ひだまりの君

ゆるゆりのあかちなです。ひょんなことからあかりちゃんにドキドキするちなつちゃんのお話。恋未満。


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 風が優しく頬を撫でる。まだまだ陽射しはジトリとまとわりつくけれど、こうして風がふいてくるようになってきた。
 2学期が始まり何日か経って、少しずつ秋めいてきた今日この頃。どこのクラスも文化祭の話がHRの議題となり始め、帰るのが遅くなっていく。
 しかしちなつがこうしていつもと変わらない時間にごらく部部室にいるのは、クラス出し物がトントン拍子に決定し、HRが異例の早さで終了したためだ。
「はぁ…。みんな遅い。結衣先輩のクラスまだ終わらないのかしら。」
 机に突っ伏しながらぼんやりと呟く。今日は特に宿題も出ておらず、何をするでもないこの状況にちなつはうとうとし始めた。
(風が気持ちいい…。こんな日に結衣先輩とお散歩デート出来たら、素敵…)
 ちなつのめくるめく夢の世界では白馬に乗った結衣が彼女を出迎えに来て、2人で馬に乗りながら紅葉を楽しむデートの様子が繰り広げられる。
 パカラッパカラッ
『どうだい愛しのチナツチャン!オレの愛馬モンターニュ号の乗り心地は!』
『風を切るスピード!結衣先輩のようにスタイリッシュですぅ』
『ハッハッハ。ありがとう。おおっと、しっかり捕まっていてくれよ?』
『大丈夫!いつでもチーナは結衣先輩を離しませんからっ』
『嬉しいことを言ってくれるんだねチナツチャン、いやチーナ。ほらご覧、あの山の紅葉よりも赤く私の心は燃え上がっているよマイスイートハニー・チーナ☆』
 パカラッパカラッパカラッ…
(ああん結衣先輩、いいえマイスイートダーリン・ユイ王子…グヘへ)
 よだれを垂らしつつ夢の世界を満喫するちなつ。
 ごろんと頭を今までと逆方向に傾け、体制を変えたその時、勢い余って机から体が転げ落ちそうになってしまう。夢の中では白馬が暴れだし落馬しそうになっているという状況である。
『チーナァァアアア!!』
 夢の中のユイ王子がちなつの手を掴もうとするが叶わない。そして何故かちなつが落ちていくのは混沌とした暗闇だった。
(いやああああ落ちるぅぅうううううう!!!ユイさまぁぁあああ!)

 その時、日だまりのような優しい香りがふわりとちなつの体を包んだ。
(なに、これ…。あったかい腕…?)
 どうやら自分が誰かに優しく抱き抱えられているようで、その腕の優しさにまた微睡んでしまう。
(これは、ユイさま…?太陽の匂い…。安心する…。)
 その暖かい存在に自分の方からも抱きつきながら、ちなつは再び深い眠りに落ちていった。


「……いいじゃん、けちぃ」
「けちじゃない。そんなのいらないから。」
「まぁまぁ。でもあかりも、京子ちゃんの案も面白いと思うなぁ」
「でしょー!」
 いつもの楽しげな声が聞こえてくる。
「ここは…」
 目を開けると天井が見えた。そう、ごらく部部室の天井。
 ちなつは畳の上に仰向けに寝かされていた。起き上がろうと身動ぐと、体にタオルケットがかかっているのが分かった。
「こんなの、いつの間に…」
 タオルケットからは微かにさっきの太陽の匂いが感じられる。
(これ…。何だか安心して眠っていられたのは、このおかげだったのかも…)
「ああ。ちなつちゃん起きたんだね」
 結衣がこちらに気づいて笑いかける。
「寝起きに結衣先輩の微笑み!チーナばっちり目覚めました!!先輩方いらっしゃったなら起こしてくれれば良かったのに」
「気持ち良さそうに寝てたから起こすの悪いなって…」
「ちなちゅ~!お目覚めのちゅっちゅ~!!」
「って京子先輩!近寄らないで!」
 結衣の影から飛び出してきた京子に後退りしながら、ふと机の上に目をやる。そこには大量の布が山積みになっていた。
「これは?」
「舞台衣装用の布だよー。私と結衣が文化祭の演劇の衣装係に就任☆して、さっき買い出しに行ってたんだー。」
「そうだったんですか。」
「言っとくけど、衣装係はそんな立派に就任してないからな。半ば押し付けられたんじゃないか。しかも京子が調子に乗ってこんなたくさん…。予算使い切らなくても良いって言われてたのにさ。どうするつもりだよ」
「だからさっきから言ってるだろー?私と結衣でミラクるんの新衣装を作r」
「どこの"不思議の国のアリス"にミラクるんが出てくるんだ!」
「…アリスの追いかけた白ウサギの正体は実はウサギコスのミラクるんだったのだッ!!」
「なんというトンデモ設定。」
「えー、あかり面白そうだと思うけどなぁ。」
「とりあえず、ミラクるんのくだりは置いといて、アリスのワンピースから作ろうよ」
「ちぇーっ。分かりましたよぉー。」
 結衣が布の中からきれいなマリンブルーの布地を探し当てる。京子もひとまずその仕事を全うしようと腕捲りをして裁ちバサミを持った。
 それを見ていて、ちなつの脳裏に電流がはしる。
(…ハッ!ここで結衣先輩のお役に立てたら私の株も急上昇…!?)
「あのっ、私も手伝います!」
「あ、ほんとに?それじゃあ…」
「任せて下さい結衣先輩!最高に芸術的センスのあるワンピースを作ってみせます!」
 ちなつがどんと自分の胸を叩いてそう言うと、3人がいっせいにちなつの方に視線を向けた。
しばしの沈黙。
「…い、いやぁ、大丈夫だよ。ちなつちゃんの手を借りるまでもないっていうかー…」
「そ、そうそう。たかが文化祭の劇だからさ、ちなつちゃんの芸術性はこう、もっと別の、適したところで発揮して欲しいし」
「あ、あかりっ、喉がかわいたなー(棒読み)」
「(あかりナイス!)私も喉かわいてきちゃったなー。ちなつちゃんお茶淹れてくれる?」
「そうですか?まぁ結衣先輩の頼みとあらば喜んでお茶も淹れますけど!」
 少ししゅんとなったちなつも結衣の一声でまた顔を輝かせながら立ち上がる。ご機嫌で給湯室へ向かおうと歩みを進めた。
 その時。
 ちなつの足元に机の上から落ちていた布地が一枚。
それにを踏んで見事に滑ってしまい、倒れこんでしまった。傍らの、あかりの上に。
「きゃあああああ!…あかりちゃん…!ごめんなさ…」
 急いであかりの上から起き上がったその時、ふわっと鼻先をある香りがかすめる。
(さっきと同じ、太陽の匂い…?)
「あぅ、いてて…ううん、こっちこそごめんね。ちなつちゃん怪我はない?」
「う、うん大丈夫。」
「良かったぁ」
 そう言って微笑むあかりに、ちなつの心臓は何故かどくんと跳ねた。
「お、お茶いれてきますっ」
 慌ててその場を後にした。

(わ、私どうしたんだろ…。あかりちゃんに対してなんでこんな…)
 熱くなってくる顔をぶんぶんとふってみるけれどおさまらない。
(あの太陽の匂い、安心して、なんていうか、すごくだいすきだって思って…それがあかりちゃんだったなんて…)
 一つ一つ湯飲みにお茶を注いでいく。緑茶の爽やかな茶葉の香りと温かい湯気が立った。
全員分淹れ終わって、なんとか落ち着きが取り戻されてくる。
「ふぅ。よし、大丈夫。私が好きなのは結衣先輩結衣先輩結衣先輩。」
 大好きな人の名前を呟いてエネルギー補給。湯飲みをお盆に載せていつもと変わらないちなつになってみんなのもとへ戻った。

 日は落ちて下校時刻となった。
 あの後、京子が勝手にミラクるんコスチュームを作りあげ、ハートの女王のドレスの布地が足りなくなってしまったり、色々あったがとりあえず作業を進ませることができた。
 ちなつも何度も結衣にお茶を淹れることができ、幸せな時間を過ごせた。
 でも、ちなつの心の中に灯った新しい熱はどうやっても消えてはくれなかった。
「さーて帰るかー。」
「そうだな、片付けないと…」
 みんなで布地を集め、自分達の荷物をまとめ始めた時、あのタオルケットがまだちなつの足元にあることに気づいた。
「これ…」
 ちなつはそれを拾い上げた。まだ、あのひだまりのような優しい匂いが残っている。
「あ、それ!危ない危ない、あかり忘れて帰っちゃうところだったよ~」
「これ、やっぱりあかりちゃんのだったんだ。」
「うん。あかり今日体育があったからタオル持って来ようと思ったんだけど、汗ふき用と間違えてタオルケット持ってきちゃったんだよ。なのに体育の先生お休みで自習だったじゃない?はぁ…。でもちなつちゃんの役に立ったから良かったぁ。」
「そう…。ねぇ、これをかけてくれた時…、あかりちゃん私を抱きとめてくれた…?」
「ああ、そう言えばちなつちゃん、寝返り打った時、机から転がり落ちそうだったから…それがどうかした?」
「う、ううん。何でもないの!」
 確かめたかった事実はちゃんと確認できた。ちなつが安心できた、すきだと思ったあのぬくもりの正体を。
「ありがとう、あかりちゃん。」
「いえいえ。どーいたしまして、だよっ」
 ちなつはタオルケットをあかりに差し出して、しかし急に離れがたくなってもう一度タオルケットを掴み直した。
「…あかりちゃん、あの、このタオルケット、やっぱり持って帰っても良いかな?」
「え!?どうして?」
「いや、寝てる間に私よだれとか垂らしてるかもしれないし、洗って返すから」
「いいよー、あかりそんなの全然気にしないよ」
「わっ私が気にするの!」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて……。」

 空にうっすら星が出てきた。みんなで部室の戸締まりをして部屋を出る。
 もちろんタオルケットは小さく折り畳んでちなつの手提げ袋にちゃんとおさまっている。あかりの屈託のない笑顔に少し後ろめたさを感じながらも、あかりの分身のようなタオルケットがまだ自分の手の中にあることが嬉しい。なんて。
 これはちょっとヤバいかも、なんて思いながら帰路についたちなつだった。

 その夜、もう一度あの太陽の匂いに包まれながらぐっすり眠ったのはちなつだけの秘密……。

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