破れ鍋に綴じ蓋

それはただの思い付きだった。

俺に背を向けて、豪快ないびきをかきながら寝る男…さっきまで色気たっぷりに喘いでいた姿とは似ても似つかぬ姿で寝る男を、そんな姿も可愛いと思うあたりで、かなり頭が茹っていると自分でも自覚している。それでも、俺はこいつが愛しくてしょうがない。
ぼんやりとそんな男に目を向ければ、つるんとした傷一つない背中に、自然と目が引き寄せられた。他の場所は傷だらけだというのに、本当にこいつの背中はきれいだ。男に言ったとはないがー気づいているかもしれないがー密かに俺のお気に入りでもある。どれだけ見てても、見飽きることはないが、今日は悪戯を思いついた。
自分のそんな思いつきに笑いだしたくなるほど楽しくなって、俺はそれを実行することにした。
男が起きないように、そっとその背中にキスマークをつける。新雪のような白い背中に、赤いキスマークが一つ。それは、俺の所有欲とか独占欲とか、そういう男に向けるには汚い感情を満足させた気がした。
それから、男と寝るたびに、俺は背中へとキスマークをつける。決まって、男が深く眠り込んでから、ひとつだけ。男が知る由もない、俺の男への署名だった。

サンジがそれに気づいたのは偶然だった。
そもそも、仕事柄毎日風呂に入る自分と違って、あのクソマリモは5日に1度とかありえない間隔で風呂に入る。だから、自分と男が一緒に風呂に入ることなんて、ほとんどありえなかった。その日は、奇跡のようなタイミングで、男と風呂に入るはめになった。
ちっ、ついてねえな、ナミさんたちとならいいのに!と愚にもつかないことを考えながら、身体を洗っていた時に、それに気づいた。
男の背中は、その矜持で傷一つなく守られている。俺はひそかにそれを見るのが好きだった。バカな野望を抱えて、無茶な闘いを挑む男が、その背中をきれいなまま保っているのが嬉しくて、それを確認しては、男の矜持が折れてないとほっとしていた。本人には死んでも伝えないが。
そんな背中にぽつんと、みつからないように赤い跡がついていた。本人は気づいていないのか、豪快にそこをさらして身体を洗っている。俺は、直観的に「これはローがつけたものだ」と悟った。
何をトチ狂ったのか、俺が実家のごたごたを片づけて帰ってきた時に、男とローがつきあうことになったと報告された。愛だの恋だのに全く興味がなさげなマリモと、女にモテそうなみてくれのローが、何がどうなって付き合うようになったのか、どうしてもわからない。正直、男同士で惚れた腫れたなんて正気かと思ったが、二人でいるのが不思議と自然で、笑いあう二人をみているうちに「まあそういうこともあるんだろうな」と納得させられていた。
ただ俺は男の背中に、ローが突けた跡を見つけるまで、実際のところ二人が付き合ってるということを、知ってはいても、理解はしてなかったんだろうと思う。自分でも驚くくらい「ローがつけた跡」に衝撃を受けていた。
理解した瞬間怒りがこみ上げて、同時に浮かんだ言葉が「そいつは俺達の仲間だ」だった。認めるのも癪だが、おそらく俺は出会ってから今まで、男に淡い憧憬があったんだと思う。そんな男が、自船以外の人間を特別に思う、そんな事実に打ちのめされていた。とはいえ、これは俺の事情だ。表にださないように、そんな気持ちは忘れるようにして、騒がしくも愛おしい日常へと戻っていた。

そんなローの悪戯(だよな?)はそれからも続いたようだ。どうやら、他にも風呂で一緒になった仲間達にも気づかれたようだが、幸い気づいたのがフランキーやブルック・ジンベイという、大人にカテゴリされるメンバーだったせいで、にやにやされることはあっても揶揄われることもなかった。男は何故そんな視線を受けるのかわからなくて、怪訝な顔をしていたが。
しかし、いい加減にしとかないと、うちの年少連中に見つかっちまう。それがばれたら、ナミさんやロビンちゃんからどんなお叱りを受けるかわからない。これは、誰か男に指摘するしかないよな?と相談したら、何故か俺に白羽の矢がたった。
喧嘩になるからとやんわり言い訳しても、うちの大人連中は微笑ましい顔して見守るばかり。いい加減根負けして、俺が男に伝えることになった。
しょうがねえ。夜食を取りに来るときにでも伝えてやるか。ため息一つで不満を飲み込んで、頭を切り替えて、今夜のメニューを考え始めた。

その夜の夜番は、クソマリモだった。
ちょうどいい、今日伝えるか。そう思いながら、酒を1本と夜食を用意して、男を待つ。翌朝の仕込みをしていたら、いつものように男がそれをとりにきた。
「おいコック、夜食!」
「そこにおいてあるだろ、マリモ!」
毎回同じところに置いてあるのになんできくんだ…男は中身を確認しながら、酒の銘柄を見て嬉しそうに笑っている。まあ、お前が好きそうなのを選んだからな…って、そうじゃない。話をしないと。
「おい、マリモ。ちょっと話がある」
「俺にはない、じゃあな!」
「待て待て待て!俺からだけじゃないんだ。フランキーやブルックにも頼まれてんだ」
他の奴らの名前をだせば、さすがに男も不思議に思ったのか立ち止まる。
「ああ?なんだそのメンツ」
「いいから聞け」
しょうがないと思ったのか、ようやく男が聞く体制をとった。
「あのな…あれなんだが…」
「はっきりいえよ、面倒くせえな!」
いいだしにくいわ!!仲間の閨事情なんていいたくねえよ、ちくしょう。軽卒にこんなことを引き受けた自分を呪った。くそ、男は度胸だ!意を決して、男へと言葉を投げかける。
「お前よ、自分の男ぐらいしつけろよ?」
「あ?男?トラ男か?」
自分の男=ローだって思ってるの、地味になんかしんどいな…いいや、くじけてる場合じゃない。
「背中!お前の背中に、悪戯してるぞ、あいつ」
「背中…?」
男は何か考えるふりをして、いきなりニヤリと悪い顔を俺に向けた。
「キスマークか?」
「わかってんなら、止めさせろよ。ルフィやチョッパーに見つかったら、ナミさんやロビンちゃんに叱られちまうぞ?」
少しだけ考えるそぶりで、男は頷いた。
「それもそうか。わかった」
なんとか使命を果たせたか…ほっとしたせいで、ずっと疑問だったことを聞いてしまった。
「お前よ、わかってたんなら、止めさせればよかたじゃねえか。何でそのままにしてたんだよ?」
男はニヤリと笑いながら、俺にその言葉を告げた。
「これぐらいで俺を独占した気持ちになって、喜んでんだよ。可愛いだろ、俺の男」

聞かなきゃよかった。このバカップルめ。

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