二番太鼓


「四草、お前子どもが出来たんやて……!」と草々兄さんが大きなリュックを背負ってやってきた。
……まるでヒッチハイカーのような出で立ちだ。
どうやら産後の若狭に付き添っていたところで、小浜ではやることもないままごく潰しの居候というのと、僕の子どものニュースを聞いて(若狭の)実家を一時離脱して来たようだった。
どうせこっちに戻って来れば嫌でも顔を合わせることになる、というので、僕から直接小浜に連絡はしていなかった。ニュースソースは誰や……と思い起こせば、子連れで昼を食べに来たタイミングで寝床で行き会った若狭の叔父の顔が浮かんでくる。
ともあれ、最後の一人がやってきたせいで、徒然亭の四兄弟がこれで寝床に大集合である。
「おっ、草々。お前かて子ども出来たばかりで飲んでへんやろ、ええから飲め飲め。」と、草々兄さんの分のコップを片手に、草原兄さんが立ち上がった。
「いや、飲んでへんのは若狭だけで、オレはお義父さんと毎晩……。」と、そこまで言って、草々兄さんが若狭に申し訳なさそうな顔で口を噤んだ。晩酌なら晩酌と言ったらええのに、なんでそこで言葉を濁すんですか。
「毎晩なんやねん、気持ちの悪いテレようすな! そこで言うの止めたら……浮気してるんかと思うがな。」
「草原兄さん……、僕が子どもの前で言うの止めようとしてたことをはっきり口にせんといてください。」
「……お前こそ言うてるやないか。あ、草々、お前なんでまたこの時期に戻って来たんや。若狭かて、赤ン坊おって大変やろが。」
「あっ、そうやった、お前も子ども出来たんやってな、おめでとう、四草。これお前のとこでも必要やないか、いうてお義母さんが正平の分持たせてくれたんや。」とリュックのポケットに差してたものを取り出した。
……太鼓?
紐でくっついた小さな玉が付いている。
「……それ、でんでん太鼓やないか。懐かしいなあ。四草、もらっとき、もらっとき!」と草原兄さんがいわゆる「いい感じ」になりつつあるように見える小草若兄さんと草々兄さんの恋人というふたりのペアを隠そうと、必死になってはしゃいでるように見える。
草々兄さんの膨らんだそのリュックの中は、義理の母親になった若狭の母親が詰め込んだ小浜の名産品で満杯だった。乾燥若布にいつもの若狭鰈、焼き鯖は流石にこの時期は難しいというので冷蔵便で……。かつてはほとんど手ぶらで小浜に単身乗り込んだこともある草々兄さんが、変われば変わるものだ。
ともあれ、リュックの中身で話を引っ張るのも限界がある。
この狭い店の中、元恋人の口から、エーコちゃんやないか、と非常識なデカい声が聞こえるまでは五秒やなと思っていたら……。

「……思ってたよりデカいな……。」
草々兄さんは先に僕の子どもの方を発見してしまったようだった。
「う……。」
デカいどころではない恐竜サイズの初対面のいかつい男に見下ろされて、ここにして人見知りが発動したのか、子どもがなにやら泣きそうになっているのを堪えている様子だ。
「いや、兄さんなに人の子ども威嚇してるんですか。」と子どもの前に立ちはだかる。
「イカ……威嚇、て何や!?」
「脅かさんといてください、っちゅうことです。」
「脅かしてへんやないか!」と草々兄さんが反論した。
「そのデカい声があかんのです!」
「草々~、お前は何叫んでるんや。」シャイシャイシャイとしょうもない合いの手を入れながら小草若兄さんが間に入って立ちはだかろうとしたその時。
「草々さん、お久しぶりです。」と日ぐらし亭のスポンサーが横から顔を出した。
「あ、エーコちゃん……!」
隣の男が、こらお前、なれなれしく呼ぶな、と言いたいが言えないという顔をしているのを見ると、多少はこちらの溜飲が下がるというものだ。
「聞いてくれるか、オレと若狭に子どもが出来たんや!」
どこまでも三枚目の兄弟子が(あっ、手を握るな、手を、オレかてそこまで進んでないんやぞ!)と思っている様子がありありと目の端に写るが、手を握られた方は意に介していないようだ。
「あ、はい。順ちゃんのお母さんから聞いてます。本当におめでとうございます。また改めて、ビーコのとこにも顔出させてもらいますので。」
すっと身をひるがえして、「そしたら、小草若さん。今日は兄弟水入らずで楽しんでください。」また今度、とハンドバッグを持って行ってしまった。
「あ、ああ~~~。」
取り残された男は、先に寝床を出て行く女の背中を目で追っている。

兄さん、そこで、表まで送る、言うて追いかけていかへんから、永遠に二番手、三番手なんですよ。
「おっ、これ面白いか?」と子どもをあやしている草原兄さんの声。
二番太鼓のような、でんでん太鼓の音が僕の背中から聞こえて来る。
「小草若兄さんも、こっちで飲んだらええやないですか。」という言葉が、知らぬうちに口を付いて出て来ていた。

せっかく四人揃いましたし、若狭が結局子どもにどんな名前付けるか、賭けでもしましょう。


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