男娼館
気が付いた時にはここにいた。とにかく今を生きることだけを考えるのが精一杯だった。その結果であった。
自分の人生は狂ってしまったのかもしれない。まだ十五歳の少年の心は嘆いている。家は没落に追い込まれ、愛する家族とは生き別れた。そして独りになってしまった。行く宛はすでになかった。
生きるためなら仕方ない、と彼が選んだのは男娼の道であった。しかし半分は自分の意思で決めたことではなかった。
一人彷徨いあやしい路地裏に入り込んでしまった時に男に声をかけられた。少年の決して貧乏ではない身なりを見て訳有りだと察したようだった。
「帰る場所がないならこっちにおいで」
もうどうにでもなれ──少年は思った。
連れてこられた場所は危険な夜の香りがする男娼館だった、大人の男が若い男と戯れている光景が目に飛び込んできた。
とんでもない場所に足を踏み入れてしまったと確信した時にはすでに遅かった。
「あの、やっぱり帰ります」
「帰る場所がないのだろう? 安心して。ここが今日から君の家だ」
男は続けて言った。
「お前は綺麗な顔してるからすぐに常連もつくだろう。精々奉仕するんだな」
未熟な少年をまるで支配しようとする大人の男の言葉は、彼の心を縛りつけた。
ああ、もう引き返せないんだ。弱みにつけ込まれ迂闊について行ってしまったことを後悔した。
これからどんなことをさせられるのか、それは店の奥でまぐわう獣たちを見れば一目瞭然だった。
はじめのうちは抵抗があった。相手に触れることさえも。自分と同じように若い男娼仲間は「ただの商売だと思ってやりなよ。大丈夫、そのうち慣れるさ」と言っていた。
店で働くようになってからまもない頃、父よりも少し若いくらいの外見をした男に指名された。その男は彼を見るや否や、気に召したような笑みを浮かべた。そして「俺のを舐めてくれ」と懇願してきた。
嫌だ、と危うく言いかけた。自分はもう男娼の身だ。相手を満足させることが仕事である。拒絶は許されない。
躊躇いつつも言われた通りにすると、男は濁ったような喘ぎ声を漏らした。
行為が終わった後は用を足しにいくふりをしてこっそりと水で口を濯いだ。
吐き気がする。壁に手を着きうなだれて咽せ込んでいると「ルー……」と少年の切ない声が背後から聞こえた。
「大丈夫? なんだか辛そうだ」
「ああ……最悪だ。まだ口の中にアレの感触が残ってる」
先程男から咥えさせられたモノの感触だ。
「……そのうち慣れるよ」
「テオ……君はもう慣れたのか?」
「……」
テオと呼ばれた少年はただ黙って目を逸らした。
テオはフィエルテ──ルーという愛称である──と同じくらいの年齢だ。フィエルテよりも少し長く男娼として働いている。
初めて店にやってきたフィエルテは孤独を感じていた。当然ながら誰一人として知っている顔はいないし、助けてくれる聖人もいない。
店には若い男娼が多かったがあまり深く交流することはなかった。しかしテオとはすぐに親しくなった。歳も近いし気が合ったのだろう。仕事の合間にフィエルテの様子を見に来てくれて、慣れない行為で苦しんでいる時には気にかけてくれた。
独りならおそらく耐えられない環境だが、テオのおかげもあって辛い日々を乗り越えられたのだ。しかしそれは決して簡単なことではなかった。
特に物好きな中年男と行為をしなければならない時は憂鬱だった。変なプレイを要求されて渋々相手したこともある。うまく客の要求に応えられないと経営者の男から別室に呼び出され折檻を受けることになる。
『ここがどういう店かわかってんだろ? ただ客が求めることをすればいいだけなんだよ。せっかく拾ってやったのに……真面目に働けよ。それとも貧民街に放り込んでやろうか』
何発か殴られたが、男娼は大切な『従業員』であり『商品』だからと手加減はしてもらえた。フィエルテにとってはとんでもない理不尽であるが。
「クソ……」
折檻を受けた後、あまりにも自分が情けなくて不憫で惨めに思えて涙が溢れそうだった。
それならばいっそのこと、この店で一番の男娼になってやろう、どんな行為でも何でもやってやろう。どうにでもなれ。自分は身体を売ることでしか今を生きていけない男娼なのだから!
悔しさをバネにして、長い夜を越えようと思った。
2022/1/15
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