レンタル勇尾

 私はとてもムシャクシャしていた。結婚を前提に同棲していた彼氏に浮気されたのだ。それも事もあろうに既婚者である私の友人と、である。事が発覚したのは友人の夫からの匿名メールだった。二人が裸で映る写真と共に送られてきた告発文を読んだ私が彼を問い詰めたところあっさりと認めてしまった。
 そんなこんなで、二人で貯蓄していた結婚資金を慰謝料代わりに貰い受けて自宅マンションから元カレを追い出した私は、ムシャクシャした気持ちを晴らそうと今回のサービスを利用するに至った。すなわちレンタルBLである。
 レンタル彼氏、レンタル彼女、レンタルおじさん、レンタルおばさん、レンタル祖父母、レンタル孫にレンタル家族……今や何でもありだ。数あるレンタル○○の中でも、パッと金を使えて自分の心も癒せる「レンタルBL」を私は選ぶことにした。
〝貴方の好きな組み合わせを考えてデートさせる事ができます〟 
 世の中にはいろんな需要があるものである。元カレには隠していたが、私は二次元より現実の男性同士の絡みが好きなオタクだ。二次元に多く見られる濃厚なBLよりは好みの男性たちが仲良くじゃれ合っている様を見るだけで心が満たされる低燃費人間なので、今回は自分の欲望のままに選んだ二人を指名した。
「花沢勇作です。今日はこちらの尾形さんと一日デートをするというご指名を受けましたが間違いありませんか?」
 レンタル当日、待ち合わせ場所に現れた二人は写真で見るよりかなりの男前だった。花沢さんは正統派のイケメンで、元アイドルの役者と言っても信じるだろう。対してお相手の尾形さんは一見ガラが悪そうに見えるがミステリアスで個性的な美形である。
 私は自分の選択の素晴らしさに心の中で拍手した。こういう、一見して接点の無さそうな二人が仲良くなるシチュエーションが大好きなのだ。
「間違いありません。今日、お二人には自由にデートしてもらいます。一応設定は初デートということでお願いできたら嬉しいです。私は適当に離れたところからお二人を観察したり、カフェで相席させてもらうかもしれませんが基本的には気にしないでください」
 こちらの要望を伝えれば、花沢さんは「承りました」と神妙に頷いて「尾形さんとの初デート、楽しみです」と早速役に入っている。尾形さんも無言で頷くと、そのまま二人はややぎこちなくデートを始めてくれた。私は初々しい二人を見守るべく、怪しい尾行者Aになった。
「尾形さんと二人で歩けるなんて幸せです」
「こういう時は手でも繋ぐもんなんですかね。俺はデート自体初めてなのでよく分からんのです」
「私も初めてなので分かりませんが、尾形さんが嫌で無ければ繋いでもいいですか?」
 花沢さんからの提案に、尾形さんはまたもや無言で頷いて軽く手を持ち上げた。受け身かと思いきや積極的なところがあるのかもしれない。照れながら尾形さんの手を握る花沢さんがまたフレッシュで、私はすでにこのやり取りだけで一日分のレンタル料を払っても良いと思ってしまった。
 最初は普通に手を繋いだだけだったのに、徐々に恋人繋ぎに移行する辺りが更にたまらなかった。そう、私はこれを求めていたのだ。花沢さんも尾形さんもこちらの依頼をしっかり理解してくれていて有り難い。レンタルBLのプロフェッショナルだ。
 それをより感じたのは、二人の様子を見て楽しんでいる自分がもう二人が本当に付き合いたての同性カップルにしか見えなくなってしまったからだった。
 言い方は悪いが、「お金を払ってレンタルした役者さん同士に恋人役を演じてもらう様子を楽しもう」といった程度に考えていた自分は二人の自然なやり取りにすっかり演技であることを忘れてしまっていた。プロは恐ろしい。素の二人がどんな仕事仲間であるかも気になってしまったが、そこを追求しては客としてのマナー違反である。こちらも依頼者である以上は踏み込まないよう気をつけなくてはいけない。
 しばらくウィンドウショッピングを楽しんでいた二人は、昼になるとランチに行こうという話になっていた。どんな店に行くのかと思ったら、チェーン店として有名な和定食のお店だった。私は元々一人でもこういった店に入るタイプなので問題はないが、二人がデートで初めていく店としては全く気取っていないのが微笑ましかった。
 初デートから背伸びをしないで居られるのは良いことだと思う。自分の苦い経験を思い出しつつ、二人の会話が聞こえる位置のカウンター席に座る。連絡用のスマートフォンには「ランチは席もご一緒されますか?」というメッセージが届いていたのだが、丁重にお断りした。今はもう二人に割り込むことはしたくなかった。
「尾形さんは椎茸がお嫌いなんですね。私がもらってもいいですか?」
「どうぞ」
「では、代わりに私の唐揚げを一つもらってやってください」
「ありがとうございます」
 唐揚げを頬張る尾形さんを、花沢さんはとても嬉しそうに眺めていた。尾形さんに限らず花沢さんもかなりよく食べる印象だが、好男子がモリモリと食べる姿を見るのは健康に良い。私は手元のハンバーグ定食を口に運びながら、いつもより美味しく感じられるのは二人のお陰だと確信した。
 その後もゲームセンターで学生のようにはしゃいだり、猫カフェでのんびりと寛ぐ二人を鑑賞させてもらっているうちに、あっという間に時間となった。初回なので夕飯前の解散にしたのだが、このクオリティならば終電コースにしておけば良かったと後悔した。
「本日はご利用ありがとうございました」
「こちらこそ眼福でした。またお願いします」
「楽しんでもらえたなら何よりです! また尾形さんとペアだと嬉しいなあ」
「おい、そういうのはナシだ」
 手元の端末で支払いを済ませて別れの挨拶をしている間に、ほんの一瞬素の二人の会話が聞けたようで変な声が出そうになったが何とか喉で堪える。
「花沢さんと尾形さんをパートナーに選んだ自分の目に狂いはありませんでした。次もお二人セットでお願いすると思います」
「恐れ入ります! またのご利用をお待ちしております」
 決まり文句の接客でも綺麗な笑みを絶やさない花沢さんと、少しぶっきらぼうな尾形さんは肩を並べて帰っていった。 レンタル時間外であっても、その姿が見られただけで私は満たされた気持ちになった。

「私の方が多く飲めたら、今夜は家まで来てくれますか?」
「却下。いきなり家と来ましたか。まずは一晩一緒に過ごせるかどうか、ホテルで試してからだな」
「その一回で振られてしまったら、ホテルでは思い出に浸れません。自宅ならば、いくらかは尾形さんが過ごしてくれた痕跡が残りますから」
「よくもまあ次から次へそんな言葉が出て来ますね」
「本気ですから」
 初めてレンタルBLを利用してから二週間後、またしても私は花沢さんと尾形さんをレンタルしていた。ダーツバーで飲んでいる二人を隣のブースから眺めつつ、演技であることも忘れてハラハラしているところだ。
 今日指定したテーマは「両片想い」と「駆け引き」だ。前回の初々しさとは一転して、大人のフェロモンを撒き散らしながら花沢さんと尾形さんは顔を近づけて言葉のやり取りを楽しんでいるようだった。このレンタルサービスは撮影不可なのが残念だが、彼らにも肖像権がありプライベートがあるのだから当然である。録画ができない分、目の前の光景に集中できるという利点もあるのだ。
 私は学生時代以来の集中力をフル稼働して網膜に二人の姿を焼き付けた。花沢さんは爽やかな見た目に反して情熱的であるし、尾形さんも素っ気ないように見えて執着心をチラつかせるのが上手い。私は完全に二人のカップリングにのめり込んでしまった。それが彼らの稼ぎ方だったとしても、こちらに不利益を感じない限りカモられても構わないとまで思っていた。
「今夜は離れたくないんです」
「聞き分けのない人ですね。……でも、そこまで求められるのは嫌いじゃない」
「尾形さん」
 花沢さんは気持ちを抑えきれないといった表情で尾形さんを抱き寄せた。そう、今回はオプションでハグのオーダーもしたのだ。オプション料は基本料金に比べて値が張ったが、私は目頭が熱くなるほど感動していた。冷静に考えたらアホかと言われそうだが私は幸せなので問題ない。
 残念ながらこの抱擁で今夜はレンタル終了だが、私の頭の中ではこのあと熱い夜を迎えるであろう二人を妄想して拝んでいた。素直になってちゃんと両想いになってね。そう心の中で願ってしまうが二人は仕事で演技をしているだけなので実際には何も起こらないはずである。
 このあと直帰せずに二人で飲みにでも行ってくれたら御の字だ。チップ制度があれば料金とは別に金一封包むのに。前回と同様、決済アプリで送金しながら花沢さんに聞いてみると「オプション代がそのままインセンティブになるので大丈夫ですよ」と言われた。なるほど、オプションを増やせば彼らの懐も暖まるのだな。
「今日はマニアックなオーダーに応えてもらってありがとうございました」
「いえ、こちらとしても勉強になります」
 花沢さんは相変わらず最後まで丁寧である。尾形さんは「便所に行ってくる」と席を外してしまったのだが、そこで花沢さんがこっそり耳打ちして来た。
「実は、尾形さんを追ってこの仕事を始めたのでご一緒できるのが嬉しいのです。今回も尾形さんの相手役としてご指名いただき、本当にありがとうございました」
 そんな事情があったとは。私の正直な欲望はは知らず善行を積んでいたのだ。花沢さんは尾形さんの後輩だろうか。本業かどうかはさておき、尊敬する先輩を追って同じレンタル業に身を投じるとは健気である。本当にこのあと二人で飲みに出かけて欲しい。
「お客様をお待たせしてしまいましたね。花沢が余計なことを言いませんでしたか」
「いえ、特には」
 口調の柔らかさに反し、向けられる視線に険があるように感じられた。これは嫉妬というやつではないだろうか。あれ、延長オプション付けたかな。そう考えてから尾形さんなりのサービスかもしれないと思い至って私はその配慮に感謝した。既にもう次のレンタル予約をしたい。
「今日は貴方の奢りですよ」
「ええっ!?」
 前回よりも距離が縮まったような素の二人は、今夜も肩を並べて帰って行った。二人を見送りながら、私は次の空き枠を必死に検索したのだった。

「いつもご利用ありがとうございます。今回は『禁断の兄弟カップル』とのご指定で間違いありませんか?」
「これまで以上にマニアックですみません。無理なら言ってくださいね、別の案もありますので」
 彼らを利用するのも何度目になるだろう。そろそろ手持ちの捨て金も底を尽きかけているので利用時間は短めにしつつ、レンタルできる残り回数に自分の癖を詰め込んでいるのだ。とはいえ無理強いはしたくない。仕事とはいえ彼らも人間である。私は二人だけを指名し続けているので、情が湧いているからというのも理由の一つではあった。
「いえ、少し驚いただけです。私も尾形さんもちゃんとお引き受けします」
「ありがとうございます。本日もよろしくお願いします」
 今回のシチュエーションはこうである。尾形さんは花沢さんの腹違いの兄で、妾の子ゆえに弟に対して素直になりきれないところがある。それでも弟が屈託なく慕ってくるので、次第に絆されてしまう……という王道ものだ。とはいえデートは普通にしてもらえば良いと伝えてある。私が特に注文したのは二人の呼び名だ。
「私は尾形さんのことを〝兄様〟と呼んで、尾形さんは私のことを〝勇作さん〟と呼ぶのがルールですね」
「可能な範囲で良いのでお願いします!」
 高い料金を支払ってレンタルしているとはいえ、彼らが気の毒になってきた。本当に申し訳ない。だが二人はこれも快く引き受けてくれた。如来か菩薩の後光が見えた気がする。
「では、参りましょうか兄様」
「今日はお任せします、勇作さん」
 おお……あまりにも自然な呼び方に私は感動してしまった。下の名前で呼ぶのはともかく、「兄様」などという耳慣れない呼び方をいとも容易く使える花沢さんは良い役者なのだろう。舞台上やカメラの前でなくとも、ここまで素早い切り替えが出来るのは強みだと思う。 
 いや関心している場合ではない。異母兄弟という設定の二人に没入して、私は今日も怪しい追跡者Aになるのだ。
「こうして兄様とデートできるなんて、嬉しいです」
「デート?」
「好きな人と約束して出かけるのはデートでしょう?」
「勇作さんは俺のことが好きなんですか」
「大好きです」
 花沢さんの潔さに思わず拍手をしそうになった。真っ直ぐに気持ちを伝えてこそ尾形さん、いや兄様には効果があるはず! まあ私の妄想の中の設定なんですけども。
「俺はそこまで貴方に好かれるような人間じゃない」
「兄様がどう思われようと、私が兄様をお慕いする気持ちに変わりはありません」
 お慕いする、と来たもんだ。花沢さんの押しの強さも尾形さんの動揺も百点満点どころか一億点満点なのでオプション代に更に上乗せしたい。今日は三度、ハグのオプションを付けてある。どのタイミングで使うかはお任せしてあるので私もワクワクしていた。
「さて、どこへ行きましょうか」
「どこでも」
「そう仰ると思っていくつか候補を絞って来ました。この中からお選びください。私はどこでも目一杯楽しめる自信があるので問題ありません」
 花沢さん、いや今日は二人を勇作さんと兄様と呼ばせてもらおうか。兄様が逃げないよう作戦を立てて来ているところが素晴らしい。兄様も意地を張らずに頑張れ、と変に応援したくなる。
「……ではこのシューティングバーで」
「ありがとうございます!」
「貴方が礼を言うんですか」
「兄様が意思表示してくださったのが嬉しくて」
 健気だなあ。それにしてもこの設定は我ながら天才だ。一つ一つの会話があまりにも尊い。初めてレンタルしたときから変わらないのは、勇作さんの尾形さんを見る眼差しだ。優しく慈愛に満ちているようで、それだけに留まらない熱情を帯びている。やはりこれはもう演技とかそういうレベルではないのではないかと疑いたくもなるというものだ。
 〝異母兄弟〟という設定なので二人は手を繋ぐこともなく、時折触れ合いそうになる距離感にもなりつつ店に向かって歩いていた。このもどかしさは初々しかった初めてのデートに匹敵、いやそれを上回ったかもしれない。背徳感は栄養価が高い。
 シューティングバーは初めてだったが、二人は手慣れているのかエアガンを撃つ姿がとても様になっていた。初心者の私でもスタッフさんが親切で充分楽しめたが、二人はいろんな銃を選んで試しているのが格好良く、命中率も高いのだ。
「やはり兄様には勝てません」
「本気でやってます? 俺も手練の自覚はありますが勇作さんだってかなりのものでしょう」
「私は兄様が撃つ姿を見るのが一番好きなので自分が撃つのは二の次になってしまうのです」
「……それは喜ぶべきか腹を立てるべきか迷いますね」
 くぅ〜!! いちいち様になる二人である。いや役者だから当然かもしれないが、それにしても醸し出す雰囲気が自然過ぎる。これは私が指定したシチュエーションの中でも二人にとって当たり役(?)かもしれなかった。
 その後も二人は酒を挟みつつ、シューティングバーでの時間を楽しんでいた。私もフードメニューを頼むつもりだったが、二人を見ているだけでお腹がいっぱいになってしまった。正確には胸がいっぱいになったのだが、食事が喉を通らなくなるほど満たされた気持ちを分かってもらえるだろうか。

「今夜は兄様のお宅に泊まっても良いですか?」
 おっと、積極性もここに極まれり。誘うより押しかけるのが勇作さんのキャラ設定のようだ。そしてまだハグのオプションが使われていない。バーを出て駅に向かう道中、そろそろお開きの時間が近づいていたのだが一体どうなるのだろう。
「泊めるのは構いませんが、泊まるだけですか」
「できれば兄様と一緒に寝たいです」
「それは……」
「〝男兄弟というのは一緒に悪さもするものなんでしょう?〟昔、兄様が教えてくださった言葉です」
「はっ、なら勇作さんの考える〝悪さ〟をしてもらいましょう」
「望むところです」
 いや、これはヤバい。そばで聞いている自分の心臓の音が二人に聞こえないか心配になるほど高鳴っている。二人の過去設定とか気になり過ぎるんですけど。いやもう、ハグをお願いします。三回分あるので勿体ぶらずにガバッと!
「勇作さん、ちょっと抱きついてもいいですか」
「えっ、は、はい! どうぞ!」
 兄様からの突然の発言に驚きつつ、勇作さんは腕を広げた。この二人は体格の違いも素晴らしい。二人の相性の良さを噛みしめていると、兄様はゆっくりと勇作さんの背中に腕を回して抱きついた。私は勇作さんからのハグしか想定して居なかったので思わずスタオベしそうになってしまう。その発想はなかった。
「抱きしめ返しても?」
 勇作さんは顔を真っ赤にしてお伺いを立てている。これが二回目にカウントされても私は文句を言うまい。というか先ほどまでの会話はどこへ飛んだのかと思うほど勇作さんが照れていて面白かった。
「こうやって互いに腕を相手の背に回すのは不思議な感じがします。勇作さんは背中の肉もしっかりしてるな」
「兄様の背筋も素敵です」
 互いに褒め合っているところがもう両想い以外の何ものでもない。もうキスしてしまえ、と叫びたくなったがそのオプションは無いので無理な話だった。兄様からのハグで一回、抱き返した勇作さんで一回、二人で抱き合ったところで三回になるのだろう。だがその分、抱き合ってからが長かった。抱きしめ合ったまま、互いの耳元で会話を続けている姿が何ともエロティックだ。
 単純にキスしろなどと思ってすみませんでした、と意味のない謝罪を心の中で繰り返した。身体を密着させるだけでもエッチだな、と私の腐った頭はそう解釈してドーパミンを分泌し始めたに違いない。夜の寒さを感じさせないほどの熱を二人から感じて私は思わず手を合わせた。

「今日はお題が難しかった分、やり甲斐がありました」
「花沢さんも尾形さんもさいっこうでした! 本当にありがとうございます」
 会計時間の雑談でもひたすら感謝を伝えることしかできなかったが、二人に良からぬことを聞いてもいけないので丁度よかったと思う。
「実は、私と尾形さんは今日でこのレンタルBLサービスの仕事を辞めるんです」
「えっっっっ」
 思わず大きな声が出てしまった。あまりの楽しさに考えもしなかったことだが、二人にも事情があるのだろう。引き止める権利はないので「それは残念です」とだけ返すにとどめた。
 ところで、今日の依頼は終了したはずなのだが花沢さんはと尾形さんは手を繋いだままである。いや今日は元々手を繋いで居なかったはずだ。んん? もしや、あれっ?
「あの、もしかしてお二人は本当にお付き合いされてるんじゃ」
「ふふ、内緒です」
 明らかに肯定している花沢さんの隣で、尾形さんも口元に人差し指を立てて「しぃーっ」という仕草をしている。畜生かわいいな。ひょっとして二人は本当に異母兄弟だったり……? と都合の良い解釈まで仕掛けたが流石にそれはないか。だがこんな事なら蜜月新婚バージョンも依頼すべきだったと後悔先に立たず。それでも二人が仲良しなら私も幸せである。
 二人と別れた私はレンタルの申し込みページを開くと、もう一度今日付で日付が変わるまでの依頼を申請した。そして二人をレンタルし続けて使い切る予定だった残額すべてをご祝儀代わりにオプション代につぎ込んだ。依頼終了時間になったら決済しよう。空レンタルということにはなるが、私からのささやかなお礼だった。
「末永くお幸せにー!」
 結婚を直前で逃した私に祝われても縁起が良くないかもしれないが、とにかく二人には沢山のときめきをもらったのだ。何がなんでも幸せになって欲しいし、二人なら間違いなく大丈夫だ。
 いつものように連れ立って帰る二人の影が、一瞬立ち止まってこちらに手を挙げた。低燃費な私はそれだけで泣きそうになるほど嬉しかった。このまま今夜は二人だけでしか出来ない悪さをして欲しい。そして自分の無茶振りな依頼も二人の関係性の進歩になにがしか寄与していたら良いなぁと、また都合の良いことを考えてだらしない顔になったのだった。

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