軍師天鬼、利土を描く(6)
前
横書き
https://notes.underxheaven.com/preview/c4e5ab21929d13f03c5d119d7717f5d4
縦書き
https://notes.underxheaven.com/preview/tate/c4e5ab21929d13f03c5d119d7717f5d4
翌日、天鬼は再び女中を捕まえた。
「少し相談がある」
「プロットに関してですか?」
「半分はそうだ」
「半分ですか」
女中は手にしていた箒を壁に立てかけた。最近では天鬼に呼び止められると大抵二次創作の相談である。今ではすっかり慣れたものだが。
「利鬼についてなのだが」
「利鬼様?」
女中の眉がわずかに上がる。
「何だ」
「いえ、続けてください」
「利鬼には懸想している相手がいるらしい」
「まあ」
「私によく似た男だそうだ」
「…………」
女中は黙った。
それから、何かをぐっと堪えるような顔をした。
「……それはそれは……」
「なんだ、その顔は」
「何でもありません」
「何かあるだろう」
「いえ本当に。私がショタ専でなければ……」
「しょたせん?」
「こちらの話です」
「またか」
「天鬼様にはまだ早い言葉ですので」
「お前は時折、私を子供扱いするな」
「そんなつもりはございませんよ」
女中はにこにことしている。どう見ても何かを楽しんでいる顔だった。
「利鬼様が天鬼様によく似た方に懸想している。それで、天鬼様はどうされたんです?」
「別に、どうもしていない」
「そうですか」
「ただ、妙に落ち着かない」
「なるほど?」
「私を見て赤くなったり、目を逸らしたりしていたのも、その男に似ているからだったそうだ。それで……」
「なるほどなるほど?」
「……何故二度言った」
「大事なことなので噛み締めておりました。それで?」
女中は真面目な顔を作っていたが、口元が微妙に緩んでいる。天鬼は訝しみながら続けた。
「それで、私は考えた。──これは利土のぷろっとに使えるのではないかと」
「そっちに行くんですね」
「ぷろっとの話だと言っただろう」
「ええ、天鬼様ですものね」
何故か妙に納得された。天鬼は逆に納得がいかなかったが、構わず続ける。
「……山田利吉が自分以外の誰かを見ていると土井半助が知れば、そこで感情が動く。無理に桂男を出すより自然だろう」
「なるほど。天鬼様も利鬼様のお相手を知って、何かお感じになったわけですね」
「そうなのだろうか?」
「私に訊かれましても」
「お前は詳しいだろう」
「二次創作には詳しくても、天鬼様の胸の内までは分かりませんよ」
女中はそう言ってから、少し考えた。
「ただまあ……気になって仕方がない時点で、何も思っていないということはないでしょうね」
「無論だ。何も思っていないわけではない」
「ほほう?」
「利鬼のことは気に入っている」
「ほうほう」
「部下として優秀だし、話していて不快でもない。頼めば大抵のことは付き合うし、よく気も回る」
「それはそれは。大変お気に入りでいらっしゃる」
「そうだ。とても気に入っている。だから、その男のことを考えると妙に腹が立つ」
「…………」
女中は今度こそ顔を背けた。
「何だ」
「いえ……」
「笑っているのか?」
「笑っておりません」
「肩が震えているぞ」
「事実は小説よりってあるんだなーって思いまして」
「小説……?」
「こちらの話です」
天鬼は不審そうに女中を見たが、やがて諦めた。(※小説という概念が現代のものになったのは明治以降)
「……それで、この感情をどう使えばいい」
「使う、と申しますと」
「ぷろっとにだ」
「ですよね」
女中は一度咳払いをした。
「でしたら、無理に桂男を登場させる必要はないと思います。相手に別の好きな人がいるかもしれない。それだけで十分、心は動きますから」
「やはりそうか」
「むしろ実際に誰かと恋仲になってしまうより、『自分ではない誰かを好きなのかもしれない』くらいの方が、ぐるぐる考えられてよろしいかと」
「ぐるぐる?」
「自分よりその人の方がいいのか。いつから好きだったのか。自分に向けていたと思っていた笑顔は誰を重ねていたのか。相手のことを知りたいけれど、訊けば自分が気にしていると悟られる。そういうところです」
「…………」
天鬼は黙った。ほとんど今の自分だったからだ。女中はその沈黙をまた何か軍略に繋げているのかと取ったらしく、首を傾げる。
「どうされました?」
「いや……」
「参考になりませんでしたか?」
「……なりすぎた」
「それは良かった」
天鬼は眉間を押さえた。
「では、土井半助も同じように思っていると考えればよいのか」
「土井半助も山田利吉を好ましく思っている設定なら、それが自然では?」
「自分ではない誰かを好きなのだと知って、初めて惜しくなる」
「ええ」
「今まで相手の好意が自分に向いていることを当然だと思っていたから」
「そうですね」
「それが失われるかもしれないと分かって、初めて欲が出る訳だな」
「……天鬼様」
「何だ」
「かなりいいと思います」
女中の目が真剣になった。
「何がだ……?」
「利土です。私、ちょっと読みたくなってきました」
「お前はしょただか何だかが好きなのではなかったか」
「ショタと成人男性同士のじれったい恋愛は別腹です」
「別腹?」
「こちらの話です」
「お前との会話は分からない言葉が多すぎる」
女中は楽しそうに笑った。
「ともかく、その方向性なら間男はいりません。土井半助が勝手に勘違いして、勝手に落ち込んで、勝手に山田利吉を意識し始めればよろしいかと」
「随分勝手な展開だな」
「恋愛なんてそんなものですよ」
「そういうものなのか」
「そういうものなのです」
天鬼はしばらく考え、それから頷いた。
「分かった。では、その心理をもう少し詰めてみる」
「頑張ってくださいませ」
そこで、話は終わったはずだった。けれども天鬼はその場を離れず、少し考えたあと女中を見る。
「──ところで」
「はい」
「利鬼が好きだという男が誰なのか、心当たりはあるか?」
「…………」
女中はまた、何かを耐える顔になった。
「……天鬼様」
「何だ」
「私がショタ専で、本当によかったです……」
「だから、しょたせんとは何なのだ?」
***
数日後。今度は女中は、利鬼に呼び止められていた。
「少しよろしいですか」
「はい?」
振り向くと、そこには若い忍が立っていた。天鬼の補佐として最近よく出入りしている男。利鬼と名乗っているが、女中にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。否──最近は少しばかり、ナマモノ的な意味で興味は出てきているが。
「あなたと一度、話をしようと思っていたんです」
「私に?」
「ええ」
利鬼は穏やかに笑っている。けれどもその笑顔の奥に何となく圧がある。予想通り、些か笑っているとは言いがたい目で核心を突いてくる。
「天鬼殿に、妙なことを吹き込むのはやめていただけませんか」
「妙なこと、ですか?」
「二次創作だの、利土だの、ぷろっとだのです」
「ああ」
「ああ、ではありません」
利吉は少し眉を寄せた。
「あの方は一度こうと決めると、とことんまで突き詰めるんです。あなたが余計なことを教えるから、最近は私まで巻き込まれている」
「でも、ずいぶん熱心にお手伝いなさっているそうじゃありませんか」
「断りづらいだけです」
「そうなんですか?」
「そうです」
利吉は即答した。
女中は少しだけ首を傾げる。
「天鬼様からは、利鬼様は頼めば大抵付き合ってくれるし、よく世話も焼いてくれると聞きましたけど」
「……何でそんな話までしてるんですか、あの人は」
「プロットの相談のついでに」
「相談しすぎでしょう」
利吉は額を押さえた。
「とにかく、あまり妙な方向へ焚きつけないでください。最近は私の恋愛事情まで原稿の参考にしようとしているんですから」
「まあ」
「まあ、じゃありません」
「なんでも、懸想している方がいらっしゃるとか」
「そこまで聞いてるんですか……」
更に頭痛を覚えている様子の利吉を、女中はまあまあと手を振って宥める。
「詳しくは聞いておりませんよ。天鬼様によく似た方だとだけ」
「本当に何でも喋るな……」
思わず素の呟きが漏れる。利吉は一度咳払いをしてから少し声を落とした。
「あまり面白がらないでください。別に天鬼殿とは関係のない話ですから」
「そうですか?」
「そうです」
女中は少し考え込んだ。利鬼は焚き付けられたくないと言いながら、天鬼が自分のことを何と話していたのかはしっかり気にしている。そう考えて、ふと思う。この人、天鬼様に似た人ではなく、天鬼様のことが好きなのでは? と。
「……何ですか?」
「いいえ」
「今、何か思いましたね」
「いえ、何も」
「顔に出てますよ」
「利鬼様、けっこう人の顔を見てますね」
「忍者ですからね」
女中は少しだけ笑った。火のないところに付け火をするのが腐女子のさがというものだが、露骨に焚きつけるほど野暮ではない。ただ──こう焦れったいと少しだけ、どうにかしたくなるというものだ。
「では一つだけ、お約束します」
「何ですか?」
「今後は、天鬼様にあまり実践を勧めないようにはします」
「ぜひそうしてください」
「でも、プロットの相談くらいは許してくださいませ」
「それでも大概なんですけどね……本当に、余計なことは言わないでくださいよ」
「はいはい」
「その返事、信用できないんですが」
「大丈夫です。何もしませんよ」
「本当でしょうね」
「ええ」
女中はにこやかに答えた。
「では、仕事に戻りますね」
「お願いします」
女中はそのまま立ち去り、利吉はしばらくその背中を見送っていたが、やがて小さくため息をついた。
これで少しは静かになるだろう。
そう思ったのだが──。
***
利土の筋書きは、少しずつ形になってきていた。
山田利吉は長く土井半助に懸想している。土井半助はそれに気づいているが、自分では相手に何もしてやれないと思っているため応えない。ところが山田利吉の心が自分以外に向いたかもしれないと知り、そこで初めて、自分が山田利吉を手放したくないと思っていたことに気づく。
そこまではいい。問題は、その先だった。
「……山田利吉は、どう思うだろうか?」
天鬼は原稿を前にして腕を組んだ。
長く懸想していた相手が、実は自分の気持ちに気づいていた。それどころか自分が他の誰かに心を移したと思った途端に嫉妬までしている。
それを知った山田利吉は、果たしてどうするのか。喜ぶのか、腹を立てるのか。それとも、今さら何をと言うのか。
利鬼に訊けば早いだろうかと天鬼は考えた。しかし、これまで山田利吉の心理を尋ねるたびに「私は山田利吉ではありませんので」と逃げられている。本人の恋愛事情に置き換えて訊こうとすれば、それもまた露骨に嫌な顔をされる。
であれば、訊き方を変えればいい。
そこまでは思いついたものの、どう変えるべきかが分からない。天鬼はしばらく考えた末に、また女中を捕まえた。
「相談がある」
「今度はどこで詰まりました?」
女中もすっかり慣れていた。
「土井半助が自分の懸想を隠しきれなくなった後だ」
「あら。もうそこまで進んだんですね」
「嫉妬を入れた」
「なるほど」
「山田利吉が他の誰かを好きになったと思って、土井半助が初めて自分の気持ちに気づく訳だが」
「いいじゃないですか。王道ですけど、王道には王道になるだけの理由がありますからね」
「桂男そのものは出していない」
「それもいいと思います。第三者を実際に出すと、そちらの描写にも頁を取られますし」
「だろう」
天鬼は少し満足そうに頷いた。
「問題はその後だ。土井半助の気持ちに山田利吉が気づいた時、どう動くかが分からん」
「利鬼様に聞けばいいのでは?」
「聞いているが、自分は山田利吉ではないと言われる」
「まあ、そうでしょうね」
「だが、歳も近い。同じ忍者で、しかも本人にも懸想している相手がいる。心理を考える上ではかなり参考になるのだが」
「相変わらず人を駒みたいに言いますね」
「それで、どう訊けばいい」
「そうですねえ……」
女中は少し考えた。
つい先日、当の利鬼から「あの方に妙なことを吹き込むのはやめてほしい」と釘を刺されたばかりである。壁際に追い詰めさせたり、妙な実演を勧めたりするのは控えるべきだろう。とは言え、利鬼自身、プロットの相談くらいなら構わないと言っていた。……言っていたわよね?
そう、これはプロットの相談である。たぶん。
「天鬼様。キャラクターインタビューというやり方があります」
「きゃらくたーいんたびゅう?」
「登場人物になりきって、実際に受け答えしてみるんです。天鬼様が土井半助のつもりで台詞を言って、利鬼様には山田利吉として返していただく」
天鬼は黙って考えた。
「……兵棋演習か」
「はい?」
「互いに役を受け持ち、それぞれの立場で判断する。こちらが一手打てば、相手もその立場からどう返すかを考える。実際に兵を動かす前に、そうして敵方の出方を探る演習だ」
「まあ……ものすごく物騒な言い方をすれば、似たようなものですかね」
「そうなのであれば最初からそう言え」
「恋愛物の二人は敵味方ではありませんので」
「人心を読んで、相手の出方を見ながら次の手を考えるのだろう。同じではないか」
「天鬼様の中ではそうなんでしょうね」
天鬼はすっかり納得した様子で続けた。
「なるほど。これまでは山田利吉側の心理だけを利鬼に答えさせようとしていた。だから『自分ではない』と逃げられるのだな。ならばこちらも土井半助として一手を出し、それに対して利鬼がどう応手するかを見ればいい」
「おうしゅ?」
「敵方の出方に応じて、こちらも手を返すことだ」
「つまり、台詞を言われた利鬼様がどう返すかを見る、と」
「そう言っている」
何故だろう。天鬼が口にするとどうしても戦が始まりそうになる。
「……たとえば天鬼様が、土井半助として『お前が他の者を好きだと思ったら面白くなかった』と言う。それを受けて、利鬼様に山田利吉ならどう返すか考えていただくということですね」
「そうだ。こちらから状況を動かして、敵の反応を見る」
「台詞合わせですよ?」
「分かっている」
本当に分かっているのか少々怪しかったが、天鬼は満足げに腕を組んだ。
確かに理にはかなっている。こちらの手を伏せたまま、相手にだけ本音を出せと言っても向こうも判断材料が足りないだろう。それならまず土井半助側の条件を提示し、その言葉を受けた山田利吉がどう動くかを見る。兵棋演習として考えれば、ごく当然のことだった。
「だが──土井半助が何と言うかがまだ固まっていない」
「そこは描き手である天鬼様が考えるところですね」
「嫉妬したことをどう伝えればいい」
「天鬼様ご自身が感じたことを、そのまま使ってみては?」
「私の?」
女中はそこで、再び先日の利鬼との会話を思い出した。
妙なことを吹き込むなとは言われた。だがこれはあくまでもプロット作りのための兵棋演習である。別に抱きしめろとも、壁へ追い詰めろとも言っていない。だったら問題ない。はず!
「天鬼様は、利鬼様が他の男と近づくのは嫌だったんでしょう?」
「ああ」
「利鬼様に懸想している相手がいて、それが天鬼様ではないと分かった時も、面白くなかった」
「……まあ」
「でしたら、その感覚を少し整えて土井半助の台詞にすればいいんですよ。自分で実際に感じたものなら、心理にも説得力が出ますから」
天鬼は少し黙り込んだ。何か思うところがあるのだろうか。
「……私情を原稿に使うのか」
「使えるものは使った方がいいですよ」
「二次創作とは戦と同じだな」
「違います。……違うかしら……?」
まあいいか、ファンタジーだし。その一言で大抵のことを済ませられる。女中のわずかな葛藤を余所に、天鬼はプロットを──プロットの元になるインタビューの内容を整えようとしている様子だった。あの方は一度こうと決めると、とことんまで突き詰めるんですと言った利鬼の言葉が脳裏をよぎる。天鬼は至極真面目に訊いた。
「たとえば、お前ならどう言えばいいと思う」
「そうですね……『お前が誰を好きでも私には関係ないと思っていたが、実際に自分ではないと知ったら面白くなかった』とか」
「…………」
「『他の者に向けられるくらいなら、自分に向いていてほしいと思った』でもいいですし」
天鬼は眉間に皺を寄せた。
「それはかなり土井半助の本音が漏れていないか?」
「漏らすための場面でしょう? ここまで来てまだ隠したら、また話が進まなくなりますよ」
「確かにそうだな」
天鬼は真剣に頷いた。
「ならば、私が土井半助として実際にそう言ってみて、利鬼の反応を見る」
「……思ったんですが、天鬼様」
「何だ」
「山田利吉として答えてくださいと言っても、いつも『私は山田利吉ではありません』で終わるのでしょう?」
「そうだ」
「とすると、利鬼様がお芝居に乗ってくださるとも限りません。であれば最初から役になりきらせようとせずに、天鬼様がご自分のお気持ちとして仰った方がよいかと」
「私の?」
「ええ。『お前が他の誰かを好きだと分かって、面白くなかった』とか、『他の者に向けられるくらいなら、自分に向いていてほしいと思った』とかを、天鬼様ご自身のお気持ちとして」
「…………」
天鬼は少し眉を寄せた。
「それでは、私が利鬼に懸想しているように聞こえないか?」
「聞こえるかもしれませんね」
「駄目ではないか。描くのは利土だぞ」
「でも、その方が本音は引き出しやすいと思います。利鬼様がお好きなのは、土井半助ではなく、天鬼様によく似たお方なのでしょう?」
「そう聞いている」
「でしたら、土井半助という知らない人物になりきった天鬼様に何か言われるより、天鬼様ご本人から言われた方が、利鬼様も自分のこととして受け取りやすいでしょう」
天鬼は腕を組んだ。一理ある。利鬼に山田利吉役をやらせようとするから「自分ではない」と逃げられるのだ。もし自分なら、とその流れで訊かれても、同じことを訊こうとしていることが分かっているから答えてもらえない。それなら、こちらも最初から利鬼本人に対し自分のものとして言葉を投げればいい。
「……抜き打ちの実戦演習ということか」
「はい?」
「演習だと知らせてしまえば、相手も演習として構える。考えて返した反応では意味がない。何も知らせずに仕掛ければ、その場で実際にどう感じ、どう動くかが分かる」
「いや、仕掛けるというほどのことでは……」
「なるほど。その方が演習としての精度は高いな」
「天鬼様、あくまで会話ですからね?」
「分かっている」
本当に分かっているのか、相変わらず少々怪しい。
「では、私が自分の感情として利鬼に話し、何の演習かは知らせない」
女中はもうつっこまなかった。天鬼は何度か頷いたあと、ふと女中を見て言った。
「しかし、私が自分の感情として言うなら、どこまで本当のことを言えばいいだろうか」
「そこは、天鬼様が実際に感じた範囲でよろしいかと」
「……利鬼が他の男と近づくのが嫌だった」
「はい」
「利鬼に好きな相手がいて、それが私ではないと分かった時も面白くなかった」
「はい」
「それから……」
天鬼は少し黙った。
女中も急かさない。
「自分に向いていてほしいとは、思った」
「……界隈が燃えるやつ……」
「界隈?」
「こちらの話です」
天鬼は訝しそうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「では天鬼様、先程仰ったことを、そのまま利鬼様にお伝えすればよろしいかと」
「ああ、分かった」
女中は胸の内で、これならぎりぎり約束は破っていないはずだと思った。
たぶん。
一方、天鬼はすっかりやる気になっている。
「台詞はいくつか用意しよう。場合に応じて使い分ける」
「いくつか、ですか?」
「一つでは比較できないだろう?」
「比較するんですか」
「戦の演習なのだから複数の想定を試すのは当然だ」
「……そうでしたね」
女中はもう何も言わなかった。
それで原稿が進むなら何よりである。
powered by 小説執筆ツール「arei」
225 回読まれています