R18 コウ名無 うそ
「僕は嘘は嫌いだと言いましたよね」
名無しは一つ頷いて、一言返した。
「私もそれに同じくだ。お前が嘘を故意に吐くとは思わないが、今嘘を言っただろう」
二人はベッドの上で、上下に向かい合っていた。下は名無し、上はコウイチロウ、もう慣れた位置関係だった。そしていつもとすることは同じ、性行為以外になかった。名無しは酷く飢えていた。仕事で一週間遠くに行っていたコウイチロウを労うことが第一だと考えていたが、それは本人によって否定されて今に至る。
「あなたは本当は今欲しくてたまらないはずです。そうでしょう?」
挑戦的なコウイチロウの言葉に名無しは冷淡に言葉を紡ぐ。
「私をなんだと思っている…獣とは違う。それにお前は疲労しているのに自分に嘘をついて態々私を抱きに来た。……聞いて呆れる」
「嘘は重ねてもいいことはありませんよ」
ゆっくり口づける。舌を絡ませて一週間ぶりの甘美に酔いしれそうだった。おかしくなりそうな衝動で満たされ、ゆっくりと性器をなぞる唇を想像するだけで眩暈がした。だがそれでは名無しの正気を自分で疑うことになる。コウイチロウは小さく息を吐いて唇を離すと、シャツを脱ぎに掛かる。
「あなたは少し純粋すぎるようですね」
疲れがあるかないかで言えば多少はある。だから名無しの勧め通り、好意通りに体を休めることも選択肢の一つだった。しかしそれは上部の嘘の一つに過ぎない。
「何、を?」
もう一度唇を重ねる。今度は軽いもので触れるだけの口づけ。
「やはりあなたはもう少し人間を、僕を疑った方がいい」
自嘲気味にコウイチロウは呟いた。
こんなことを言っても信じることはないだろうが、既に肉体は名無しに焦がれている。全てを上書きしてやって、全てを解放してやりたい。それは欲ですらも。それは恋というべきか、親愛というべきか、友情というべきか今はわからない。だが少なくとも名無しへの欲情で今コウイチロウは動いている。名無しはやはり嘘をついていた。体に指を触れさせると、欲情した獣のように体を震わせ、また欲望を覚えた雌のように体で催促して見せる。触れられることで目を恍惚で潤ませて、徐々に息を荒くさせ、小さい声で喘ぎ始める。
「あ、あ……ぁ」
人間は嘘をつく動物だ。だからこそ彼のような存在を騙せる。嘘で塗り固めた欲望を隠して行為をすることができるのだ。
「再生して下さい。奥をとんとんと擦られたときの快楽を」
低い声で名無しの耳元で囁いてやると、名無しはひくりと体を反応させて軽く達する。そのまま性器を擦ってやると、よがって喘ぎながら手の中で射精する。
「欲しいですか?」
名無しの理性は砂時計の砂が時間を滑っていくように崩れ落ちて、荒い息遣いでコウイチロウの腕を手に取った。
「……っ」
最後の理性がかろうじて残っていたらしいが、それも時間の問題だった。
「……お前が、欲しい」
「…………名前を」
指を後孔にゆっくり挿入していくと、荒い息遣いでゆっくりと声をひと言ずつ刻む。
「コウ、イチロウ」
褒めるように髪を撫でてやって、ゆっくりと挿入していきながら奥の敏感な部分を探していく。そこに触れると名無しは何も言わないが、震えながら喘ぎ声を漏らし始めた。コウイチロウの腹の奥が熱くなって、ヌルヌルとした性器の感覚に脳が焼け落ちそうになる。それから初めはゆっくり、徐々に強く動いてやると、名無しも自ら腰を動かしながら、コウイチロウの名を何度も何度も呼んだ。酷くそれが愛おしく、性的で、覚えてしまった背徳感から逃れられないことを認識しつつも、生物として性感に抗うことは全くできずに何度か二人は射精をした。
眠る名無しを見つめながらコウイチロウは無言で寝具を出る。この人は自分の嘘を見破ることはできないだろう。多分そういう質の生物だからだ。だって人間のことを知らない、知ったばかりの、人間としては子供のような存在だとコウイチロウは思っている。だからこそ互いの価値観を語り合える存在であるのだと。また随分の長居をしてしまった。従者の彼は怒るだろうか。あるいは何も言わずに見送るのだろうか。きっと答えは後者だろう。彼は僕の嘘を知っている。
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