譲介は目を瞠った。
「徹郎さん!」
「……買っちまったもんは仕方ねぇだろ。」
小切手は一括で切っちまったからな、と付け加える不機嫌そうな、照れを滲ませた固い口調が、妙に可愛らしく感じられる。
「あの、また運転、するんですか?」
譲介が恐る恐る尋ねたその言葉に、渡米してからこちら、ずっとハンドルを握ることはご無沙汰だった年上のパートナーは布団の中から顔を出して「止めねえのか?」と言った。
「止めませんよ。……どこに出かけても、あなたがここに帰って来てくれるなら、僕はそれで。」
むしろ嬉しいです、と言って彼の唇に触れるだけのキスをする。
こう言っては目の前の人が気にしそうで口には出せないが、かつて住んでいた村では、今の彼より十は年上の人ですら、危なげなく軽トラを運転していたのだ。それに。

――あなたが、僕が隣にいることを望んでくれている、そのことが嬉しい。

大好きな人を見つめると、途端に目の端に塩水が浮かんで来たので「浮気には使わないでくださいよ。」と慌てて混ぜっ返す。
「どんなシチュエーションだよ、それは。」
年上の人は苦笑した。
「カーセックスがしてえならそれでもいいけど、買って早々は勘弁しろ。」と飛躍した台詞を告げられるに至って、譲介は頬を赤らめた。
「おい、譲介。おめぇ仕事はいいのか?」
「あ、はい!」
曙光が部屋の中に差し込んでいて、譲介は、慌ててベッドを飛び出した。
エアコンを付けてはいるものの、十二月後半の夜明けは肌寒い。
昨日の夜に脱ぎ散らかした服を床から拾い、部屋着のゆるい綿パンに脚を通していると、寝台に残した彼からは、いつもの『飯は抜くなよ。』の代わりに「送っていってやろうか。」という声が飛んで来た。
「いいんですか?」
久しぶりどころか、学生時代にだって、こんな風に甘やかされたことはない。
「慣らし運転だ。スピードは出さないでおいてやるよ。っ、と……そうとなりゃ、先にメシだな。」
パンでも食って出るか、と微笑む年上の人は、朝ぼらけの光の中で淡く輝いていた。

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