ふたりの
「頬よせあってあなたと踊る~」
「別れに~似合いの~新地の~クラ~ブ」
「泣かない約束してたのに」
「おまえの背中がしのび泣く~」
「「残りわずかなこのときを」」
「あ~、ちょっとストップストップ!」
「”新地のクラブ”のとこ、「新地の~クラ~ブ」やなかったか?」とさっきまで都はるみになりきっていた草原兄さんが言った。
「そうでしたっけ?」と言うのは、本日の主役、宮崎=底抜けに=雅やで!でおなじみの四代目を継いで早三年、徒然亭草若兄さんです。
久し振りの三代目徒然亭草若一門会を前にした本日の楽屋でございます。
……って、誰に向かって言うてんのやろ。
「ぶっつけ本番やのうて、どこかでカセットテープでも借りて来て元歌聞いてみんとあかんのと違いますか……。」
横で(アホらし……)という顔を隠さずにふたりのカラオケを鑑賞させられていた、レンタル機材搬入及び据え付け係を請け負わされた四草兄さんが言った。
ほんま、わたしもそう思います……。
それにしても、柳宝師匠のところから借りて来たレーザーディスクのカラオケセット、昔、小浜の順ちゃんとこの近所のスナックで見たのとそっくりやな。
オレンジジュース飲ませたるから、魚屋食堂で待っとき、て言うて正平とわたしを置いてカラオケの練習してたお父ちゃん、そない言うたらどこにそんなお金があったんやろ。
「若狭~、ちょっと水持って来てくれ。」とトリの草々兄さんの出番の前に披露するドゥエットを眺めながら、隅っこで頭を押さえてた草々兄さんが言った。昨日の二日酔い、まだ残ってるみたいやなあ。この調子でトリの出番が来るまでに快復出来るんやろか。
「はいぃ……。」
「草々、お前なあ、昼から一門会や言うのに、前夜祭の酒盛りで二日酔いでどないすんねん。」と草若兄さんが言った。
そういう草若兄さんも、十年前はこんな感じでしたけど……。
「草々兄さん、さっきまで、迎え酒したらようなるからええわ、言うてましたからね。今日は若狭にトリの代打任せたらええのと違いますか。」と四草兄さん。
「あっ、四草、お前……。」と草々兄さんが言った。
そうなんですよ……草々兄さんの出番代わりに二席出たってもええで、てさっきまで言うてたのに、私で神輿を担ごうとして……まあ、今日の草原兄さんと草若兄さんのふたりの大阪、熊はんのカラオケワンマンショーよりちょっとマシ、くらいのレベルですもんね。
「草々っ! お前、酒に弱いとこだけ師匠に似てどないすんねん、明日から禁酒や!」と草原兄さんにきつく言われて、草々兄さんもちょっとしゅんとしてる。
里帰り中に覚えた福井のお酒の味を愛してくれるのはほんまに嬉しいけど、まだまだ若い奴らには負けへんで、言うて、自分の年も考えんと鯨飲馬食してた以上、強く出られませんよねえ。
今となっては、あの頃、なんやかんや理由付けて三丁町に繰り出してたお父ちゃんに角出してたお母ちゃんの気持ちが分かる、いうか。
とりあえず、私も、トリの出番の前のちょっとした出し物っちゅうことで、出る準備だけしとこうかな……今作ってる新作落語、お客さんの前でさわりだけでも話したら、この先のネタが浮かんでくるかもしれへんし。
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