2023/11/27 23.白桃烏龍 極品

「んっからぁ」
「ん?」

 べぇと、行儀悪く舌を出したマゼルの目元には少し涙が滲んでいた。どうした。と言えば、どうやら入っていたソーセージに使われている香辛料が酷く辛かったようだ。これ、と、無言で指をさすマゼル。

「げほっ」
「ヴぇりゅなー」

 ヴェルナーはパクリとマゼルの皿から欠片をつまんで口に入れ、舌と喉を刺激する痛みに思わずせき込む。そんなヴェルナーにマゼルがなんで食べたの。と言うように少し呂律が怪しい状態で名前を呼んだ。マゼルは当然、ヴェルナーが辛いものを得意としていないことを知っている。
 慌ててティーカップを掴んで少しぬるくなっていた中身を飲み干す。それだけでは足りなくて部屋にある水差しから水をマゼルと自身のカップに注ぎ、続けて二杯、中身を飲み干した。

「っはー、まだ舌がピリピリする」

 行儀が悪いとはわかってはいるが、ティーカップの水に舌を漬けながらヴェルナーがぼやいた。たった一欠けらでなんという威力だ。
 そんなヴェルナーとは裏腹に、マゼルの方はもう回復したらしい。ちょっと困ったように眉を下げる。

「これは、僕でもちょっと」
「いや、しょうがねぇって。なんでこんなもの……」

 マゼルと一緒に食べているのはヴェルナー屋敷の料理人が作った「しょっぱいケーキ」だ。確かにチョリソーとドライイチジクが入っているとは聞いていた。昨日屋敷で食べた時はそこまで辛くはなく、イチジクの甘さとあわせってちょうどいいアクセントになっていたのだ。だからこそ、ヴェルナーもマゼルに食べさせようと用意してもらったのである。

「ヴェルナー、舌、見せて」
「ん」

 ちゅぽんと、水から舌を引き抜いてマゼルの前に舌を晒す。マゼルの指先が舌に触れて、びくりとヴェルナーの肩が跳ねた。

「痛い?」
「うんにゃ」

 ヴェルナーが瞳で否を返す。実際、まだ少しひりひりするが、最初のころのような痛みのような刺激は薄まっている。ただマゼルの指が水で冷えた舌に熱をもって感じられただけだ。
 そんなヴェルナーに、マゼルはほっとしたように息を吐くと指を離すと、身を乗り出して顔を近づけた。なんだろう。と、無防備な顔をしているヴェルナーに、マゼルは自身の舌でベロリとヴェルナーの舌を舐めた。

「マゼッ!」

 ガタンと、ヴェルナーが立ち上がろうとして椅子が大きく音を立てる。その音に慌てて体勢を立て直し、ヴェルナーは自分の口を手で押せてマゼルを睨みつける。

「ちょっと、甘い?」
「バカッ!」

 あれ? と言う顔をしているマゼルに、ヴェルナーが短く叫ぶ。いつもは山ほどの遠回しの美辞麗句に隠された、あるいは直截的な罵詈雑言を溢れさせるヴェルナーだが、今はどうも頭が回っていないようだ。
 手で隠されている頬どころか耳まで赤くなっている。

「もう平気?」
「おかげさまでな!!」

 さすが勇者様の唾液だな! と、言いながらもまだ手を付けていないヴェルナーの分をどうしようかと見下ろすのだった。



 ちなみにその辛すぎるケーキだが、すぐに原因が判明した。
 ヴェルナーの屋敷の見習い料理人が個人的に作ったものが、たまたまヴェルナー用に用意されていたものの隣にあり、間違えて包まれてしまったという。実にありきたりなヒューマンエラーだった。
 慌ててやってきたその見習いと執事補に苦笑いして残りを返却し、本来のものを受け取ったのである。被害らしい被害もなかったこととして、ノルベルトに一つ説教程度で済ませるつもりだった。正直ヴェルナーにとっては辛さよりもマゼルの舌の感触の方が強烈で記憶に残っているぐらいである。

「ん、美味しい」
「よかった」

 改めてヴェルナーの部屋での茶会にて、マゼルが嬉しそうに言うのを見ながらヴェルナーは満足げに目を細めた。


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おかしい、もうちょっとこう、こう(ろくろを回す手つき)
めちゃめちゃ自然にマゼルがヴェルナーの舌を舐めたのでびっくりした。

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