栗蒸羊羹


こらほんまにえらい美味しそうでんなあ、そうですなあ、とどっかの番頭と小僧になってまうの実りの秋ていうか。
「これ、……ほんまに和菓子か?」
「一応栗蒸羊羹に見えます……。」
おはぎは分かるねんけど、一回り小さいていうか……明らかに舞妓はんの口に合うようなサイズにギュッと丸めてみましたていうか。
要冷蔵のシールが張った白い小箱から出て来たのは真空パックに入ったふたつの和菓子やった。
ぴっちりしたビニールのコーティングを剥がして、皿がないから半紙を半分に折った上で茶托に載せた。
黒文字の楊枝が付いてるていうことはそれなりの店なんやろな、て思ってたら、中に入った紙には創業百年て書いてある。
百年か……年月で重み出すならもう九百年くらい足らんのと違うか?
オレは京都の生まれやないから、まあそこはええけど……。
「ほんで、これなんぼやて?」
「わたし、お小遣いにしてええよ、て二千円渡したんですけど。二千円やとこれしか買えるもんなかったて言うてちっさい最中五つ入ったやつで、それやと数が全然足りへんかったらしくて二箱で予算オーバー。これおかみさんにとっときのやつです、てこっそり事務所で渡された分で。いくらか聞いたらあかんような気ぃして。」
その気の回しよう、草々の弟子、ABCDのうち、床屋のヤツが有力ていうか。
二千円て落語会の手伝い四回分やで。二箱てことは八回。これが京都で売ってる和菓子の値段と同じくらいやったら二回分で、それにドアホの考えた消費税足したら。
「落語の手伝い十回しても足りへんのと違うか?」
「はいい……。」と喜代美ちゃんが恐縮している。
「アホか? 適当に通りもんでも買ったら良かったやん。」
「それが、なんや実家からも餞別やてお小遣い渡されたとかで。」
「はあ~、どんだけもろたら、こんな洒落たもん買えるねん。……まあ、今時は落語家なる言うても『サラリーマンならへんならお前とは親でも子でもない、縁切りじゃ~!』とはならへんのやな。」
「そんな江戸時代やないんですから……。」
「いやあ、オレらの前の世代とか、そういうの割とあったらしいで。落語家だけやのうて、芸人とか漫才する~て言うたら、世間体気にする親やと、そないになるらしいねん。大学まで出してやったのになんやお前はー!って、こっちは親の好きなように生きられるもんとちゃうからなあ。」
「それはまあ、そうですねえ。」と喜代美ちゃんがしんみりした顔を見せた。
「ほんまなあ。」
草々みたいに元々親のおれへんの見て、あれはあれで最初からあきらめられるからええなあとか楽屋で言うてる人もいたし。
こっちは相槌どない打ったらええのか酷い話で、オレはアレ、なんて返したんやったかな。まさか殴ってはおらへんと思うけど。
父親はええけど、おかんに会いたいとか、家によっては色々あるねんなあ。
喜代美ちゃんちが特殊ていうか。
「まあ和菓子が美味そうて話から大分遠くなったわな~。」
「あ、今からお茶入れますね。」
「俺が入れるて。」
「僕が入れます。」
「四草……!」
「四草兄さん……!」
お前、どっから出て来るねん。「神戸の仕事やったんとちゃうんか?」
「朝十時から始まる仕事で、どないしてこれ以上長居出来るんですか。もうすっかり終わってますよ。」
そうやったそうやった。
早朝寄席に出てたら早起きのルーティン出来てしもたていうて、入れた仕事が十時始まりて。
今日も始発の走ってるちょっと後で、タクシー来た言うて、髪の後ろ跳ねたまんまで出てったな……。
「お前はもうちょっと中華街で豪遊して、なんや月餅とか豚まん買うてくるとかないんかい!」
「そない言うやろと思って買うて来ましたよ。」と不機嫌そうな顔で四草が言うた。
「それは草々兄さんの弟子が若狭に差し入れたもんなんやから、横取りせんと月餅でも食べててください。」
「四草兄さん……!」
「お前、言い方てもんがあるやろが。」
「その皿のヤツ、どう見ても、ふたつ食べても腹いっぱいにならんやつを若狭のために選んで来たてことでしょう。」
「そらそうですけどぉ……。」
オレかて栗とかおはぎとかたまには食いたいし。
「月餅の中に栗が入ってるの選んで来ました。若狭、茶。」
「はいい……!」
四草はオレと喜代美ちゃんがお茶にしよと思ってた客用のソファにどっかと座ってしもた。
お前はもう……こんなんどこから嗅ぎ付けてくんねん。

powered by 小説執筆ツール「notes」

20 回読まれています