カン・ミンジョンより愛をこめて

 あー。あー。こちらカン・ミンジョン。応答せよ。応答せよ。
 吸っても吸っても酸欠になりそうなくらい酸素が足りなかったあそこと違って、ここにはちゃんと空気があるよ。不思議だね。地球の外じゃ人間は呼吸ができないはずなんだけど、わたしやっぱ宇宙人だったてことかな。まぁいいや。
 今日は七夕だよ。近くで見る天の川はほんとにきれい。金平糖みたいな粒がたくさん集まってて、お腹が空いたら一粒食べるの。いつも味が違うんだよ。甘い時もしょっぱい時もあるし、あったかい時だって、キムチの匂いがすることもある。今日はマンゴーのピンスみたいだった。甘酸っぱくて、冷たくて、頭が痛くなった。たぶん、おじさんと並んだ東大門の店のやつ。「彼氏と行けよ」って言うわりにはちゃんとついてきてくれたよね。いつもそう。そうやって文句言いながら、結局わたしのことが心配なの。心配で、手がかかる、かわいいかわいい姪のようなわたし。
 犬に追いかけられて泣きわめいてた時も、変な男に引っかかって車で連れて行かれそうになった時も。助けて、怒って、自分のことみたいに一緒に泣いて、ずっとそばにいてくれた。でも一番好きなのは困った顔なんだよ。結婚してってちっちゃい頃からずっとバカみたいに言ってたのに、わたしが大人になるにつれて、どんどんおじさんの眉が八の字になってくから笑っちゃった。
 絶対嫌だって言いながら初めてのピアスを開けてくれた時のこと、いつ思い出してもウケる。銀色のつまんないファーストピアス。穴が固定されてからも大事にとってあるよ。気が向いたらわたしの部屋の机開けてみてね。あ、ついでに今日おじさんにあげようと思ってたプレゼントも入ってるよ。趣味のいいわたしが選んだんだから、絶対気にいると思うけど。おじさんの喜んだ顔見たかったな。せっかく夏が来たのに。海にも行きたいし、また一緒にピンスも食べたい。モルディブだって行けたかもしれないね。
 今晩は雨が降るよ。月のうさぎたちが、さっきバケツにたくさん水汲んでたの見たもの。おじさんの足はまだ痛む? 行って撫でてあげたいけど、ちょっと遠いな。悔しいけど、おじさんも早くすてきな人を作ってね。いつまでもソファでうずくまってちゃだめだよ。それから、わたしみたいなかわいそうな子を助けてあげてね。わたしみたいになっちゃだめ。絶対だよ。
 あ、もうすぐ電車が来るみたい。これから旅行に行くの。モルディブなんかよりきれいなところなんだから。また電波送るから楽しみにしててね。風邪ひかないで。大好きだよ。
 カン・ミンジョンより愛をこめて。
 
 
 頬をつたう涙が、ぼたぼたとインクの上に落ちて染みていく。虹色のペンで書かれた丸い文字は、すぐに蒸発して紙ごとマジックみたいに消えてしまった。
 ドンシクはかつてミンジョンが夜を明かしたベッドの上で、声をあげて泣いた。何の気なしに入った彼女の部屋で、なぜか吸い寄せられるように机の引き出しを開いた。少女趣味のブリキの小さな缶に入った銀色のピアス。それからもうひとつのリボンを巻いた小箱には、銀色のネクタイピンが入っていた。彼女が好きだったピンク色のラインが二本。ドンシクは、そのちいさな彼女のかけらたちを握りしめた。雨の音がまるで音階のように窓に跳ねていく。きりきりと痛む足を押さえ、静かに目を閉じた。今晩は夢の中で、けたけたと笑う彼女に会えそうな気がした。

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