深夜ドライブ

 こんなに寒いなんて聞いてない。
「洋平くん、洋平くん!」
「ん?どした?」
「ギブ…!」
 それからすぐに、洋平くんはコンビニにバイクを停めてくれた。
 深夜2時。高校生が出歩いてるなんてバレたら完全にアウトの時間だった。洋平くんがなにかあったかいものを買ってきてくれるというので、イートインスペースに座って大人しく待つ。
 バイクに乗りたい、と言ったのはわたしだった。最初はお願いのつもりだったけど、最終的には懇願したようなものだった。
 どうしてか洋平くんはわたしをバイクに乗せたがらない。そもそも付き合い始めてからは学校にもバイクで来なくなってしまったので、彼があの大人びた乗り物に乗る姿も久しぶりに見たくらいだ。
 迎えにきてくれた時もバイクで走っている時も、洋平くんはすっかり夜の中に溶け込んでいて、きっとうちの学校でいちばん夜が似合う男の子だろうなと思った。
 バイクに乗る約束をした後、「寒いからあったかくしておいでよ」と言われた。だからちゃんとあったかくしてきたのに、会った時に洋平くんは困ったような、でも楽しそうな顔で笑って「これ着て」と上着を貸してくれた。わたしの防寒では足りていなかったようだ。「それじゃあ洋平くんが寒いよ」と断ったのに大丈夫だと聞いてくれなかった。彼の上着はいかにもバイクに乗る人が着るものといったデザインで、大きくてぶかぶかで、暖かった。走り出すまでは。
 自分の顔を両手で包んであっためる。問題は顔だったのだ。冬の夜風を切るバイクは冷たさが倍になる。その全部を顔が受け止めてしまった。洋平くんが珍しくネックウォーマーみたいなので口元までしっかりガードしてた理由がやっと分かった。それは言っておいて欲しかったよ。
 まだ冷たい自分の耳を掴んでなんとかあっためていると、洋平くんが熱々のおでんを持って戻ってきてくれた。
「はい、お待ちどーさま」
「おでんだ!」
「熱いからフーフーしなね」
「もー!子供じゃないですよわたしはあ」
 隣に座って割り箸を割ってから渡してくれる。大きめのカップに入っている具を2人で分け合いながら食べる。コンビニなのにお家で鍋をやってるみたいで楽しい。
 「美味しいね」と言うわたしののんきなセリフに「そうだね」とただ優しく返してくれる洋平くんが、好きだなあと思う。ヘルメットを被って少しへたった髪の毛とか、ラフなのにちょっとオシャレな感じのする私服とか、そういうのも全部かっこよくてずっと見惚れっぱなしで、忙しなくドキドキしているのを彼は知ってるんだろうか。
 そう思いながらじーっと見てると視線に気づかれて目が合う。「昆布食べたかった?」と言われたので、笑いながら全然違うよと言った。
「深夜ドライブ楽しかった?」
「うん。寒かったけど。あ、洋平くんのほうが寒いよね…」
「や、俺は慣れてっからさ。全然平気だよ」
 本当になんでもないような顔で言われたのでそれ以上はなにも言えなかった。ありがとね、とお礼を言いながら片手で洋平くんの太ももをさすさすと撫でる。今できる最大限の感謝の表し方だった。
 コンビニの時計を見るともう2時半をすぎていた。家のベッドでうだうだしながら迎える2時半なんてなんにもたいしたことないのに、洋平くんといるだけでなにか特別なことをしているような気持ちになる。
「さすがにそろそろ帰んないとなあ」
「…そうだね」
「帰りたくない?」
「うん…」
「彼氏としてはすげえ嬉しいんだけどな」
 洋平くんは目を細めて眩しそうに笑った。彼はいつも優しい顔をしているけれど、たまにいっそう優しい顔をする。その瞳と目が合うだけでわたしはたまらなく幸せで苦しささえ覚える。
 ずっと太ももに乗せていたわたしの手に洋平くんの手が重なる。そのまま指を絡められてからギュッと握られた。彼はなにを言うでもなくそのままおでんのたまごを食べ始める。わたしはお箸を置いて、乱れて垂れた数本の髪の毛を直してあげた。
 たまごを食べ終わってからペットボトルのお茶を飲んだ洋平くんは一息ついたのか、お箸を置いて体をわたしの方に体を向ける。
「深夜ドライブさ、今日で最後にしよう」
「えー!最初で最後のドライブ!?」
「高校生のうちは、ってこと」
「なんでなんでー!たま〜に…だめ…?」
「エッ、何その顔かわいいんだけど……」
「洋平くん、真剣だよわたし!」
「いやそう、俺も真剣なんだけどさ」
 悪い、と言いながら洋平くんは頭を片手でおさえたあと、気を取り直してまた真剣な顔をした。
「俺さ、  ちゃんの親父さんとおふくろさんに悪い男だって思われたくないんだよ」
 だから分かってくれる?と眉を下げる洋平くんが少し照れて見えたので分かったことにした。わたしはと言えば、嬉しいのとおでんでお腹いっぱいになったのとで少しふわふわしてきて、ゆるむ顔をどうにもできずにいる。
 洋平くんはわたしと付き合ってからバイクで学校に来なくなった。授業もサボらなくなったし、タバコの匂いもしなくなったし、ケンカは元々桜木くんがバスケ部入ってからあんまりしてないみたいだったけどそんな噂も今やもうほぼまったく聞かなくなった。多分、バイクに乗せてくれないのも、わたしのために彼が決めてくれたことなのだろう。
「分かった。ありがとう洋平くん」
「ん」
「お礼に大根あげるね」
「大根好きじゃなかった?」
「好きだからあげるのです」
「じゃあ、はんぶんこでいいよ」
 そう言いながら洋平くんが大根をはんぶんこにしてくれる。口を開けて待っていると、「しょうがねえなあ」とやわらかく言ってから、フーフーと冷まして食べさせてくれた。

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