サイン会


「何してんねん!!」
「何て、サインですけど……。」
兄さん往生際悪いですよ、と言いながら、四草は剥き出しになったオレの手首に徒然亭四草と名前を書いた。


四草の落語会の付き合いで遠出して、今日は南紀白浜の空の下の草若ちゃんやで。
落語会ちゅうても、ただの高座とは違て、ランチとディナーとサイン会付、プレミアム落語会や。
プレミアムっちゅうのは、最近のコンビニに置いてるロールケーキ見てたら分かるけど、大概胃もたれするもんやで。
オレなんかはそう思うけど、四草のファンちゅうのはアホばっかりなんか知らんけど、どんだけあの顔見てても飽きへんらしい。
サイン会もオレで仕舞いやていうのに、ほとんどの人間が自分の部屋に戻らへんし、なんや知らんけど、会場に居残ってるだけやのうて、こっちチラチラ見てんのがいたたまれへんていうか。

ええとこやで、南紀白浜。
風光明媚で、海も綺麗。
皆オーシャンビューの窓から海見て親やら友達やらと語らったりしてたらええやん!
なんでそないせえへんのや!!
おっさんの角突き合いが見たいてどないな野次馬根性やねん!!!

まあ、和歌山くんだりまで来てて、四草の顔だけ見るのが今日の主目的やて人も中にはいてるやろうし、まあオレかて多少は気持ちが分からんでもないけど、オレと四草がふたりでいるとこでも眺めてしょうもない話の目撃者になられへんかて思ってんのもいてんのやろな~。
昼から晩まで一緒におって、そのままホテルに泊まって次の日は温泉とか散策を楽しんで行ってな~ていう天狗の企画で、オレはとりあえず色々の紆余曲折があって、喜代美ちゃんにもなかなか和歌山行ってくる機会ないんと違いますか、て背中押されて、一応の子守もあるしてことで、近いとこにある民宿におチビと一緒の宿取って、クエ丼と目張り寿司食べて、和歌山牛の寿司食って、パンダと写真撮ってから、こないしてここに見張りに来ることになってしもたわけや。
オレがいてへん間に美人のオネーチャンと浮気してへんやろな、て気になった訳とちゃうで。
兄弟子に袖から勉強させたろて根性が気に食わんていうか、客単価高いんやからそんなに人数おらんでもええでしょう、とかいうファンクラブ先行抽選という生意気さがまた気に食わんていうか。
そもそもファンクラブてなんやねん。
まあ平たく言えば、日暮亭の年会員とはまた別個で四草の落語会のチケットが取れる新しい系統が出来てしもたわけやけど。
クリスマスディナーやらバレンタインやらでホテルのでかい会場貸し切っての高座が続いてて、気が付いたら徒然亭の中でもファンクラブみたいなもんが一人だけ出来てるという寸法や。まあ事務局は天狗芸能になってるけどな。
なんぼ世間が資本主義言うても、こんなんあからさますぎるやろ。
喜代美ちゃんは、ちょっと日暮亭の年会員減ってしもたて言うてるし……。
それはまあええわ。
問題は今日のこれていうか、CDもDVDも持ってへんのに頭数のためにサイン会に並ばされて、どっか適当にチラシの裏でええわて差し出したチラシも見ぃもせんと、長袖シャツ捲り上げて名前書くとかありえへんやろ。
何やねんもう!
オレの腕やぞ!!
「ちょ、待てておい~! これ油性マジックやんか。」と言うと、自分のモンに名前書いたらあかんのですか、という返事が返って来た。
「なななななな………。」
「ほな、これでサイン会終了てことで。」
「はあ!?」
解散の合図、と隣にいてステーキ食ってた司会に声掛けた。
あ、司会まだおったんかい。
オレが変わったったから、途中からメシ食う以外なんもしてへんかったやんか。オレが四草にヘッドロック掛けるまで声も掛からへんて、どんだけのギャラ貰ってそこまで空気でおれるんやて思ったけど……まあええか。最近の天狗が、新人やとどんだけ売れててもギャラを出し渋ってんのはオレかてもう知ってるからなあ。
「サイン会、これで締めたるから、マイク寄越せ。」
「ええ?……ちょっと、草若師匠、待ってください、」
「『サイン会は終了いたしました。どなた様も気を付けてお部屋にお戻りください。』やろ、そんくらい言えるわ。」と言ったらマイクの電源が入っててキーーーンというハウリングとざわついた声が聞こえてきた。
「草若師匠~~~~~……!」
あー、聞こえへん。何も聞こえてへんで。
「ほな、今聞こえたとおり、徒然亭四草の底抜けプレミアム落語会はこれにて終了です。どなたさまもお気を付けてお部屋までお戻りください。」と言って司会にマイクを投げた。
「兄さん、今の、底抜けはいらんのと違いますか?」
「うっさいわい、四草!」
「酔っぱらってるみたいやから、大目に見たってください。僕がコレ連れて帰りますんで。ほなら。」
ドアホ、酔っぱらってへんわ。
「……僕の部屋はもっとアホなのが張ってると思うんで、先に風呂行きましょう。」
そらそうや、お前の落書き、おチビに見つかる前に風呂ん中で消したらなあかんわな。
ふわあ。
オレ、まだ酔っぱらってへんぞ……。
「こんなん、風呂で寝てまうわ。」
寝そうになったら起こしますから行きますよ、と言われて手を引っ張られた。
あちこちで騒がしい声が上がってんの聞こえてきたけど、もう気にせんとこ。

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