インディアン・ボンベイ・サファイア

※ダルシム+ガイル ダルシム夢要素多め※
※インド旅行の記憶を詰め込みました※
※冒頭ダルシムが出てきません ガイルになった気持ちでインドをお楽しみください※
※自己設定山盛り※



 私の国へ遊びに来ないか。そう言われた瞬間、ガイルの脳裏に浮かんだのはラクダと砂漠だった。乾いてエキゾチックでミステリアスな感じ。素直にそう伝えると、新しい友は大口を開けて腹を抱えて笑った。
「やはりそうか。私のベースは少し違う。南の緑豊かな土地の生まれで、ゴアならわかるだろうか、一昔前にヒッピーが山ほどやってきた場所だ。気候はあの感じが近い。門弟たちを鍛えて欲しいし、この時期に身内の結婚式がある。そこで君を紹介したい」
 彼の話は淀みない。少しイギリス的なアクセントが教養の高さを伺わせ、プレゼンテーションの能力もピカイチだった。だからいつの間にかインド行きの航空券を渡されていた。チャトラパティ・シヴァージー国際空港、という舌を噛みそうな名前が書かれている。物価の安い国だ、航空券があれば後はなんとかなるだろう。
 そう思ったことが安易だった。

「……うう…」
 ようやく起き上がれる。ガイルは体を上げようとすると、頭の血の気がないことを感じた。無理もない。たった二日とは言え、ほぼ何も食べていない。サイドテーブルにいくつか果物は置かれていたが、とても口にできはしない。
 腹を壊した。しかも入国後数時間で。空港からホテルに向かう途中で食べた、屋台のサンドイッチがまずかったのか。チーズ入りのあつあつのホットサンドで、焼かれているからと安心してしまった。ホテルにチェックインした直後から腹が怒り狂い、即トイレとお友達である。
 起き上がってもふらっとする。一日目はそばに居てくれたが、二日目ともなると飽きたのか。辺りを見てもダルシムの姿はなかった。もともと一人一部屋手配してくれていたのもあるが、手早く隣をノックしても何の反応もない。仕方なくシャワーを浴び、階下のレストランで何か食べることにした。
 ようやくホテルの内装に目が留まる。客室は西洋のベッドルームと何ら変わらなかった。意外なのは恐ろしく美しいのだ。雨漏りするような場所での寝泊まりも覚悟していたのに、真っ白な石造りの壁には傷一つない。あらゆる窓や回廊が馬蹄形のアーチになっており、柱の節には複雑な文様が彫られている。ホワイトとゴールドとブラウンの三色に統一されており、否応なしに富が伝わってくる。
「ここは宮殿か…?」
  廊下は焚かれた香で満ちている。種類はわからない。いいホテルのアメニティにある匂い、とだけはわかる。湿度があるせいか、香が肌に張り付くようだ。建物の中心から外側へ目を向ければ、玉ねぎのようなアーチの窓がいくつも連なっている。その先は海らしい。潮風だけじゃないな、とガイルはブーツの足先がむず痒くなるのを感じた。フォーマルさのためにリネンのジャケットを羽織っていたが、風が通り抜けなければタンクトップで出歩いていた。
 見覚えのあるチェックインカウンターが見えてくると、階段も様子が変わる。ホテルの顔とも言える場所だからか、大柄の赤い絨毯が敷き詰められていた。レッドカーペットよりも重厚そうな見た目だ。ここで吐かなくて良かった。
 時刻はすでに十四時を過ぎていた。催しでもあるのか、ロビーには人がちらほらいる。男はちらほら洋装で、あとはかなり格式張った民族衣装が多い。白人も数人。
 しかしガイルは目立った。軍人らしい空気でも感じたのか、かつんと軍靴が鳴ると人々が一斉に己に目を向けた。インド人は目が大きい。びっしりと生えた長いまつげが天然のアイラインを引き、黒・茶・ヘーゼルと様々な瞳が突き刺さる。それもゴールドやオレンジやターコイズの、艶めく布地にビーズやネックレスやピアスやら。およそ軍人には縁遠い、威嚇にも近い華やかさだ。今度はケツがむず痒く、顔をしかめてしまう。
「ぅ…ッ」
 足早にレストランへ向かい、ウェイターの段取りを少し無視して席に着く。ここはまだ白人が多かった。商談を行っているらしいスーツ姿の男たちもいて、安堵しているとメニューが差し出される。インド料理などろくにわからない。
「ティー…と、軽食はあるか」
「ティー?チャイ?」
「ティ…チャイでいい。パン以外はあるか」
「Sir、サモサかドーサは如何でしょう」
「サモ?」
「インドの揚げ物とインドの温かいクレープです」
「ならクレープを」
 かしこまりました、とウェイターが下がる。そう言えば英語が通じた。すぐにやってきたチャイはあつあつで、衛生面はクリアだがすぐに飲めない。見慣れた西洋のカップでちびちびと飲んでいると、奥が少し騒がしい。男性四人が固まって歩いており、周りとちがうのはおそらくホテルの従業員を引き連れている。ターバンを巻いた長い髭の老人もいて、あれこそイメージしていたインド人である。そうぼんやり眺めていると、彼らがこちらへ向かってきた。
「…はぁ?!」
 真ん中にダルシムがいる。気付かないのも無理はない。いつも麻袋のような布切れを履いていたくせに、今は煌めくシルクらしき布を纏っている。生成りにオレンジに近いゴールドの糸が織り込まれており、動くたびに炎のように輝いている。腰から下は足首まで布で覆われ、同じ布が腰から胸を通って左肩に乗せられている。首にはライチのような赤銅色の実を首飾りとして付け、腕輪はいつもと違い全て金だ。片方の胸が露わになっており、その姿は古代ギリシャの哲学者を思わせた。
「おお、体調はどうだ」
 バリトンボイスを響かせながら、ダルシムが向かいのチェアに腰掛ける。ガイルがあんぐりと口を開けていると、従業員の一人が何やら駆けていく。すぐさま銀食器のセットが運ばれ、香ばしいかおりを立てながらコーヒーが注がれた。 取っ手のない銀のカップは露店のものと大差なく見えるが、旅情は確実に彼の方が勝る。
「…茶は飲まないのか」
「南インドはコーヒーの産地だ。酸味がなくて口当たりもいい」
「はぁ」
「飲むか?」
 彼がカップを差し出し、即座に断る。空気を読んでかガイルの前にクレープらしき料理が置かれ、ダルシムの方は更に何かが台車で運ばれてきた。背後にいた従業員たちも加わり、あっという間にアフターヌーンティーのようなセットが組まれる。
「食べるか?」
 言うが早く、ダルシムが恭しくセイボリーを皿に移す。動きはたおやかだが問答無用でガイルの前にそれが置かれた。
「…せめて選ばせろよ」
「すまない、だが腹は減ってるだろ?」
 更に彼が自身のカップを手にして目配せすると、もう一つ同じカップが奥から出てくる。自らポットを手に取りコーヒーを注ぎ始めると、予想通り彼はカップをガイルの方へまた置いた。
「人に確認を取れよ」
「そう遠慮するな。ここの飯も部屋代もすべて新郎持ちだ。好きなだけ食えばいい」
「新郎?」
「言っていただろ、ここで姪が式を挙げるんだ」
 眼前のテーブルは所狭しと皿が並び、まるでビュッフェのようだ。ガイルは眉間に眉を顰めつつ、一応まずはコーヒーに口を付けた。確かにまろやかで口当たりがいい。
「式は明後日だが、食事が済んだら部屋に戻ろう。礼服の採寸だ」
「服?スーツならあるぞ」
「スーツでは目立ちすぎる、サルワールカミーズを仕立てる」
「サル?は?仕立てるって」
「お代は私が持つ、気にするな」
「するだろ。まず今日の採寸じゃ間に合わない」
「間に合わせる」
 そう言うダルシムは表情筋一つ動かさず、それが余計に圧がある。こんな男だったろうか。地元だと態度が変わるやつはいるが、ここまでは珍しい。ガイルは山ほどの食事を忘れるほどには困惑していた。
「うちは裕福な商家だが、向こうは紡績業で財を成した一族だ。タミルの田舎の出が箔付けにボンベイまで来て挙式だ、おおかた同業への牽制だろう。気に入らん」
「おいおい、俺は愚痴を聞かされるために腹を壊したのか?」
「半分そうだな。その分山ほど食ってくれ。ここなら酒も飲める。インドは酒が飲めない場所が多いぞ、今のうちに飲んでおくといい」
「俺が式で酔って暴れた方が嬉しそうだな、その感じだと」
 それも悪くない。そんな雰囲気でダルシムが片眉を上げるのを見て、マジかよとガイルは心中思った。
「向こうが箔付けするなら、こっちも威嚇しておきたい。そこで君だ」
「俺か」
「この国の貧富は見ただろう」
 言われて空港から出た瞬間の光景がよみがえる。あれは人の群れと呼ぶには激しすぎる。ゾンビ映画の如く柵に車夫たちが押し寄せ、俺の車に乗れと見境なく叫んでいた。物乞いの子供にズボンを掴まれ、道の端には必ずチラシかポスターの切れ端が捨てられていた。異様なにおいを放つ汚水や牛糞も見かけていたのに、今は静謐で穏やかな潮風が頬を撫でる。
「姪は歌の名手だが、目が悪い。足の悪い物乞いたちも見ただろう、それだけ体の欠損はここでマイナスになる。だからうちに嫁げるなんて幸福だ、と向こうが結納の席で言っていてな」
「おっとそれは」
「変わってくるだろう?話が」
「若干」
「新郎の弟が優秀で、アメリカに留学しているらしい。いずれ一族揃って移住したいとも言っていたな。永住権が欲しくて必死らしい」
「つまりあれか、当てつけだな。俺の存在は」
「威嚇は必要だ、姪のためにも。インドはコネ社会だ。だからそのままでいてくれ」
 言いながら己の姿を見渡される。ブーツにカーゴパンツにドッグタグと、アメリカの軍人な要素は揃っていた。ガイルがおもむろにジャケットを脱ぎ、右肩の星条旗を出すと満足げに頷かれる。
「グッドだ。ちなみにそのドーサ、食べてもいいだろうか」
 故郷の料理だからな。そういってクレープを目で指され、今度はガイルが恭しく皿を手渡した。交渉成立である。ガイルも彼に渡されたセイボリーを手に取り、ようやく固形物を口にした。久々の炭水化物は力を漲らせる。
「やっぱ暴れておくか?」
「そこまでは。このランクのホテルだ、請求が怖い」
「そこは怖いか」
「流石に」
 超金持ちと言うわけではないらしい。掴めない男、と一瞬思ったが、それも楽しい。
 インドは予想通りに行かない。そうは聞いていたが、意外と悪くない。ガイルはセイボリーのサンドイッチを口へ放り込むと、結婚式の様子を想像した。
「結婚式ならあれか、踊るのか」
「夜通し踊るぞ」
「俺は踊れないぞ」
「アメリカ人ならプロムで踊ってるだろ」
「系統がちがうだろ」
 踊り教えてくれよ、と言えば肩をすくめられる。適当に体を揺らせ、と返されるが、なぜそういうことは雑なのか。これがインド人らしさかもしれない。ガイルは考えるのを止め、ひたすらに食事を詰め込むのであった。


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