あなたに捧げる盃

「新春! ESアイドルダーツの旅〜‼」
 お馴染みのタイトルコールで始まる人気バラエティ番組の新春特別企画。そんな名目で、『Crazy:B』はとある温泉地を訪れていた。
「いやァ、ちゃんとした観光地に当たって良かったっしょ。ラッキーラッキー」
「ほんまに、ほっとしたわぁ。燐音はんに投げさしとったら危なかったんとちゃう?」
「お? こはくちゃんど〜いう意味?」
「ぬしはんの日頃の行いが悪……いだっ! ゴラつむじ押しくさるなやあほんだら!」
 最年少と最年長が何をやっているんだか。
 じゃれ合いながら前を歩くユニットメンバーを冷めた目で眺めつつ、HiMERUはその数歩後ろを着いていく。とはいえ全面的に桜河に同意だ。リハーサルでダーツを投げて見せた天城はそのフォームこそ異様に様になっていたものの、当たった場所は北のはずれのよくわからない僻地だったし(何故か本人は嬉しそうだった。そのあたりに田舎でもあるのだろうか)。
「――当てたのは椎名なのですよ。あなた達はもっと椎名に感謝すべきです」
「そう! そうっすよね〜さっすがHiMERUくんわかってる!」
 まあ僕なら目ぇつぶって投げたって食べ物が美味しいとこを当てる自信あるっすよ! なんて胸を張る椎名。
 リハーサルで四人それぞれ投げてみた結果、天城は先述の通り、桜河は射殺す勢いでど真ん中に的中させてしまうからTV的にNG、HiMERUに至っては的に当たる前にダーツが放物線を描いて床に落ちて行った。そんなわけで一番意外性がありセンスも良くTV映えもする、椎名が投げることになったのだった。
 結果その采配は大正解。行き先が決まった時の、ディレクター陣の安堵の表情が忘れられない。今ものびのびと温泉街を散策するアイドルを追い掛ける撮影クルー達は楽しそうで、HiMERUは椎名と顔を見合わせてふふっと笑った。
「メルメル、射的!」
 その場で焼いた団子を提供している和菓子屋の軒先で、椎名とベンチに腰掛けて寛いでいると、新しい悪戯を思い付いた子どものように浮ついた声がHiMERUを呼んだ。
「単語だけで喋らない。何ですか」
「射的やろうぜェ、負けた奴は罰ゲームな」
「また勝手なことを――え、OK? ああ、そうですか……わかりましたよ」
 ディレクターがGOサインを出したのならやるしかあるまい。焼き立てのみたらし団子に夢中になっている椎名の腕を引っ張って無理くり巻き込み、なし崩しに四人での射的対決が始まった。

 本人以外の全員が予想した通り綺麗に負けたHiMERUは、温泉街の往来で持ち曲を一曲、フルで踊らされた。HiMERUを知る若い女性グループも、きっと知らないであろうどこかの町内会のバスツアー客も、やけくそ気味に笑顔を振り撒く彼を足を止めて囃し立てた。
「ヘイヘイヘイご注目ゥ! 『Crazy:B』集合〜ってなァ!」
 大サビでメンバー全員が合流し、ライブ本番さながらのフォーメーションや掛け合いを披露する。ゲリラで敢行された短いショーは大盛況、SNSでも結構な勢いで拡散されたらしい。
 天城燐音という男はこれをどこまで計算して仕掛けたのか。振付の合間に肩に触れてきた馴れ馴れしい手を叩き落としながら、HiMERUは内心で舌を巻いた。



「――HiMERUです。今は自由時間なので……ああ、桜河が『旅のしおり』を作ってくれたのですが。すこし、旅館の中を歩いてみようと思います」
 大浴場での撮影も終えた夜、スタッフから持たされたビデオカメラを片手に携え静かな廊下を歩く。
 日本家屋をモダンにリノベーションした旅館は横に広く、長い廊下が真っ直ぐ続いている。大きなガラス窓越しに広がる手入れの行き届いた庭園を映したり売店を冷やかしたりしつつ、いつも『HiMERU』に報告するように、今日の出来事をのんびりと語って。しばらくそうして歩いているうち、庭園に張り出した小さな待合スペースに行き当たった。
(――誰かいる)
 そこは見たところ喫煙所を兼ねているようで、廊下との間はガラス戸で仕切られている。間接照明だけが灯る室内に、スマートフォンのブルーライトでぼやっと浮かび上がる横顔が見て取れた。
「――天城?」
 録画を止めて声を掛ければ男がガラスの向こうで振り返った。にかりと微笑んで手招きをする。
「よ、メルメル。こっち座れよ」
「こんなところで何をしているのですか」
「まあまあ。丁度ひとり飲みに飽きてきたとこっしょ、おめェも付き合えよ」
「HiMERUは未成年なのですが……」
 天城の手が湯気を立てるお猪口を口元に運んだ。熱燗か。向かいのソファに沈むついでに牽制しておく。
「お酌なら他を当たってください。もしくは金を取ります」
「え〜、メルメルのい・け・ず♡」
「おかしな声を出さないでください」
 猫撫で声にぞわぞわと鳥肌が立つ。ぴしゃりと跳ね除ければ天城はすぐに諦めて手酌を再開した。
「今日のさ」
「はい」
「なかなかの反響だぜ。ま、おめェなら俺っちの無茶振りにも応えてくれると思ってたけど」
「よく言う。打ち合わせはきちんとしてほしいのですよ、特に今回のように周りを巻き込む場合は尚更」
「予定調和な温泉ロケなんて誰が面白がるンだよ、スタッフさん達も喜んでたっしょ」
「……それは、まあ」
 抑えた笑い声を漏らす男は、日中とは打って変わって随分と歳上らしく見えた。旅館の浴衣をきっちりと品良く纏う姿もHiMERUには意外に映った。いつもの傍迷惑な絡み酒はどうした。
「ふふ、楽しいなァ。夢だったンだよな、旅ロケ」
「――そう、ですか」
「うん、そう」
 彼はそれきり黙ってスマホに意識を戻してしまった。静かな、とても静かな時が流れる。HiMERUはドリンクマシンで買ったホットコーヒーをひと口啜り、嫌というほど見慣れたはずのユニットリーダーを盗み見た。
(なんだ、やっぱりちゃんと、アイドルじゃないか)
 そして相手との間に横たわる絶対的な年齢の開きも、今はその存在を濃くしていて。
 ひっそりと胸の内で考える。カメラを止めておいて良かった。この天城は、なんとなく、自分だけのものにしておきたい。
「――天城」
「ん?」
「明日もよろしくお願いします」
「ぶはっ、なんだァ改まって? はいはいヨロシクネ」
 こんなものが、恋なわけない。『恋』と言うよりどちらかと言えば『変』、そう、奇っ怪な縁で繋がったはぐれ者同士なのだ。それが今こんな風に、愛を受け取り反対に捧げることを許されて、表舞台に立っている。それはきっと、この男のお陰だ。

 静かな夜は更けていく。調子に乗って乱暴に頭を撫でてくる掌を甘んじて受け入れるのも、こうして非日常に身を置く間はやぶさかでない。
「……お疲れさまです。リーダー」
 いつでも自分を後回しにしてしまう、見かけによらず優しい親玉を労って、コーヒーと熱燗で乾杯を。
 凪いだ心で眠りに就いたHiMERUの機嫌は、次の朝寝起きドッキリの標的にされることにより急転直下で不機嫌に転じることになるのだが、それはまた別の話だ。





(ワンライお題『大人と子供/温泉』)

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