大人げない人たち

「HiMERUさん、つーかまーえた〜っ!」

 ESビルの廊下を歩いていたHiMERUが陽気な声に振り返ってみれば、オレンジ色の髪を揺らして朗らかに微笑む少年の姿があった。葵ゆうた。『2wink』の双子の片割れ。ナイトクラブでの一件以降、多少打ち解けられたような気はしている。
 ……はて、〝つかまえた〟とは? 廊下の向こうから手を振る彼との距離は、まだ五メートルは離れている。
「──ゆうた。一体何を企ん、……?」
 訝しんで歩み寄ろうとした時、背後からぐっとジャケットの裾を引かれた。
「HaHiHuHeHo〜♪ つかまえたな〜!」
「つかまえたでござる!」
「あなたたちは……⁉」
 HiMERUを物理的に捕らえているのは『Switch』の春川宙と『流星隊』の仙石忍。ついでにふたりの後ろに立って「観念してくださいねぇ〜」とヘラヘラ笑っているのは『Eden』の漣ジュン。一見妙な組み合わせだが、少し考えて合点がいった。
「あそび部……ですか」
「御明答〜☆」
 合流したゆうたと仙石が「イェ〜イ☆」とハイタッチを決めた。面倒なことに巻き込まれる気配がビシバシする。
「──HiMERUは用事を思い出したのです」
「嘘です! ギャンブルのおに〜さんが〝メルメルは午後暇してるっしょ♪〟って言ってたな〜?」
「……」
 薄々そんな予感はしていたが、やはりあいつの仕業か。何の用だか知らないけれど、(漣はともかく)三人の後輩たちに助けを求めるような目を向けられては、冷たく突き放すことも出来ない。思わず出かかった大きなため息を噛み殺し、HiMERUは両手を挙げて降伏のポーズをとった。
 さあ、要求を聞いてやろうじゃないか。



 連れてこられたのは大きなTVのある星奏館共有スペースだった(逃げないと言ったのに信じてもらえず、ここまで仙石と春川と手を繋いでやって来る羽目になった)。
「俺たちの要求は〜、これで〜す!」
 じゃじゃーん、なんて効果音つきでゆうたが指し示す画面には、何やら暑苦しい雰囲気のタイトルが浮かび上がっている。格闘ゲームらしい。
「……天城の代わりに、HiMERUを呼んだのですか?」
 今日彼は、単独インタビューだとかで外出しているはずだ。
 天城の指名とは言え、一緒にゲームがしたいのなら自分でなくても良いのではないか。そんな疑問を言外に込めながら問えば、グラスに麦茶を注いでいた漣が答えてくれた。
「ほら、天城さんがいねぇとオレが一番お兄さんになっちまうんですよぉ、このサークルだと。それはちょっと荷が重いんで……」
「相談したら、HiMERUを推薦されたと」
「そういうことです」
 ただゲームをして遊ぶだけのサークルにお兄さんも何もないだろうに。「HiMERUさんは意外と面倒見がいいって聞いてますからねぇ〜」なんて言われても、体よく保護者のポジションを押し付けられたとしか思えない。
 納得いかないままにソファに座らされたHiMERUだったが、コントローラーを握ってからはそんな不満はあっという間に吹っ飛んでしまった。何せ勉学とアイドルに染まった青春時代を送ってきたHiMERUには、友達がいない。故にTVゲームなんてものに触れる機会も、時間も無かったのだ。
「はい、『大乱闘』モード! HiMERU殿、キャラクターを選ぶでござるよ」
「キャラクター」
「このスティックを動かすんすよぉ」
「ええと、では……これで」
「マ○オ殿でござるな」
「よく、わかりませんが……。赤だし、主人公っぽいし、強そうなので」
「大体正解な〜」
 「ああ、それなら」と何やら納得した風なゆうたが横から手を伸ばし、HiMERUのコントローラーを操作する。
「丁度いいキャラがいますよ。ファイ○ーエムブレムのロ○」
 〝丁度いい〟とは? ゲームに明るくないHiMERUには全くわからなかったが、もう何でもいいかとそのままゲームを開始した。
「ちょっ、HiMERUさん! そっち崖!」
「崖⁉ エッあ、とっ止まらないんですけど⁉」
「ハンマー離してハンマー、あっ、あ〜……」
「HeHe〜、落ちました……」
「今のはHiMERUのせいではないのですよ‼」
 子供の遊びだと舐めてかかったのがいけなかった。想像を遥かに超える難しさ──と言うより、思い通りにキャラを動かせないことに、HiMERUは苛立っていた。『HiMERU』に出来ないことなどないのに。ゲームごときに翻弄されるだなんてアイドルの名折れ(?)だ。
「気を落としちゃだめな〜? ゲームは楽しむものです!」
「春川さん……HiMERUの仇を……」
「ヒィッ⁉ マジ顔で拙者を見ないでほしいでござる〜!」
 項垂れるHiMERUの背を擦って宥める春川と、怯えてゆうたの後ろに隠れる仙石。わちゃわちゃと賑やかな光景を静観していた漣が、ふっと気が抜けたように笑った。
「はは、大人げねぇ〜。なんか意外です」
「──意外?」
「落ち込んだりイラついたり、HiMERUさんでもするんですねぇ。なんかもっと、ロボットみたいな人かと思ってたっすよぉ。アイドルロボット」
「アイドルロボット……」
「あははっ、わかる!」
 きゃいきゃい笑う後輩たちは楽しそうだ。自分のスタンスを揶揄されているようで少々釈然としないけれど、彼らに悪気はないのだし。
 それにあの夏を思えば、鼻つまみ者だった自分を迎え入れて穏やかな午後を共にしてくれる仲間は、そう悪くないものだと思えるのだ。
(ああそうか、あいつも彼らと過ごす時、こんな風にあたたかな気持ちに──)
「よっ、やってンなァ♪」
「んぐ⁉」
 不在のリーダーに思いを馳せた丁度その時だった。背後から伸びてきた腕がHiMERUの首に巻き付いて、平和な午後は唐突に終わりを迎えた。
「燐音先輩、おかえりなさ〜い!」
「ただいまァ〜。寮でカワイコちゃんたちが待ってるンです〜つったら先方がお菓子くれたから、おめェらにやるよ」
「わーいお土産でござる!」
 共有スペースはにわかに騒がしくなった。台風のような男だ、本当に。HiMERUの隣に腰を下ろした天城は、「兄ちゃん代理お疲れさん」と雑な労いの言葉を掛けてきた。
「おっ、ス○ブラ。『神殿』ステージかァ、ここのBGM良いよな」
「あーわかります。さすが天城さん」
「おう。ピカ○ュウがはるるんっしょ、ジュンちゃんくんがソニッ○で〜、ユタくんがアイス○ライマー、忍びくんが……え、ス○ーク? メルメルは? あ〜、○イ?」
「俺がおすすめしたんですよ。赤だし、主人公っぽいし、強そうだからって。ねっHiMERUさん」
「……ホォ〜?」
 ゆうたと天城は視線を交わして頷き合うと、意味ありげににやりと笑ってHiMERUを見た。他の三人はお土産に夢中だ。
「な、なんですか」
「いや? 俺っち愛されてンなァ〜って」
「は? ……はい?」
 言われて気付いた。HiMERUが使用しているキャラクターのビジュアルが、どことなく天城を彷彿とさせることに。
 そう思い至ると猛烈に恥ずかしい。あの時のゆうたの訳知り顔は、そういうことだったのか。
「ちっ……違います‼ HiMERUは! 天城を連想してなど……、ちょっ、笑うな!」
「くくっ、いやいや、だってよ」
「だってじゃない、勝負しなさい天城、負かしてやります」
「え〜俺っち結構やりこんでんよ? 勝てんの?」
「勝つのはHiMERUなのです!」
 お兄さん役だったはずのふたりが子どものように言い争う様を、漣を含む後輩組は生ぬるい目で見守っていた。
「HaHa〜、あったかい色です! ギャンブルのおに〜さんと秘密のおに〜さんは、とっても仲良しな〜」



 その後予定調和に負かされたHiMERUが、猛特訓の末天城に再戦を挑むのは、そう遠くない未来の話(そしてHiMERUのゲーム音痴ぶりが面白がられ、『Crazy:B』によるゲーム実況動画がバズり始めるのは、もう少し後の話だ)。





(ワンライお題『サークル/赤色』)

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