雨宿り
「あちゃあ。降って来てもうた。」
朝の時間に天気予報を見るのを忘れてたことに気付いたのがぽつぽつと降り始めてからというのも底抜けに間抜けな話やなとは思うけど、あんだけ晴れてたんやから、まあしゃあないわなあ。ぽつぽつと振っていた雨が、気が付いたら土砂降り。
空がどこまでも青い日には、出るときに傘のことを考えて出ることはまあほとんどない。
子どもと出掛ける時は折り畳みをちゃんと入れとかんとあきません、て言われるけど大体折り畳みて、使って乾かしてその後は玄関にほかしっぱなしになってまうていうか。荷物に戻しといたらええんか、て頭の隅では分かってるけどそこまで気が回らんときかてあるし。
携帯が震えて四草からなんか食べたいもんありますか、と連絡があった。
そもそもお前今どこにおるねん。
「いつもの本屋におるけど、傘忘れた。迎えに来てくれんか。」とメールを書いて送ると、いきなり電話がかかって来た。
「お~四草、オレオレ。」
「詐欺とちゃいますから繰り返すの止めてくださいて前に言いましたよね。大体、兄さん自分が電話番号登録してないからって人も同じように登録してへんやろとか思ってませんか?」
早口すぎるやろ。まさか文珍師匠が乗り移ってんのと違うやろな?
「……お前、今どこにおんねん。」
「スーパーの中のいつもの肉屋でコロッケと鶏肉買ってました。」
商店街がないでもない街やけど、やっぱりちょっと街中を離れて、ごっついスーパーが出来てしまうとほとんどシャッター街になってしまうていう中でもとりあえず生き残ってるのが多少の飲食店と肉屋と薬屋やった。ちょっとええパン屋は郊外の駐車場あるとこに移動してまうし。
「手元にオレの分の傘あるか?」
「あるはずないでしょう。そもそも、本屋で置き傘借りるとか、売ってる傘とかないんですか?」
おい~、お前が無駄遣いすんなて言うからこうして聞いてんのやぞ、と言おうと思ったけど止めといた。
ここでうっさいわい、とか言ってたらまた話がややこしいになるし。
しっかし、置き傘借りる言うたかてなあ……。
ちらっと見えたレジにおるバイトの店員、昔のオレくらい何も考えてなさそうな顔してるていうか。いつものちゃきちゃきのおばちゃんならええんやけど難しいていうか。
いや、別にあんな無愛想なヤツと、今更相合傘がしたいとかそういうんとちゃうで。
「あるけど、また買ったらお前怒らへんか?」そもそも、前に住んでたとこと違って、すぐそこが地下鉄の駅とかバス停みたいな立地とちゃうのが良くないんやな。新しいとこに越してきてそんな経ってへんのに玄関にはアホほどオレの買うたビニール傘があるし、誰ぞが遊びに来た時にはもう二本ずつ貸せるくらいになってて、こないだもおチビから僕の傘入れるとこないやんこれ、てため息吐かれたとこやし。うん。ちょっとは反省してんのやで、これでも。
「別に今更怒りませんけど……濡れてショボショボしながら帰って来るのは誰でも嫌でしょう。」
いや、オレは腐っても草若やで、今更濡れたとこでショボショボとかせえへんわ。まあ濡れたないけど。
「まあ待つていうなら、僕がここから移動しますけど。」
「ええんか!?」
「今日は、近いとこにいますし。まあ、これだけ降ってたらしばらく雨宿りして雨あがるの待つ方がええと思いますけど。僕が家に戻ったら、いつもの傘持たせて子どもをそっちに寄越しますし。」
「あかん!!!」
「なんでですか?」という四草の声に顔を上げたら、雨は土砂降りから少し小止みになって、それでもまださあさあと降り続いてる。
「コロッケて聞いたら、底抜けに腹減って来たし……。」と言うと、妙に籠った笑い声が聞こえて来た。
「そっち行きますからそこで待っててください。書店の横にポストと公衆電話あるとこですよね。」
「ポスト?」
そんなん知らんで、て言うたらレジのあんちゃんがポストならそこにありますよ、て声を掛けて来た。
聞いてたんかーーい!
「……ていうか、お前これ……折り畳みやんけ。」
小さいし底抜けに一人用の傘ちゃうか……。
「いくらオレが細い言うたかて、こんなん二人三脚でも肩出るヤツやないか。」
いや、相合傘とかそういう風情のあんのとちゃうやろこれは。
「濡れたらあかんもんが濡れんかったらええのと違いますか。さっきと違て、もう小雨になってますし。傘の真ん中に濡れたらあかんもん入れたらいいでしょう。」
嫌ならそのまま走って帰ってくださいと言わんばかりの口調になった四草は、オレの手もとを見た。紙袋の中は薄っぺらいノートが五冊入っている。
「それ、もしかして子どものノートですか?」
「おん……。」
「外側に普通にビニール掛かってるヤツやないですか。どうせ濡れへんのやから、額に翳してそのまま帰ったったらええのに。」
「そんなん……隅っこ破けてて水染みるかも分からへんし。」
オレが持つて、と四草の手から傘取ったった。
そのまま差してひさしの下から抜け出ると、雨はやっぱりざあざあ降り続いてる。
「返してください。」
「ええからオレが持つし。」と言って歩き出した。
肩がめちゃめちゃ濡れてんのにそれほど冷たくもないのが夏の雨のいいとこやな。
抵抗を止めた四草の肩もやっぱり濡れてる。ほとんど二人三脚みたいな状態で歩いたとこで、この傘の小ささなら、まあこうなるわな。
「やっぱり子どもを迎えに来させたら良かったんと違いますか?」と言われて、「そんなら後で一緒に風呂入ったらええんとちゃうか?」と言葉が口をついて出た。
「……子どもがいてますよ?」
え、なんやねんその返し。
ていうか、今のはオレの方が何も考えてへんてことなんか?
「お前が風呂場で妙なこと考えんかったらええやんか。」
「そこまで顔真っ赤にしといて、兄さんこそ何考えてるんですか……?」
しょうのない人ですね、という四草の声に、しゃあないやろ、このドスケベ、と小さく返す。
どっちがですか、と言わんばかりの笑い声が聞こえてきた。
足を踏んだろか、と思ったけど、それは風呂場まで我慢したろ。
powered by 小説執筆ツール「notes」
24 回読まれています