モノクロ



譲介が気づいた時には、隣で食い入るように画面を見ていたはずのTETSUが寝息を立てていた。

今夜の映画は白黒だった。
明るいところで画面を見た方が目に負担が少ないに決まっているのに、部屋の明かりを消して見たいと言い出したのはこの人だ。
もしかしたらこういうことになるんじゃないかと思ってたんだけど、と思いながらふと手元を見ると、さっきまで譲介におとなしく背中を撫でられていた黒猫が消えていた。
視線を移すと、相棒二号と名付けられた仔猫は譲介の手を離れ、寝入ったTETSUの股座に、当然のように居場所を移している。
そこは僕の場所だぞ、と言いたくなって、譲介は苦笑した。
この猫と縄張り争いをしても仕方がないことは、これまでに散々バトルを繰り広げて分かっているのだけれど、チビ相手に喧嘩は止めろととりなす本人が寝ているとあればなおさら、譲介にとっても面白みがないことだった。
譲介は、とりあえず、と思いながら、寝室から、最近の二号のお気に入りのマイクロファイバーの毛布を取って来た。灰色の毛布は、洗濯したばかりだというのに、また猫の毛がついている。
そもそもこれは、二号のお気に入りになる前は、リビングでの寝落ちの機会を目にすることが多くなって来た秋口に、TETSUのために軽くて暖かい毛布を準備しようと思って譲介が買って来たものだ。
今夜は横取りするなよ、と小声で牽制すると、件の猫は、両手で毛布を広げた譲介をいつもの大きな目で見上げている。
肩だけにするか、膝だけにするか。
あるいは、二号のこの小さな身体もすっぽりと覆う形で掛けてもいいものか。譲介は自問する。
仔猫からの抗議の雄叫びでこの人が起きてしまうとしたら、それはそれで、ベッドまで運ぶ手間が省けることでもあるけれど。
先に寝入ってしまった恋人の寝顔を見ていると、それも悩ましいなあ、と譲介は思う。
肩を包めば首回りも暖かくなるけれど、二号がTETSUの肩に飛び移って、毛布にじゃれつきだしたら困る。
譲介はしばらく迷ってから、寝ている人の膝から下をそっと毛布で覆ってみた。
この人は、仔猫に起こされたら、きっと多少怒りはするだろうけど、直ぐに怒りを解いてしまう。
僕はどうやら、最近の年上の人が柔らかな顔を見せるのが自分だけのことではないことに、嫉妬しているらしい。
彼がここにいるなら、今夜は僕もこっちで寝ようか。一枚の毛布をふたりで分け合ったら寒いだろうか、と。そんなことを考えながら、復刻版のDVDディスクをプレイヤーから出して、TETSUが表に付箋を貼ったパッケージに仕舞いつけていると、相棒二号はするりと定位置から下りて、毛布の上で丸まって欠伸をしている。
TETSUが連れて来た猫は、本当に気まぐれで、少し本人に似ていて、譲介は到底憎めやしないのだ。
「なぁに、笑ってんだよ、譲介。」
「TETSUさん、起きてたんですか?」
「おめぇが毛布持ったままうろうろしてっからだ。」
気配がうるせえんだよ、と居合抜きか何かの達人のようなことを言う恋人に、譲介は今度は本当に笑ってしまった。
「映画、TETSUさんが寝てる間にエンドロールまで終わっちゃいましたよ。」と譲介が言うと、それならもう寝ちまうか、と言って、仔猫の飼い主は大きく欠伸をした。

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