おまじないをかけて

アイカツスターズ、まひこはss(よぞこは前提のまひ→こは)29話ハーフタイムショーオーディション前夜捏造妄想。



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「イタリア、か……」
「うん。」
 頷いて、少し複雑そうな表情で、笑った。真昼は出来るだけ静かに、ゆっくりと息を吸い込んで吐き出した。動揺を悟られないように、慎重に、ゆっくりと。
 少しの沈黙が訪れる。
 空は曇りなく、綺麗な月が出ていた。辺りから虫の音が聞こえる。中庭のベンチに真昼と小春は並んで座っていた。
 明日はハーフタイムショーのセンターオーディション。それが、小春の最後のステージとなる――……
追加のレッスンを終えて寮の部屋まで歩いていると小春と一緒になり、先程彼女の口からそれを聞かされた。
 何か言うべきことがあるはずなのに、何も言葉が出てこない。頑張ってねとか、寂しくなるねとか、そんなありきたりな言葉をかけるのはどこか違うような気がした。
 小春自身はどう考えているのか。それが知りたくて真昼は隣にいる彼女の表情をうかがった。
 小春の顔からはさっきの複雑そうなほほ笑みは消えており、目を閉じて穏やかにほほ笑んでいた。虫の音に耳を傾けているようだ。真昼は少し拍子抜けしてしまう。
 と同時に、月の光に照らされた彼女の白い肌に目を奪われてしまった。
 入学直後、姉からも「きれいな肌」と形容されたそれは、とても美しく、艶めかしくさえある。
 何気なく、彼女の首筋に視線を落としてしまった。もうあの夜のような赤いあとはない。それでも、きっと姉の部屋には行っているんだろうな、なんて想像がついてしまって、目を反らす。
「お姉ちゃんは、知ってるの。イタリア行き。」
 真昼の思わず口をついて出た言葉に、小春は閉じていた目を開いた。
「ううん。言ってない。」
「どうして」
「うーん。なんでだろう……言ってもしょうがないって思ったから、かな。」
「……意味わかんない。」
「うん、私もわかんないや。」
「なにそれ」
 また少しの沈黙が訪れる。
 姉には言わないのに、自分には言ってくれるということ。自分には言えるけど、姉にだから言えないということ。
 嬉しいのか、悲しいのか、自分自身にもそれはよくわからない感情だったので、心の中で、今度は自分に向かって「なにそれ」と呟いた。

 ふたりの間をひんやりとした風がすり抜けた。ここ数日で随分と朝晩の気温が下がっている。
「さっきより寒くなってきたね。そろそろ戻ろうか。」
 そう言って立ち上がりかけた小春の手を真昼は反射的に掴んだ。
「真昼ちゃん?」
「あの、ええっと……そうだ、おまじない、しよう。」
「おまじない?」
「うん、お姉ちゃんに昔教えてもらった、力が出るおまじない。明日、お互い頑張るために、ね。」
「いいね。どうやってやるの?」
 真昼は、小春に向かい合った。
「まず、手を繋いで」
「うん」
 お互いの指と指を絡めあう。
「それから目を閉じて」
「うん」
「それから、おでこをくっつけて、心の中で願いごとを言うの」
「わかった。」
 こつんとおでことおでこをくっつけあう。
 小春も自分も全力で、良いステージが出来ますように。
 存分にそう念じて、真昼はうっすらと目を開けた。
今までのどんな時よりも小春の顔が至近距離にあった。
 それでも、明日のステージが終われば、彼女は学園を、この国を離れてしまうのだ。今、この瞬間こんなに近くにいるのに。そう思った途端、離れたくないという強い思いが、真昼の全身を駆け巡った。
「真昼ちゃん、おまじない、このくらいでいいかな――……」
 そう言って、目を開きかけた小春に、衝動的に触れていた。
 真昼の唇で、小春の唇に。
「真昼ちゃ、ん……?」
「~~!! え、えっと、ごめん!!」
 小春の問いかけに、真昼は慌てて彼女から離れた。
心臓がバクバクしている。まさか、自分がこんな行為に及ぶなんて思いもしなかった。
「これもおまじない?」
「ちがっ……いや、えっと、多分違わない。その……そう、これもおまじないだから。」
「真昼ちゃん、顔、真っ赤だよ?かわいい。」
「しっ、知らない!」
 小春に指摘されるまでもなく、顔が熱くなっているのが分かる。あまりの恥ずかしさに、真昼は小春に背を向けた。
 小春はそんな真昼の背中に向かって言う。
「ありがとう。実はね、最後だから頑張ろうって気を張っちゃって、私朝からずっと力が入ってたみたい。でもさっきのおまじないで、何だかすごく楽になったの。出来るって気がする。だから、ありがとう真昼ちゃん。」
「……でも私も負けないから。」
「うん。ありがとう。じゃあ私、戻るね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
 背後で小春が去っていく足音を聞きながら、真昼はふぅと息を吐いた。

 七倉小春という存在が、自分の中でこんなに大きくなっていたなんて。
 小春が好き。
 やっと自覚したその思いは、何だか儚げで。唇に残る彼女の温度は、すぐに夜風にさらわれてしまいそうだった。
 それでも、譲れない気持ちがある。小春に良いステージをして欲しい。それに、自分も彼女に恥じない素晴らしいステージする。
「おまじない、効きそうだな……」
 真昼はそっと唇に指で触れた。 

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