弐
それはどうも人の仕業ではないという話。あんまりにも突拍子もなく、突然の事だった。
その本丸の主は急死してしまったのだという。曰く、主を愛しすぎた刀が神隠しをしようとし、これを拒否した為だ。しかしこれは“当たり前”であるが故に、そこまで大きな問題にはなっていない。
――と、いうのも。
審神者という存在はどこか秘匿的であり、神聖な存在だからこそである。
故に何も力を持たない一般人はそれをどこか他人事と見ており、遠い出来事としているのだ。
審神者は付喪神を降ろす。使役する。役立てる。歴史を守る為の政府の代役者。代理人。
一方で、下世話な話題も勿論飛んでくるものだ。審神者は刀剣男士と花園を作っている。手足として扱き使っている。使い捨て。目立ちたい。神になったつもりの存在。どうせ形だけ。権力を手にしたい。チヤホヤされたい。
――どうせそれは、自分達には縁遠い。
だからこそ何を言っても許される。何を言ったって構わない。噂に尾ひれがつくことなんて、それこそが“当たり前”なのだ。
だからこそ、審神者の中には心を壊してしまう者も居るのが“当たり前”なのだ。
「主~今日の夕飯はどうする?」
「今日は広間で食べますね」
「オッケー」
「……それとなんですけど。今後、最後までは皆さんと一緒に食事をとろうと思います」
「え? ほ、本当…?」
夕刻頃。
審神者を呼びに部屋に来た加州は、審神者の言葉に驚きの表情を見せる。審神者としての本分を全うしてきた審神者は、週に二~三回のみ広間で男士の皆と食事を共にしてきた。
それは定期的な連絡や状況、彼らが不都合なく過ごせているかの確認も含まれていた。だがそれも今後必要がない……ならば広間に行く必要もないが先日の事があってからは、残りの日数を大切に過ごしていこうと思い至り、いつの間にかそう答えていた。
審神者の言葉を聞いて、加州は今にも泣きそうな表情を見せながら、どこか嬉しそうに「皆に伝えてくる」と言って部屋から出て行く。そんな背中を見て、審神者の心が温かくなると同時に、名残惜しさが湧き上がってくる。
今更考えたところで時が戻るわけでもなし。審神者の仕事が終わるのであれば、それは誇らしいことだ。刀解する男士はおらず、皆政府で今後働いていくと決めている彼らに二度と会えなくなるわけでもない。
ならば今の時間を大切に過ごし、そして心置きなく現世での人生を全うしていくべきなのだ。
――
――――
「神隠し? 誰をですか?」
「勿論。……ね?」
「もしかしてですけど……私?」
「あるじさん以外に居ないよ?」
ワイワイガヤガヤと楽しく食事をしている中、審神者の隣に来た乱藤四郎は無邪気に答える。何も悪いことはなく、まるで近くのショッピングセンターに買い物へ誘うような気軽さで、乱は「あるじさんを神隠しすればボクたちと離れないで済むよね」と言ってのけたのだ。
悪びれもしないその言葉に、審神者の背筋が不意に冷えたように寒くなる。付喪神である彼らには常識は勿論通用せず、だからこそ審神者の居ない刀剣男士は政府が管理をすることになっているのだ。
神を管理するだなんて罰当たりでしかないが、政府はそれほどの力を持っているとも言えるのだ。そもそも、神を降ろしたのは人の身であるのだから、対抗策がないわけではないのだろう。
「えっと……」
「ボクたち、折角こうしてお話を沢山出来るようになって、もっともっとあるじさんと仲良くしていけるかなって思っていたから。だから、隠しちゃえば何も怖いことも痛いことも無くなるから。寂しくもなくなるから」
「乱さん……」
乱の言葉に、先ほどまでとは違う気持ちが渦巻く。仕事として、政府に与えられた責務を全うするべく彼らとの関わりを最小限にしてきた代償とでもいうのだろう。
今は乱からの言葉でしかないが、きっと男士たちの中には乱と同じ気持ちの者が多いはず。なのに詰め寄ってくる者も、抗議してくる者も居ない。彼らは一番に離れたくない、寂しいと感じているだろうに。
「……ありがとう、乱さん。こんなダメダメな審神者でしかない私なのに」
「? あるじさんだからこそだよ。沢山居る乱藤四郎の中で、ボクはあるじさんだから寂しいって思うし、もっともっとお話ししたい。離れるって思うと……胸が苦しくなっちゃう」
悲しい表情で気持ちを露呈する乱に、審神者は思わずその頭を撫でた。
男士たちにとっての審神者は自分しか居ない……使われるのが本質である彼らと離れるのは、審神者自身も寂しく感じているのだ。だからこそ、泣いたあの日を最後に泣かないと決めている。
「ですが……二度と会えなくなるわけじゃないんですよ。刀解を選ばず……ずっと在り続けることを選んで政府に行くと決めた皆さんを……私は嬉しく思っているんです」
撫でる手はそのままに、審神者は静かにそう答えた。自分が生きている限りはきっと彼らと会える瞬間はある。選択を委ねたとはいえ、在り続けることを選んでくれて安堵と喜びを感じているのだ。
そんな審神者に乱は今にも泣きそうな表情で見つめ、そしてそのまま審神者へと抱き着いた。泣きはしなかったが、乱は絶対に会いに行くと言ってくれる。そしてそれを皮切りに、他の男士も先ほどの審神者の話を聞いていたのだろう。わらわらと寄ってきて抱き着かれたり、撫でられたり……最終的には男士一振りずつとハグをするなど、夕食の時間が宴へと変わっていった。
――
――――
「主」
「太郎太刀さん。どうかされましたか?」
自室に戻ろうと廊下を歩いていた審神者の背後に、太郎太刀が声を掛ける。足を止めて太郎太刀を見上げ、小さく微笑む。
太郎太刀は暫く審神者を見つめ、そしてゆっくりと瞬きをひとつする。しかし審神者からすれば何も言わない太郎太刀に首をかしげた。自分の顔をじっと見られ、居心地悪く感じてしまう。それに何より、太郎太刀より審神者と共に現世へ赴きたいと言われてから顔を合わせた今だからこそ、どこか落ち着かなくなっていた。
「……あの?」
「貴方の笑顔は……」
「……?」
「いえ。忘れてください。今夜は冷えますので、暖かくして眠ってください。では」
審神者に背を向けた太郎太刀に、審神者は思わず呼び止めた。どうしてか先ほどの広間での事が脳裏をよぎり、審神者はふとその言葉を太郎太刀へとぶつけていた。
――太郎太刀さんは、私を神隠しをしたいと思ったことはあるんですか?
「――なにを」
背を向けたまま、太郎太刀は審神者の問いに僅かな返答をする。些細な疑問であり、それは人であるからこその純粋な質問だった。
あの人はこう言っていた。であればこの人は思わないのだろうか……そんな些細な気持ちからだった。決して望んでいるわけではない。自分は買わないが、あなたもあの人と同じように欲しがっていたりしないのだろうか? その程度の感覚で聞いただけである。
しかし質問内容が人によっては重大な内容に受け取られかねないのも確かである。そこは人だろうと付喪神だろうと関係が無い。
審神者の質問が些細な内容とは言え、付喪神にとっては“そうして欲しい”と受け取れてしまう。冗談ではなく、ふざけているわけでもない。事実として受け取るだけなのだ。
――彼らは神なのだから。
しかし審神者にはその具合を今この瞬間だけは考えていなかった。
「乱さんが言っていたので……太郎太刀さんはそう思ったりしないのかと、気に……」
徐々に言葉が途切れていき、審神者の顔が真っ青になっていく。今自分はいけないことを聞いてしまったのではないか。彼らは付喪神であり、自分をどうとでもできてしまう。なのにこんなことを聞いてしまうだなんて、隠してくれと言っているようなものではないだろうか。
計測な行動、軽率な言動は自分の首を絞めかねない行為である。それを今自覚し、そして咄嗟に審神者は逃げるように謝罪の言葉を告げてからその場から離れて、自室へと小走りで向かった。
――
――――
「ばか……私はあんまりにもばかだ」
肩で息をして小さく自分を責めた。言っていいことと悪いことがあるのにも関わらず、あの瞬間はそれを考えもせずに言葉を発してしまった。一歩間違えれば、あの瞬間で自分は隠されていたかもしれない。相手は神なのだ。例え自分が彼らの主であれ、そこを弁えないといけないのである。
今まで慎重に接していたことが、全て無駄になってしまう。それだけはあってはいけない。
「――私は……本当に……」
審神者はその場にへたり込み、顔を両手で覆った。自分の軽率な発言、行動。その全てがまるで今まで“抑え込んでいた”感覚であることを、今この瞬間理解してしまった。
本丸から離れる。審神者としての仕事を終える。それは即ち、今まで止まっていた審神者の時間が、正しく動き出したことの証拠なのだから。
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