今日は
お父ちゃん、これあげる、と言われて茶色の紙袋を渡された。
六月の第二週。汗ばむ季節である。
子どもは、最近お気に入りらしい、真っ赤なロゴ入った半袖にジーンズ風の生地の黒いズボンを穿いている。
「毎年毎年、肩たたき券ていうのも芸がないからなあ……。今年はちょっと奮発してみたんや。」
奮発て、お前はいくつやねん。
これはもう親とは違う生き物やな、と思いながら頭を掻いた。
学校で習っただけということもないだろう、この年になると、子どもはもう、一丁前に自分の意思を持っていて、こないして、それを直截に表す語彙が増えていく。
(奮発か……。)
子どもをあちこち連れ出した先でそういうことを言いそうな人間の顔が目に浮かぶ。
まあ、僕にかて、子育ての手綱を預けすぎているという意識はあるし、助かっている面もあるにはある。
この小さい生き物にどこまでこちらの意思が伝わっているのか分からないと困惑することも前よりずっと少なくなって、それが便利だと思う反面、これまでは親の強権で言い含められたところで反論される場面も増えて来た。
折り曲げられた袋の口を開こうとすると、冷蔵庫の扉を開けて、カルピスの瓶を出そうとしていた子どもがぱっと振り返って、見たらあかんよ、と遮られた。鶴の恩返しか。
「それなあ、草若ちゃん帰って来た時に、ふたりで一緒に開けてほしいんやけど。」
「それまでお預けか。」と言うと、その言い方、ご飯待たせてる犬の話しみたいであんま好かんのやけど、と言わんばかりの顔で、そうやね、と言った。
「母の日みたいにカーネーションやったら分かりやすいし、安ぅ済むんやけど。」
分かりやすいカーネーションみたいな色の服を着た子どもは言った。
今日の上下をよくよく観察すると、Tシャツもズボンも真新しく、どちらも擦り切れや穴を塞いだワッペンやらは見当たらない。
そんなものいつ買うたんや、とか、言うたところでしゃあないし、これもまた、犯人は明らかに一人しかいない。
「こういうの、店で買うばかりが能とちゃうぞ。」
「そうやけど、金は天下の回りものやって、草若ちゃんもよう言うとるやん。」
「それは、草若兄さんだけの話しや。」
そもそも、金が天下を回ってブーメランみたいに戻って来るならええけど、一度仏壇に替えてしもたら、戻って来ることもない。
僕の感慨を横目に、子どもは草若兄さんがビールを飲むために買うてきたタンブラーの底に半分カルピスを注ぎ入れた。
戸棚からもうひとつ取り出した小さいコップに原液を半分移し、コップには七分目と氷、自分のタンブラーには先に氷を入れて、ほとんど上限まで、入れられるだけの水を注いでる。
……しょうもないやりようを子どもに教えて、何してんのやあの人。
「別に気張らんでも、次からまた肩たたき券でええからな。それか……その辺から摘んで来た花でもええのと違うか?」
「そんなん、摘むとこなんかあらへん。」
「あるやろ、その辺に。分かりやすい原っぱはのうなってても、人の家の庭の柵から出てる花なら、なんぼでもある。」と言うたら、子どもが盛大にため息を吐いた。
「そういう簡単な話とちゃうで、お父ちゃん。やるならやるで、人目に付かんように摘んだらなあかん、て話。」
「………。」
「何?」
「いや、別に。」
びっくりするやないか。さっきまで草若兄さんの血を引いてんのかて思わせるような話してたくせに、いきなりなんや。
それにしても、この紙袋、妙に重いけど、何が入ってんのやろな。
振ったら底が抜けそうな薄い袋に、潤滑剤でもあるまいし。
「ふたりで使えるもんやから、開けるの楽しみにしててええよ。」と笑顔の子どもに言われて、吹き出しそうになった。
カルピスに口を付ける前で良かった。
「え、何? 僕、なんかおかしなこと言うた。」
「何でもない。」と言って、気を取り直して飲んだカルピスは、妙にくどい。
もう少し味が薄まるまで待つか、とコップをテーブルに戻すと、こちらを気にしている様子の子どもと目が合った。
「……来年からは、ふたりともペンペン草でもええで。」
「そらお父ちゃんになら、その辺のたんぽぽでも摘んでるわ。」
「……たんぽぽなんか、六月にまだ生えてるか?」
「もう綿毛になってるかな。」
「どうやろな……まあ、春の花やと思うで。」
「草若ちゃんて、たんぽぽ好きなん?」
「お前が持ってったら喜んでくれると思うで。……多分。」
子どもは、多分ではあかんのやけど、と言ってカルピスを飲んだ。
おかみさんが好きだったたんぽぽ。
大学に入るよりまだ早くあの家を出ていった兄さんがそのことを知っていたかどうかは、僕には分からない。
「確実に喜んでくれるもんあげたいていうなら、そのカルピスでも買うて来たらええのと違うか?」
「甘いもんは、あかん気がするねん。贈るときに虫歯になってるかも知れへんやろ?」
それはまあ、ないとは言えんな……。
「来年まで、また考えとくわ。」と言って、子どもはため息を吐いた。
今日は父の日やけど、ほんまに分かってるか?
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