映画館


せっかくの休みのデートだから、リージェンシービレッジシアターみたいな場所が良かったんですけど、とぼやきながら譲介が運転していく先は近所のショッピングモールだ。
休みの日に小難しい映画が見たいかよ、と言って選択肢が狭まり、その上で、ここから一番近い場所にある映画館でいい、と徹郎が迫ったせいではある。
見る映画も、その場で決めりゃいいだろと言うと、妙な顔をされた。外で待ち合わせる訳でもなし、見たい映画の上映するハコが機材の故障だのなんだので見れねえってハナシもあんだろうが、と言うと、譲介は渋々と言った体で納得した顔を見せていたが、内心じゃパーフェクトな計画があったんだろう。


同居を再開した当初、ハウスキーパーを入れろ、と再三言ったにもかかわらず、家の鍵を預けられるような適切な人物がいないので、と聞く耳を持たない譲介に対して説得を諦めたのが、そもそもの躓きの始まりだ。
飲み終えた牛乳を補充していなかったという理由で突如として角が生えた出張帰りの三十男をなだめるため、咄嗟に切れる手持ちのカードがデートの約束しかなかった。
セックスは取引の材料にしないでくださいという男に、デートは良いのかよとからかうと、先日、外で無茶して腕に傷を負って帰って来た件、まだ十一枚分の回数券が綴れるくらい怒ってますけどね、と言われてしまった。
右の上腕の掠り傷だ。
弾は抜けてた、などと下手な言い訳をすれば、またぞろ七面倒なことになるのは分かっているので、徹郎としては、その辺りで引き下がるよりほかない。不可抗力だとか、そういう状況だったとか、そういうことは譲介にとっては関係がないのだ。心配する僕の身になってください、と泣き止む気配のない男に胸を貸すくらいなら、デートを餌に機嫌を取る方が数倍マシだ。
それにしても、映画なあ。
確かに鉄板のデートコースではあるが、そもそも徹郎が映画をまともに見ていたのは中学や高校時代までだ。大学時代には、人が多い封切館を避け、割安になっているリバイバル上映を選ぶようになっていた。あの暗がりには、寝に行った記憶しかない。カサブランカ、スティング、アラビアのロレンス。不自由を感じるばかりの生活の中でのひと時の自由。映画の筋はろくすっぽ覚えちゃいねえが、頭の端には、まだあの頃見た映画で流れていた曲の記憶が残っている。
その後はといえば、譲介が高校に入ってからは何度か、テレビを付けたらやってた映画を見たきりだ。一緒になってそのまま流し見したこともあったが、それすら、飽きたら先に寝る、と切り上げたことの方が多かった。
そういえば、いつかのホラー映画を見たタイミングで、譲介が映画館でデートしたいと言っていた気がする。
あれきり忘れていたことをふと思い出して、徹郎は頭を掻いた。


平日のショッピングモールは、それでも人がそれなりに居て、吹き抜けからは明るい光が入っている。そのせいか、車を降りた譲介もそれなりに晴れ晴れとした顔つきになっていた。
ガンホルダーを身に付けてそこいらをうろつく警備員はいるにはいるが、ホットパンツを履いた女の尻に視線を向けている野郎が多い辺り、とっさの事態に対処出来るかは疑問だった。
通路表示に沿って駐車場から数分歩くと、居並ぶポスターが見えて来た。
五、六人で連れ立ってやってきた私服のガキがロボットの立ち姿のポスターを指さし、シリーズものの三作目なんて、大概ロクな話じゃない、などと駄弁りながら中に入って行く。
立て看板がないせいか、あるいは、物販のレジ横に立つ店員の顔つきがファーストフード店並みに明るすぎるせいか、徹郎が知っている映画館とは違う世界だった。
フードコートの前には人が並ぶが、事前にインターネットで購入した方が割引が利くとあって、チケット売り場にはほとんど客がいない。
並んだポスターの前に立ち、どれを見ますか、と譲介が言った。
まあ、面白けりゃ何でもいい。
コレとコレならどっちがいい、と譲介に聞いてみる。
カーレースと、アクション。
これなら筋が分からなかろうが見れそうだろ、と指さすと、譲介は妙な顔になった。
「徹郎さん、今適当に決めたでしょう。」
「人聞きが悪いことを言うんじゃねえよ。そもそも、映画俳優の名前もろくすっぽ知らねえのにポスターだけで良さが分かるかよ。」
ここで俳優の面で決めるか、とでも言おうものなら、また譲介が膨れるに決まっていた。徹郎としても、後戻りの出来ねえような崖に自分を追い詰めるような趣味はなかった。
「そもそも、台詞のニュアンスが分からなきゃ楽しめないような小難しい映画を見たところで、どうなるもんでもねえだろうが。」
寝るぞ、と断言すると譲介は苦笑した。
「こっちの映画館って、スナックの食べる音がうるさいし、笑わせるところじゃ皆笑うしで、きっと徹郎さんが思っているほど楽に寝られる場所じゃないですよ。」
「来たことがあんのか?」と言うと、僕も同じことを考えたので、と譲介は言った。
「通信手段の電源を切って薄暗いところに籠っていたら、少しは寝られるかと思ってたんですけど。もう始まってる、と思って時間が合う映画に滑り込んだら、隣の席からポップコーンを食べる音が延々と。前の席に人がいないのを幸いに、脚を乗せてるやつもいますし。」
途中で退席してもいいかな、と思いましたけど、結局最後まで見ちゃいました、と白状した譲介は肩を竦める。
「それで洒落た映画館に誘ったってのか?」
「そうですよ。失敗しましたけど。」
どうやら、僕はデートに誘う才能に欠けてる男らしいので、と当て擦ってくる譲介に「それならそうと先に言えよ。」と笑ってしまった。
「で、どっちにする?」とポスターに向き直る。
シルベスター・スタローン似の男が睨んでくる青く沈んだ色味のポスターと、赤いスーパーカーに乗った男がポーズを取っているポスター。
どちらも中身には大差がないように思える。
「時間が早い方にしましょう。」と譲介は心を決めた顔でこちらを見たので、結局それか、とそのままチケット売り場に並んで、カーレースの映画の切符を買った。
ポップコーンの列に並びながら、映画が終わったら、夕飯の買い物して帰りましょう、とのたまう譲介に、デートに所帯くせえ話を持ち込むなよ、と言って、徹郎はまた笑った。


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