甘栗
「最近、なんやいうたら甘栗買ってきてませんか?」
「ここんとこ、殻付きの落花生の大袋売ってるとこも少ないし、駅のとこに新しい店出来たでしゃあないやん。甘栗、美味いで。」
お父ちゃん、そこは『甘栗も美味いけど、僕は落花生のが好きや。』でええやんか。
まあ相手が草若ちゃんていうのもあるんやろうけど、人の買うて来た甘栗、遠慮なしに食べて、なんでそこまで言えるんやろ。
早めの夕飯の後は、草若ちゃんが落語会の後に買って来た甘栗をデザートにして、子どもは宿題、大人はぼんやり甘栗摘まんで流しっぱなしのニュース番組を見る時間。
夕飯と食事の片付けが七時になる前に全部終わってしもて、後は宿題して八時半に寝るだけ、て言われると皆に驚かれる。
ふた親が帰って来るの、七時過ぎるのが当たり前のうちって割と多いらしいと気づいたのは小学生なってからやった。
うちかて、仕事が遅い時は九時やら十時になったり帰られへんかったりもするけど、普段は昼席の仕事の方が多いし、どっちかがいてくれたり、オチコのおばちゃんとこに預けてもらったりするから、九時まで起きてたりすることもあんまないし。
ふわあ。
まあ、草若ちゃんも僕が出会った頃よりはずっと大人になったけどなあ。
昔やったら、さっきみたいなお父ちゃんの…当てこすりていうか…何が言いたいのか分からへんような言葉にす~ぐかっとなって、ヘッドロックしたり、『文句言うやつにはやらんぞ!』てきっぱり言うてたのに。
最近はあんまりプロレスごっこもせえへんようになったみたいやし、やっぱり、ちょっと広いうちに住むと、人間が丸くなったりするんやろうか。
――そんなわけないわ! 家の広さで人間の度量がそんなすぐ大きくならんことくらい、うちのお父ちゃん見てたら分かるやろ!
オチコ、うるさい。
「どないした? 宿題で分からんとこあったら早めに四草に聞いたったらええぞ。」
あ、そこはやっぱり、いつもと同じ丸投げなんや。まあ草若ちゃんが僕の遊び係、お父ちゃんが勉強係て役割分担してるとこあるからな、うちって。
「小学生のドリルですよ? 草若兄さん、中卒やからって自分のこと甘やかしてんのと違いますか?」とお父ちゃんが言うと、草若ちゃんが甘栗剥いてた手がピタッと止まった。
……なんや草若ちゃん、もしかして怒ってる?
「お前はほんま……人が一個言うたら百言い返しよるな~!」
あ、今日はないんかな、と思ってたけど、やっぱりヘッドロック出てもうた。お父ちゃん、自業自得やけど涙目になってるなあ。
お父ちゃん、草若ちゃんが気にしてんの分かってんのやから、さっきみたいに学歴いじりすんの、やめたらええのに。いつまで経っても成長のない大人やなあ。
「落花生言うたら千葉の特産品やから、そんなに好きなら、ふたりのどっちかが千葉で落語会したらええんとちゃう?」
「ええっ……なんでそんなこと知ってるんや?」
「こないだピーナツ買おうと思って見てたらパッケージに書いてあった。落花生の大袋って、高いなあ。」
「高いってどんくらいやったんや?」とまだヘッドロック掛けられっぱなしのお父ちゃんの目が光った。
「1キロ1000円くらいやったと思うけど?」
「それやと、おとくやんの方が安いんとちゃうか?」
草若ちゃんがお父ちゃんの首に回した手を離しながら言った。
「最近出来た業務用スーパーってヤツも、うちから近いからええと思いますけどね。」とお父ちゃんが絞められた首のあたりを触って、……なんや草若ちゃんの方からシャンプーの匂いするなあ。
「それなあ、上野ならともかく、千葉までって遠いやんか。」
「草若ちゃん、博多のもつ鍋食べに行きたいなあ、てこないだ言うてたやん。九州と千葉、梅田からやとどっちも時間変わらへんと思うけど。」というと、そやったか、て顔して首を傾げてる。
いい年したおっちゃんがそんな顔しても効き目あらへんよ~て言いたいんやけどな……草若ちゃんの場合て……。
「そもそも僕も兄さんも、千葉の会場なんかは伝手がない。あっちは東京の縄張りやからな。」
「縄張りって……そんなもんなん?」
「そんなもんやで、大人になっても毎日毎日、猫か子どもみたいな真似する大人が出て来る。」とお父ちゃんが言った。
そないな言葉を毎日実践してる人が言うと、重みが違うな。
宿題しとる子どもの横で、むしゃむしゃと美味しい甘栗食べてるもんなあ~。
ちなみに、これは嫌みやから口にはせえへんよ、僕は。
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