目は口ほどに物を言うって話


□扱い方と攻略法さえ分かってしまえば、な感じの太陽くんに夢見てます
□目が一番素直なのはお互い様だったら嬉しいな~的なあれです


前髪を切ろうと思ったのは、無事に内定が取れて就職先が決まった頃。
とはいっても何か強い理由がある訳じゃなくて、強いて言うなら覚悟というか、何なら覚悟って言い方すら少し大袈裟で。
オン眉にしちゃえば眉メイクで絶対に気を抜けなくなるし、自分の視界もすっきりする分、己を律することが出来るだろうから、くらいの気概だった。これが思いのほか功を奏したというか、周りからの評判も悪くなかったりして、何やかんやとうまくマッチした結果今までこの前髪はベースとして落ち着いたに過ぎなかった。過ぎなかったの、で。

「珠緒さん」
「………」
「まだ慣れないですか」

困ったような、呆れたような、戸惑っているような。
顔ごとその視線から逃げている私にはどの色か判別しない太陽の声が響く。
なんならその全ての感情は私が自分自身に対して向けているそれだから何も言えないけど、兎に角今ほど前髪を伸ばしたいと思ったことは無い。視界のカーテン的な意味で。

場所は私の自室、時刻は23時過ぎ。
晩御飯もお風呂も済ませ適当なバラエティ番組を流しながら雑談していた中で、なんとなくそういう雰囲気になって、“あ、”と思った時にはもう太陽の動きを静止するように私の腕は伸びていた。彼の目元に向けて。
気まずい沈黙は、雑に流れている番組のガヤで一層冷えているが実はこれももう初めてのことではないのだから胃が痛い。アンタもこの沈黙を打ち破るにも慣れたものね、なんて他人事のように思っている場合じゃないのだ。

目、なんて人間の急所の1つである場所を急に覆われても無理に取っ払ったりせず、されるがままでいる太陽の姿は傍から見れば従順というか、下手したら尻に敷かれているようにも見えるそれかもしれないけど、決してそんなことはないのは私が一番分かってる。だって“最初”に感じていた瞬きの睫毛の感じとか、動揺したような揺れは全然感じない。要は太陽は慣れたわけだ、慣れたくなかったと思うけど。私のせいだけど。

「その言い方は語弊が…ない、訳では、」
「…へぇ?」
「…………、」

まさかキスだとか、恋人らしいそれに慣れていないという訳じゃない。流石にそれくらいの恥じらいや初々しさは数年前には捨て去った。きっと説得力がないのかもしれないけど、今私が太陽の目を覆っているのは別に初々しさ的なそれじゃない。寧ろそれだったらよかったのかもしれないけど。

「アンタの目、慣れないわ……」
「意味わかんねぇ…んですけど」
「うるさい」

ほんとマジで。意味わかんないのは私が誰より何より思ってる。でも仕方ないじゃない。太陽と目が合うと妙に心臓は痛くて、逃げ出したくなっちゃうんだから。これが初々しさから来るものなら、私もまだ全然純粋じゃない、と思えなくもないけど、自分の年齢を考えるとそれはもう痛々しさだと思うのよね。しんど。っていうかこうやって太陽が喋っている時に伸ばしている腕に触れる呼吸にはくすぐったい以外は特になんとも思わないのだから、やっぱり、これはそういうことなんだと思う。

手の中に何かが触れた。何かというか、瞬きしたことによる太陽の睫毛、流石にこの体制のままいるわけにはいかないから、意を決さねばならない。情けないって思うわよ、7つも下の、19歳のガキにこんな風になるなんて私だって思わなかった。

ふぅ、とため息にも似た息を吐いて目を瞑る。

脳裏に思い浮かべるのは、私の記憶の中で一番痛烈に残っている太陽の姿。
私よりずっと低い目線で、肩を少し竦めていて、涙こそ浮かばないけどそんなに瞬きしたら滲むのも時間の問題だろうなっていう目の中の水分。怯えてる、なんて極端なものではないけど、まぁ、ビビってんだろうな、とは受け手が気付くくらいの、幼い視線。それが私の記憶の中で一番痛烈に残っている姿であり、きっと、私が今の、恋人の椎名太陽の目に慣れない最大の要因。

実はこっそり跳ねていた心臓が落ち着いた気がして、そっと目を覆っていた手を離した。太陽が暗闇から突然差し込む部屋の光に眩しそうに瞬きを繰り返している間に、少しだけ視線を落として安心してしまう私がいた。いや、分かってる、分かってるのよ、このままじゃいけないって。結果的に私の問題なんだって分かってる。

「俺、思ったんですけど」
「ナンデショウカ」
「慣れだと思うんですよ」
「……はい?」

なんかとんでもないこと言い出したわねこのガキ。
思わず視線を跳ね上げかけて、慌てて少しだけ下げる。人と目を合わせるのが苦手な人は、相手の鼻を見るとあっちは目が合ってるように感じるらしいと、彼と付き合い始めて初めて知った。
で、このガキは、なんていった?

「だから、慣れ」
「それは…分からないでもないけど、」
「じゃ、がんばりましょ」
「まっ、むりむりむり」
「らしくないですよ」
「アンタもらしくないと思うわよ」
「はいはい」

嗚呼、記憶の中の痛烈な彼だったら、眉根を寄せて睨めば肩を竦めてそっと距離を置いたというのに。
目の前の彼は距離を置くどころか頬に手を伸ばしてくるのだから困ったもので。それを拒めない程度には、私だって彼を好いているんだと自覚はあるのだろうか。流石に今のは少女脳過ぎて恥ずかしいから無くていいけど。

「……珠緒さん」
「うるさい」
「慣れろって言ってるんスけど」
「うるさい」

これは流石にわかる。呆れてる。このまま幻滅してもいいのよ、と思ったけど、流石にそれは口を噤んだ。年齢差を気にするフェーズは一応もう済んでいる。何ならその間に名前呼びに戻すのに四苦八苦するフェーズだってあった。それらを私なりにどうにか乗り越えて、やっとすっぴんで接する覚悟だって出来て、恋人として気持ちを張れると思ったら今度はこの壁に私はぶち当たっているんだけど。
 そんな現実逃避に近い思考に陥っていると、頬を包む指先がそっと私の涙袋を撫でた。くすぐったいけど、嫌じゃない自分が恥ずかしかった。

「ほら、がんばりましょ」
「うぅ~……」

まるで年下の子に語り掛けるようなそれに私の事をいくつだと思ってるんだ?って言うだけの余裕はなかった。単純に悔しいというか腹が立つ。というか見つめ合うって単純に傍から見て恥ずかしいだけの光景だと思うのよ!
そんな葛藤を腹にゆっくり、そろりと視線を持ち上げて見ると、じ、っと真っ直ぐに見つめてくるそこにある目は記憶よりも鋭くて、お世辞にも目付きが良いとも言えなくて、でも柔らかい紫がそこにあって。小生意気な癖に、私と同じで基本的に素直じゃない筈なのに、その目は雄弁に好意を語っていて。愛されてるみたいで恥ずかしいなんて、認めたくなかった。

「……ふは、」
「何よそろそろ離して」
「珠緒さん、やっぱめっちゃ分かりやすいですよね」
「はぁ? …っ、」

言われた言葉の意味が分からなくて思わず眉根を寄るのと同時に、カッと顔が熱くなった。熱くなったそれに更に気恥ずかしさを感じていると同じように太陽も眉間に皺を寄せていて。
え、何?腹立つ。耳を引っ張ってやろうと手を伸ばして、気付いた。気付いたはいいけど、なんで太陽の顔まで赤くなってるのかさっぱり分からない。理由が分からないのに赤くなられると、妙に私だって恥ずかしくなってしまうから止めてほしいんだけど!
そんなことを思っていたら抱き締められていて、急に面積が増えた熱に肩が揺れる。それすらも許さないように抱え込まれると流石に心臓が跳ねるけど、その目からは逃れることが出来たのは救いだ。これ以上目を合わせていたら今度こそ引っ叩いてた。引っ叩かない代わりにそっと手を回すと、今度は太陽の肩が震えたのが少し面白かった。
別に今更年上としてリードしたいだとか優位に立ちたいだとか思ってないし、思うには情けない姿を見せすぎているけど、これは流石に可愛く見えてしまう。

胸元を押すことで距離を置く。不思議そうに眼を瞬かせているそれに、くんと背筋を伸ばして唇をくっつけてみた。ちゅ、なんて少女漫画みたいな音も出ないくらいゆっくりと、しっかりと唇を押し付けた。メイクを落としたからできることなのよね、なんて。
瞼越しに感じる眼球の動きは絶対に動揺していて面白かった。目に触れることが増えたから、感情の動きも掴みやすくなった気がするなんて、怪我の功名…は違うかもしれないけど。

別に太陽の目は嫌いじゃないの。ただ本当に、見ていると自分でもびっくりするくらい心臓が痛くなってしまうだけで。寧ろ格好良いなって、格好良くなったなって、好きだなって、思うのよ。

「…っ、変な所で素直になるの、やめてください」
「お互い様でしょ」

とさ、とベッドに押し倒されると、私を囲う太陽のその姿勢は逆光になってその目が見えなくなった。いざ見えないと言われるとそれはそれでもどかしいなんて、流石に言えないけど。

ムードは大事にしたいんだから、テレビと電気、早く消しなさいよね。






「ランニングとかもそうなんですけど。こういうのって続けてこそじゃないですか」
「ちょっとあれはもう勘弁して」









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