R18 コウ名無 ただ虚無を持って

ただ虚無を持って生きている。
 創作主とは気楽なものだ。完成した後に放置して、自分が死んだ後の残りの始末を考えなくてもいい。死ぬという定めを持っていない限り、私はこの世界が消失し、消えるか、或いはそれでも生き続けるのだろう。その件については自分はもともとそういう存在だから別にいい。しかし面倒なことに人間の肉体を持った以上、それなりに衰えない人間の肉体を誤魔化しながら生きていくしかないのである。
 それは孤独であった。従者として同じ宿命を持ったものが共にあるから、まだ孤独としては楽な方なのだろう。住居もある、名誉もある、肉体の安全を保障してくれる全てが幸いにも名無しにはあった。それでも世界は色褪せていた。コウイチロウと出会うまでは。
 本物の人間と会話することはなんと刺激に満ちているのだろうか。世界に色がついたとは言わないが、うたた寝をするよりは本を読むことが増えたし、酒も同じものばかりではなく、さまざまな国の酒を試すようになった。しかし時間とはおかしなものだ。友情とは多分こういうものだとは思ったが、やがて性行為をコウイチロウ相手に営む様になってからは、ただ虚無を持って夜を迎える様になっていた。過去の亡霊の影を見る様になり、それを忘れるように甘い言葉を耳に入れながら、ただ快楽と共に生きる様になっていた。
「快楽に身を任せて、私は穢らわしいな」
 コウイチロウの事が心配でたまらない。こんな人生を過ごさせて、果たしてこれは間違ってはいないのか? 自分がそうしたいからと言って、わがままを突き通すのはエゴではないか? そう思う。それでもコウイチロウは同じことを口に出す度に、優しく髪を撫でて戸惑ったように口づける。それが酷く罪悪感を掻き立てるのである。
「快楽に身を委ねることは罪ではありませんよ」
 本当の罪の味を知らずにこの男はいけしゃあしゃあと抜かす。そういう部分が酷く胸が苦しく、愛おしさなのか、怒りなのか、悲しみなのか分からないまま、ただ身体を委ねる。そうやって快楽の中に身を沈めてシルクの海の中で沈んでいく。
 沈んでいく。
 もしもコウイチロウがいない世界がこの時間の時に訪れたとしたら、自分はどこを揺蕩うのだろうか。シルクではない、塩水の中を揺蕩うことを望み、試そうとするのだろうか。或いは男が買えるような場所でおいしくもない酒を飲みながら、コウイチロウの穴を埋めてくれる存在を探すのだろうか。そんな未来を想像するだけで眩暈がする。やがてくる未来であることはわかっているが、失うということを意識したのは初めてだった。
 これ以上溺れればきっと逃げられなくなる。
「戻れなくなるぞ」
 腰を動かすコウイチロウに思わず呟く。腹の奥が熱く、迫り上がってくるような何かが感覚に喘ぎ声を漏らすと、コウイチロウは優しく髪を撫でながら眉を顰めて身体を動かした。答えはない。この男のことだ。わかっている上で溺れるだけの覚悟がある。そういう部分に関して言えば名無しは人間が嫌いになりそうだった。

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