唇に残ったのは、あのひとじゃなくて

レヴュースタァライト まひかり。愛城華恋不在時に関係性が大きく動いてしまったまひかりです。ハッピーでもラブラブでもなく、気持ちはすれ違ってそうだけど身体の相性がめちゃくちゃよさそうな彼女たちのことが大好き!!!!と思って書きました。


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 華恋ちゃんは今日、訪ねてきたご両親と一緒に東京観光をしている。寮の部屋には誰もいなくて、私の呼吸音さえはっきりと分かってしまうほど静かだ。華恋ちゃんがいないだけで言葉通り火が消えたようになっている。部屋の中も、私も。
 普段、私と華恋ちゃんは1日のほとんど全てと言っていいくらいの時間を一緒に過ごしている。朝は一緒に早起きしてトレーニングするし、ご飯を食べるのも着替えるのも一緒。授業中はもちろんだし、練習後のシャワーやお風呂だって一緒なんだよ。1日中一緒だってことは、1年中一緒だとも言える。この学園に来てから、私は華恋ちゃんといつも共にあった。
 だから私一人だけで過ごすなんて久しぶりだ。こういうの、前はいつあったっけ?
 そうだ、華恋ちゃんがひかりちゃんと出掛けて行った時、それに帰って来なくなったひかりちゃんを探して出ていった時。
 なんだ意外と最近なんだ、という気持ちが一つ。それから、全部ひかりちゃんに関する用事でだったんだな、という気持ちが一つ。
 ひかりちゃんは華恋ちゃんの"特別"だ。幼馴染みで、仲間で、お互いがお互いのスタァ。一緒に星を摘んだふたり。最初はそんな"華恋ちゃんの特別"であるひかりちゃんのことが嫌で嫌でたまらなかったけど、私はひかりちゃんにはなれないし、私は私として華恋ちゃんの隣にいられるってことに気付いてからは、普通に3人で過ごせるようになった。
 ひかりちゃんは綺麗で、舞台少女として才能も実績もあって、でも実は生活にだらしなくてすぐ部屋を散らかしちゃう。メッてするとしゅんとする時の顔は子犬みたいでちょっと可愛いなって思ったりもする。
 いつの間にかあんなに嫌だったひかりちゃんのことをこんな風に考えることが出来て、我が事ながら微笑ましいようなくすぐったいような。
 田舎の小さなコミュニティの中でちやほやされていただけだった私は、学園に来てから華恋ちゃん一色に染まって、自分にドロドロした独占欲や嫉妬の炎があることを知って、それから今はひかりちゃんやほかのみんな、そして自分自身にもちゃんと向き合えるようになったと思う。
 それも全部華恋ちゃんのおかげだ。華恋ちゃんがいなかったら、私はずっと田舎の小さな少女のままだった。
 やっぱり私は華恋ちゃんが好き。華恋ちゃんの"特別"が誰であっても、私にとっての"特別"が華恋ちゃんであることに変わりはないのだから。
「華恋ちゃん」
 無意識にそう呟いて、でもいつものように「なーに?まひるちゃん!」って声が返ってこなくって寂しい。
 ひかりちゃんと出掛けた時なんかは、今ひかりちゃんと何してるのかな、なんてモヤモヤしていたけど、モヤモヤしている間に時間が過ぎてしまっていた。嫉妬を燻らせている間は、燻らせることに気がいっていて、寂しさを感じる暇がなかったから。
 寂しいって、こんなに静かで空虚で、辛いものなんだな。
「華恋ちゃん、あいたいよ」
無理だって分かってるけど、そう口にする。そうすることで寂しさを薄めようとして。心のなかが華恋ちゃんでいっぱいになる。一緒にいない時の方がいっぱいあなたのこと考えちゃうみたい。
 華恋ちゃん。華恋ちゃん。
 私は思わず華恋ちゃんのにおいがいっぱいのベッドに倒れこんだ。甘くて温かくて日溜まりみたいな大好きなにおいを肺にいっぱい吸い込む。
 華恋ちゃん。華恋ちゃん。
 ああ今私、華恋ちゃんに抱き締められてるみたい。その枕に思いっきり顔を埋めて頬を擦り付けた。華恋ちゃんに頬擦りされたらこんな風に多幸感でいっぱいになるんだろうな。
 ーーもしも今ここに、華恋ちゃんがいたら。
 脳内にあの笑顔が浮かんだ。しなやかな腕はきっと私を優しく抱き締めてくれるだろう。このベッドの上で、私のことだけをじっと見ていてくれる。やがてその瞳はキリリと強さを増して、私の耳元に顔を寄せこう言うのだ。「まひるちゃん、かわいい」って……。
 その甘い吐息で私の肌をくすぐる華恋ちゃん。指先で私の身体を暴いていく華恋ちゃん。いつもの元気な華恋ちゃんもいいけど、でもこういう華恋ちゃんも、私……。
 華恋ちゃん。華恋ちゃん。
 私はうっとりしながら枕を抱き締めて想像を巡らせていく。お腹の下の方が熱くざわめいて溢れ出すのを自覚する。
 華恋ちゃん、好き……。

「まひる、今お風呂すいてたわよ」
 背後でそう声がしたのはその時だった。
「う"きゃぁあっ!!」
 飛び上がってそちらを振り返ると、青い双貌がこちらをじっと見ていた。
「お風呂、まだ入らないの?」
「ひひひひかりちゃん!!!!ななな何でここに」
「ここは私の部屋でもあるんだけど」
 さも当然のように言われて、実際当然のことなので、そりゃそうだよねと思うしかない。そうだ、これまでは華恋ちゃんがいないときは私一人だけだったけど、今夜はひかりちゃんもいるんだった。
 そりゃそうなんだけど、そうなんだとしても間が悪いよぉ!
 恐る恐る窺ってみると、ひかりちゃんはいつものように別段変わりのない落ち着いた表情をしている。良かった、何にも見られたり聞かれたりしてないみたい。
 その玉のような白いお肌は僅かに紅潮していて、どうやらお風呂上がりらしい。しっとりと濡れた漆黒の髪を首からかけたタオルでごしごしと拭いている。
「ああっもう!そんなことしたらキューティクルが傷んじゃうよう!!せっかく綺麗な髪なのに」
「この方が早く乾くから」
「それでもだめぇ!!」
 私は思わず起き上がって声を荒げながら言ったけど、ひかりちゃん全然こたえてないみたい。こういうところ本当に無頓着なんだから。それでもその綺麗な髪が保たれているのは髪質が良すぎるから、ってことなのかな。
 私がムッとしていると、ひかりちゃんは二回まばたきをして、そして言った。
「残念だわ。先を越されちゃった。」
「……なにが?」
 相変わらず表情筋が動かないけど、少し沈んでいるようにも見える顔だった。どういう意味だろう?首を傾げる。
「今日は私がそのベッドで寝ようと思ってたのに」
 さらりと言われて、絶句した。事もあろうに華恋ちゃんの居ぬ間に華恋ちゃんのベッドで寝る、だなんて!
「ななな何言ってるのひかりちゃん!一晩中華恋ちゃんのベッドの上なんてそんなのだめっ!破廉恥だよ!!」
「まひるに言われたくない。自分はそうしようとしてたくせに」
 じろりとひかりちゃんの瞳が私の姿を捉える。私の中の華恋ちゃんへの欲望を見抜かれてしまったような気がしてたじろいた。
「これは、その、ちょっと寂しくて、ほんのちょっとの間のことだったの!一晩中だなんて絶対だめだよ!っていうか身が持たないよ!!」
「じゃあそこかわってよ」
「いや!」
「ちょっとの間だけでいいんじゃないの?」
「やっぱり、嫌になったの!」
「じゃあ私も一緒にそこで寝る」
「ええええっ!?!?何言ってるのひかりちゃん!」
 どうしてそこで"一緒に"って発想が出てくるのひかりちゃん!こういうところ、いつもびっくりしてしまう。ひかりちゃんは言葉通りに私の隣に寝転んできて、慌てて押し止めた。
「っていうかひかりちゃん髪濡れたままだし風邪引くよっ!」
「大丈夫、私頑丈だからこんなことくらいで体調を崩したりしない」
「ぅう……そうかもしれないけど、髪が傷むし、それに華恋ちゃんのお布団を濡らして欲しくないもん!」
「華恋はそんなの気にしないと思う」
「気にするよ!さすがにベッドが湿ってたらびっくりしちゃうよ!」
「私から出た水分なら華恋は嬉しいと思う」
「華恋ちゃんはそんな変態じゃないよぉ!!!!」
 あまりにあまりな発言に私は目を白黒させてしまった。ひかりちゃん、なんてこと言うの。
「華恋のことは私の方が分かってる」
「私の方が分かってるよ!」
「私はずっと昔から知ってるのよ?」
「今の華恋ちゃんを知ってるのは、私だもん!今の華恋ちゃんはかっこよくて優しくて、キラキラしてて、柔らかくてお日さまみたいな匂いがして素敵な女の子なの!ひかりちゃんが言うみたいな変態さんじゃありません!」
 私は一気に捲し立てた。いくらひかりちゃんでも華恋ちゃんを悪く言うなんて絶対の絶対に許せない。けれどもひかりちゃんは怪訝な顔をしていた。
「華恋は欲望に素直よ?」
 それは豪速球のストレートだった。それを顔面に食らったかの如く、大ダメージが私を襲う。
 なにそれ、なにそれ。嫌な汗がこめかみに浮かんてくるのが自分でも分かる。身体が強ばる。
「ひ、ひかりちゃ、まさか、華恋ちゃんと、その、えっちなこと……」
「まだしてないわ」
 返答を聞いて思いっきり脱力した。なんだ、よかった。"まだ"って言葉がちょっと気になるけど。
「もう、変な言い方しないでよ、びっくりしたでしょう」
「でも華恋は情熱的に求めてくるはずよ。もちろん私もそうする。きっと初めての夜は激しく求め合うことになる」
「違うよぉ!華恋ちゃんはとっても優しくて、触る前に"いい?"って聞いてくれるもん!"大丈夫?"って確認もしてくれるもん!」
「したことないくせに」
「それはひかりちゃんもでしょ!?」
 私達はギリギリと睨み合った。華恋ちゃんのベッドの上で。どちらも一歩も引くことはない。おでこにじっとりとした感触がした。それはひかりちゃんの濡れた前髪で、私達はそれくらいに近いところまで顔を付き合わせてしまっていたのに気づいたのはその時だ。ひかりちゃんの海のような深いブルーの瞳が揺らめいたのもよく分かった。
 あれ?なんだろうこの状況。ぼんやりとそんな考えが脳裏を掠めて、瞬間、不意を突かれた。
「夢見すぎ。華恋は、こう」
 えっ、という声を出す暇もなかった。ひかりちゃんの唇は素早く私の唇に重なっていた。
「ん!?ぅんんんん!?!?!?!?」
 重なるだけに飽きたらず、隙間から舌が滑り込んできて這い回ってくる。なにこれなにこれなにこれ!!
 歯列を奥まで舐め取って、上顎をレロレロと責めて立ててくる。私の舌をキツく吸う。かと思えば唇をねっとりと食んできた。
 熱くて、熱くて、これ、だめ、身体の奥から、溢れてきちゃう。こんなの、はじめて。
 ようやくひかりちゃんの唇が離れた。その頃には私の頭は霞がかかったように、ぼんやりとしていて、身体は汗ばんでいた。酸素を求めて口をパクパクしてしまう。
「華恋は、こんなよ」
 ひかりちゃんの言葉でハッとした。私、いま、何したの?華恋ちゃんのにおいがいっぱいにしているベッドの上なのに、私の口の中に残るのは、ひかりちゃんの味で。
「うそ、こんなの、私、華恋ちゃんじゃない人と……!!!!」
 胸が押し潰されるような絶望に一気に襲われた。まさかこんな形で、華恋ちゃんじゃない人に、初めてを捧げるだなんて。思うよりも先に瞳からは涙が込み上げていた。
 嘘だ。やだよ。なんでよ!
「酷いよ、ひかりちゃん!!」
 私はそれだけ言うと、ひかりちゃんを押し退けて、部屋を飛び出した。
「まひる、まって」
 背中でひかりちゃんが私を呼ぶのが聞こえたけど、振り返る勇気なんてなかった。ひかりちゃんがどんな顔をしているのかなんて、見たくない。
 廊下をダッシュして、トイレの個室の中に逃げ込むように入った。荒い息を吐く間にも絶えず涙は零れてくる。
 ほんと、ほんと最悪、こんなの。
 何が一番最悪って、ひかりちゃんがじゃない。華恋ちゃんじゃない人となのに、あんなにも簡単に熱に浮かされてしまった私自身が、最悪だ。
「私、私、だめだ……もう華恋ちゃんの顔、ちゃんと見れないよぉ……」
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、私は泣き続けた。口の中にはずっと、ひかりちゃんの感触が残ったままだった。

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