裏側の独占欲(Ifやばこと)
「んーん、大丈夫!気にしないで?―…うん、彼氏さんお大事にね?」
□□も気を付けて、そう言葉を締めくくったことはスマホの画面をタップして通話画面を閉じた。
□□、というのは本来ことが今日会う筈だった学生時代の友人だった。お昼過ぎからことの部屋に招き談笑し、折角20歳を超えたのだからバーが開いた頃からそちらに移動してお酒でも交わそう、なんて予定を決めていたのだが。友人の彼氏が急に高熱を出してしまったらしく、看病をするはめになったとのことでその計画は今日のお昼前に急遽頓挫した。今日の為に休みを取っていたことは少なからず落胆したが、身支度する前で良かったと強引に前向きになった所でお昼過ぎ、本来友人が来るはずだった時間に電話が来た。食べるもの食べさせて薬も飲ませて今寝てるから、と合間を縫って友人が電話してきたのだ。それから友人の彼氏が目覚める今の今まで、ずっと通話に高じていたのだった。
スマホが指す時刻は間もなく17時、時刻の横に表示されている充電のパーセンテージはずっとケーブルと繋いでいたから満タンだ。結構な時間が経っていたことに少しだけ驚きつつ、ぽっかり空いてしまったことには変わりないこれからの時間をどうしようかとことはほんの少しだけ思案して、すぐに腰掛けていたベッドから立ち上がった。喫茶店の時間がちょうど終わって入れ替わりの時間、喫茶組の誰かを捕まえたり、誰も捕まらなくてもバーが開けば見知った人たちがそこで働いているのだからいくらでも楽しめる。たまには一人酒だって良いだろう、きっと一人酒にはならないだろうけれど。そんなことを思いながらことは自室を出て共有スペースを抜けようとすると、聴き慣れた二つの声が響いていた。思った以上に早く住人と遭遇出来たことは、内心で第一村人発見、なんて呟いた。
「えい」
「だから押すな」
「何してるのー?」
「あ、ことちゃん!やっほぉ」
ことはソファに座る第一村人――ないし太陽と凛を見つけ、声を掛けながら歩み寄る。ことの声が響くと二人とも視線をことに向け、凛はひらりと片手を振った。もう片手は何故か太陽の耳元に添えられていることに気が付くと、どんな状況か全く理解が追い付かないことは大袈裟に首を傾げて見せる。
「よ。ほら、ことの方が絶対すげーからあっちにしろ」
「あは、確かにそぉかも」
「んん?何の話?ことも混ぜて!」
いまいち二人の会話が掴み切れないことは、素直にそう問いかけながらソファの前へ回り込む。その間にことが座り込む場所を作るように太陽と凛がそれぞれ端に寄ると、ことは素直に二人の間に腰掛けた。背もたれで全く見えていなかったが、太陽が完全に外出用の姿をしているのでこれから出かけるのかな、と思ったところで先ほどの問いに答えるように凛が口を開いた。
「ピアスって本当に貫通してるんだなーと思って!」
「…そうだね?」
「裏から見ると結構な衝撃なんだと」
「だってほぼ針じゃん。押したら痛いし」
先程凛が太陽の耳元に手を添えていたのは、その指先でキャッチから出るピアスを押していたからか、と漸くことは先ほどの光景に理解が追い付いた。ことの方がすごい、と言っていた太陽の言葉の意味も同時に把握すると、ことは耳に掛けていた髪の毛をそれぞれの耳より前に持ってきて見せる。すっきりとした耳元はことを彩る左右6つのピアスがそれぞれ光に反射していたが、今の着眼点は勿論その裏側。
「どう?どう?」
「…流石ことちゃん、いかちぃね!」
「まぁでもフープも多いから思ったよりは」
「付け替えてくる?」
別にいいわ、と呆れたように笑いながら覗き込む姿勢から太陽は元の姿勢に戻り、凛も自身のまっさらな耳を確認するように触れながら姿勢を戻す。当たり前な話ではあるが、そう熱心に見られるような場所ではないから少しその視線がくすぐったかったが、その心地を隠すようにことは再び髪を耳に掛けた。普段は欠片も気にならないのに、ほんの少しだけ髪の感触がピアスのキャッチに伝わった気がした。
「そういえば二人はこれからお出かけ?」
「そぉ、これからバナナジュースデビューすんの! 今はいおくんのお仕事待ち」
「俺は巻き添え」
「その後の焼き肉が楽しみなくせにぃ。あ、ことちゃんも空いてるなら行かないっ?」
「い、」
「ごめんこと、お待たせ」
行く、とすかさず返事をしようとしたのに、それよりも更に先に背後からことの声に被せるように1つの声が響いた。それと同時にぽん、とことの両肩に軽い重さが乗った。とても慣れた重さだ。気配もなく現れた声に3人が揃って背後に視線を向けると、声の主―響がへらりと軽い笑みを浮かべていた。すぐに脳裏に浮かんだ姿がそのまま表れたことにほっとする反面、特に何の約束もしていなかったはずの響が“お待たせ”という言葉を使ったことがことには引っ掛かる。響には今日は元々友人を招くと伝えていたから尚更だ。太陽と凛も特に驚いた様子はなく“突然出てくんな”、“やっちゃんやっほぉ”と各々が慣れた様子で声を掛ける。響も特に特別な様子もなく悪ィって、と笑って応対しているが、ほんの少し、ほんの少しだけ両肩に乗る響の指先の力がいつもより強いような気がした。
「響が先約なら無理だな」
「伊織からもうちょいで終わるって伝言」
「はぁい、大人しく待ってまーす」
「ってわけで、ことはこちらで引き取ります」
ことが響の様子が引っ掛かっている間も、男性陣は軽いテンポで言葉を交わしていく中、それを締めるかのような言葉を響が紡ぐとぽん、と移動を促すように響はことの両肩を叩く。それに素直に従うと、またね、と自然な流れでことと響は連れ立ってソファを離れ、背後で薄らと聞こえていた太陽と凛の会話が完全に聞こえなくなった位置まで来てことは改めて響を見遣ると、響はそれこそいつもと変わらない様子で“ん?”と目を合わせてくる。
「こと、お待たせしてた?」
「んーにゃ、あれはことをこうやって連れ出す為の嘘」
「何それぇ」
「あの言い方が一番簡単にことと二人になれるじゃん?」
響とことが付き合っているのは最早住人達にとって周知の事実だった。それを周囲に伝えた時の反応と言えば大体が“やっとか”といった類のものではあったが、今まで以上に当たり前に二人をセットで括るようになった。とはいえだからといって友人として遊ぶことを蔑ろにすることは響もことは無い。だからこそ、先ほどのような響のあからさまな“お待たせ”は太陽と凛が引く判断をさせるもっとも手っ取り早い言葉とも言えた。ああ、今日は“二人”なのか、と。
「ってかこと、友達は?今日部屋で遊ぶとか言ってなかった?」
「さっきまで電話してたんだけど、駄目になっちゃったんだって」
「ふぅん。…じゃあ改めて、俺がことの時間貰ってもいい?」
「うん、もちろん!」
そのまま自然な足取りでことの部屋まで入ると、響は慣れた様子でことの部屋を内側から施錠した。それもまたいつものことなので、ことは気にすることなく先に奥までいくと、何か飲み物でも取ろうとそのまま進路をキッチンの冷蔵庫に向けようとしたが、それを遮るかのように思い切り腕を引っ張られた。ぽす、と柔らかい音と共に、弾んだような軽い衝撃がことを包む。
二人しかいない部屋、ことの腕を引っ張ったのはもちろん響で。ベッドの上で響が後ろからことを包み込むように抱き締める体勢が出来上がっていた。突然変わった体勢にことは少し不思議そうに首を反らして響を見上げた。
「響くん?」
「ん?」
しっかりことのお腹の前で交差されている響の腕の中は、気持ちの良いものだけど。ここまで唐突を感じさせることは少し珍しいような、と先ほどの指先の力を含めてほんの少しだけまた違和感を感じた。だがやはり、響の表情はいつも通りで。でも、なんだかやはり少し可笑しいような、と思わずことはじ、と響を見つめる。数秒、二人は無言で見つめ合うような状況になっていたが、先に堪え切れなくなったのは響だった。
「あー…、ははっ、ことにはバレるか」
「あー! やっぱり何かおかしかったんだ!」
自分の違和感が間違っていなかったことにちょっとした満足感を覚えつつ、それ以上にその事実が改めて引っ掛かるとことは少しでも響の顔を真正面から見ようと身を捩らせようとしたが、その時。何かが耳のふちを這う感触にことはびく、と肩を震わせた。
「ひゃっ!?」
この感覚はまさか、と思わず耳元を押さえて一旦後ろの響と距離を置こうとする。もちろん相変わらずしっかり腕でホールドされているので、ことが動ける範囲なんてたかが知れているのだが。せめて、と振り向いた先で視界に捉えた響は、ぺろりと自身の舌でその唇をなぞっていた。
「きゅ、急に……!」
「んー、いやほら、さっき二人に見せてたじゃん?ずりーと思って」
「……何が?」
響が指す“ずるい”の先がいまいち掴み切れないことを、響は優しい瞳で見つめる。そしてことの問い掛けに答える気はないと言外に伝えるように、再びことの左耳に唇を寄せてちゅ、とわざとらしく音を立てて口づけた。
「ねぇこと、1回さ、ピアス全部外してくんね?」
「え、…えっ?なんで?」
「なんでも。なぁ、お願い」
「良いけど……」
こく、とことが頷いて見せると、ことは慣れた手つきで右耳のピアスから1つずつ外し始める。流石にその間に響が耳元にちょっかいを出してくることは無かったが、その代わりと言わんばかりにその後頭部に口元を埋めていた。数分も掛からずに両耳全てのピアスを外し終え、サイドテーブルにそれらを置くとどことなく耳元が少し軽くなったような心地がした。全く何も付けないなんて、美容院で処置して貰っている間くらいのものなので中々に久々に感じた。
「これでいい?」
「ん、ありがと」
背後で満足げに小さく息だけで響が笑うのを感じ取ると、ことも思わず嬉しくなった。響が嬉しいと、ことも嬉しい。だがその穏やかな気持ちは、再び左耳のふちを這う感触で一気に吹き飛んだ。耳元を飾るものが全て無くなった今、その感触は先ほど以上に生々しく感じる。
「こ、これがしたかったの…?」
「やっぱりちょっとだけぼこぼこしてる」
軟骨を這うような動きだった響の舌が、今度はことのピアスホールをなぞるかのような動きに変わる。右耳は響の指先で同じようにピアスホールをくすぐられる。響の言うぼこぼこがダイレクトに感じられて、ぴく、ぴく、とことはその指や舌がピアスホールをなぞる度に震えてしまう。そんなことの様子に、響は心の内の欲が少しずつ満たされていくのを実感していた。
ことが友人を招くということは聞いていたので、響はずっと喫茶店に居座っていた。そんな中で出勤していた伊織から件のバナナジュースと焼き肉の誘いを受け、共有スペースで太陽と凛が待っているという言葉を聞きそれに合流する為に上がってきたところで飛び込んできたのが、ことの耳元を覗き込む二人の姿だった。別に嫉妬をしたわけでは、ないと思う。弟のように可愛がっている二人のことは信頼している。だがそれとは別に、自分でも注視したことがなかった箇所を二人が見ていたことがとてつもなく引っ掛かった。二人が気にしたことがあって、自分が気にしたことがない場所があってたまるか、とシンプルに思った。有体に言えば結局は嫉妬なのだろうが、その後ろ暗い感情の矛先は太陽と凛というより気にしたことが無かった自分に向いた。だからきっと、嫉妬とは違う。
もっと近い言葉を探すなら、征服欲だろうか。ことの全てを知っているつもりだったのに、知らなかった、気にしたことが無かった場所があったことに小さく絶望したのだ。少しもやついたことはあっさりと見抜かれてしまったが、流石にここまで深い心根を明け渡すつもりはない。響は恋人になっても尚、ことには格好つけていたかった。伝えたところで“そんなこと!?”とことは可笑しそうに笑ってくれるのは分かっているのだけれど。
両側から挟むように耳たぶのピアスホールを挟むと、ふあ、とことが小さく吐息めいた声を上げる。普段は6つのピアスがその耳元を飾っている為にここまで重点的に耳を攻めるどころか触れたこともなかったが、くすぐったがるどころか最初にふちを舌でなぞった時から震える様子から響はまた1つことのことを知れたようで征服欲が満たされる。
「こと、耳弱ぇんだ」
「し、知らない…!」
いつもの明るく元気な声が弱弱しくなっている様はほんの少しだけ響の父親心が揺さぶられるが、それ以上にすっかり真っ赤に染まった耳と声に含まれている甘さのある吐息が男としての欲望をそれ以上に揺さぶってくる。ギターをはじめとした音楽に明るいし、耳は敏感なのかも、なんて考えながら響は一旦左耳から舌を離す。わざと大きくリップ音を鳴らすことは忘れずに。
ことは無意識に強張っていた肩の力を抜くと、いつのまにやらホールドが解けていることに気付いて今度こそと響に向き合うように体ごと向きを変えた。父子のような関係が長かったから、こうして恋人のような色めいた雰囲気はまだ少しくすぐったいことだが、だからこその気持ちもあるだろうが――こういった時、響の顔を見たがった。
久しぶりに目が合ったような気がする、そうことが思えたのはほんの一瞬で、響の唇がことのそれと重なったことですぐにその距離はゼロになる。目元や鼻の先、頬など顔のあちこちにちゅ、と触れるだけの口づけが何度も落とされ、その心地良さにことはいつの間にか目を瞑っていた。また響の口づけが唇に戻ってくる頃には、いつのまにか両耳がやんわりと響の両手で塞がれていることにも気付けていないくらいにその優しい口づけに夢中になる。
響の舌先が、まるでノックをするようにことの唇をなぞると、反射のように薄らとその唇に隙間を作る。それを見逃すことなく響はその隙間に舌先を隙間に入れ、ことの唇を割った。そしてするりとことの舌先を捕まえたのと、ことがいつもと違う“何か”に気付いたのは同時だった。
「んぅ、…ふぁ……っ!?」
くちゅ、と互いの舌が絡む水音が何時もより鮮明に脳裏に響いた。いつもの深い口づけさえ未だに羞恥が残るというのに、こんな鮮明な音。耳元を塞がれているからだ、と気付いたことは思わず目を開けそうになったが、一旦唇を離した響が先手を打つように手が離された耳元で囁く。
「だぁめ、目ぇ閉じてて?」
聴き慣れている優しい声よりも、更に深く、甘い声。
そんな声で言われてしまうとことは従順になるしかなかった。それが尚更ことの羞恥を煽るのだと既に分かっていても。ぎゅむ、と大袈裟なくらいことが目を瞑り直したことに気付いた響は、“良い子”と続けて再びことの唇に噛み付くと、先ほどまで優しかった舌の動きが明らかに激しいそれに変わっていく。相変わらず耳元は塞がっていて恥ずかしいくらいの水音が頭の中で響いているというのに、響は更に器用に指先でくすぐってくるのだから、ことからするとたまったもんじゃない。
深いキスには慣れて来た筈なのだが、こんなに深く、かつダイレクトに色めいた快楽を引き出されるのは初めてでことは呼吸の仕方を忘れそうになる。舌が絡まれば絡まる程、気持ちが良いけどその音が恥ずかしくて仕方ない。でも、やっぱりそれ以上に、気持ちが良くて。思わず酸欠になりかけたことだが、その様子に気付くところが流石といったところか。最後にことの舌を軽く吸ってから唇を離すと、突然の酸素にくらついたことを受け止めるかのように自身の胸元に招きことの腰に背中を回す。
「…きょうのひびきくん、いじわるだよ」
「ごめんって、ことが可愛くてやり過ぎた」
舌先がぴりついた感覚が残ることは舌足らずに響を非難するが、まったく棘も毒もないその語調に響は笑みを隠さずにいられない。その笑みを捉えたことは、赤みが引かない顔をそのままにくん、と首を伸ばす。突然のことの動きに予想が掴めない響だったが、はむ、と食まれる感覚に気付くと思わずことを抱き締める腕の力を強めた。
ことは拡張された響のピアスホールを舌先で一度ゆるくくすぐってからそっと顔を離すと、悪戯めいたような、否、それ以上にどこか艶やかな笑みを作って見せる。そう見えるのは、間違いなく赤みがかった表情だけが原因ではないことくらい、もう分かっている。
「仕返し、だよっ」
ああもう敵わねぇな。
そう思いながら響はことの身体をベッドの上に縫い付けた。
(みんなお待たせー!ダッシュで着替えてくる……ってあれ、響くんは?)
(いおくんお疲れさま!)
(響ならこと連れて部屋の方行ったけど)
(あれ!?俺、さっき響くん誘ったら二人と合流して待ってるって言ってたんだけど!?)
(………)
(………)
(………オアツイですなぁ!!!!!)
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