ホットドック


鍵を開けると、キッチンの間接照明の明かりの下。流しの横のディッシュラックには、彼が使った大学の校章入りのカップと皿が並べて置いてあるのが見えた。
同居を始めて、もう一週間というところだった。
彼が来ると分かってから購入した新しいコーヒーメーカーは、朝譲介が淹れた分がなくなっており、同じようにして洗って伏せて置いてあった。
帰宅した部屋に、ちゃんと人の気配がある。
それでも、そのことが信じられずにそそくさと移動して寝室を覗くと、ベッドの上に寝入った彼のシルエットが薄く浮かび上がる。手前には適当に脱ぎ捨てられたブーツ。
譲介は安堵し、足早にキッチンに戻った。
流しに行って水を飲み、手を洗う。何か飲もう、と冷蔵庫の中を見ようとすると、マグネットで張り付けられた付箋には、腹が減っているなら食え、と彼の手書きの文字で書いてある。
この辺りの、歩いて行ける範囲にはいくつか、テイクアウトが出来る店がある。

――コンビニはありますけど、毎日カレーを置いているわけでもないですし、大学時代に何でも食べるようになりました。暫くは、来たばかりですし、徹郎さんが食べたいと思ったものを一緒に食べたいです。

TETSUには、そう伝えてあった。今日は何を買って来たのだろうと思って扉を開けると、小さな細い箱が中にあった。箱の横には、譲介も良く知るサンドイッチ店のロゴが印刷されている。大きさからして、中身は恐らくホットドック。
その隣には、小さな紙袋があった。
デザートでも入っているのだろうか。
ホットドックの箱と一緒に出した袋の中に手を入れると、黄色い小さな容器が入っていて、ラベルを見るとカレーケチャップと書いてある。
この辺りに土地勘のない彼が、不機嫌な顔で遠くのスーパーマーケットまで足を延ばした様子を想像してしまい、あはは、と譲介はひとりで笑ってしまった。
ひとしきり笑い終えて目の端に浮かんだ涙をそっと拭うと、現金なもので、ぐう、と腹が鳴った。
冷蔵庫から牛乳のボトルを出して、棚から出したグラスに注ぐ。冷えた牛乳を飲み干し、人心地が付いたところで、譲介は小さな白い箱を電子レンジに入れ、スイッチを押した。
ターンテーブルが回る間、微かに、ソーセージとパンの匂いが鼻先に感じられる。
レンジから箱を出して開封すると、やはりホットドックだった。
ふかふかと暖かいパンに挟まれた脂の乗ったソーセージ。既にケチャップが掛かっているけれど、譲介は彼が買って来たカレー味の方を長いソーセージに塗ってみる。
カレー味のホットドックは、塩辛くて甘くて、嬉し涙の味がした。ゆっくり咀嚼しながら味わうと、ふたつの味が喧嘩しながら胃の中に入っていった。
ずっと、幸せというのは、遠くに見るものだと思っていた。
口の端を拭い、ご馳走様です、と手を合わせて。譲介は、一日の終わりのシャワーを浴びにバスルームへと向かった。

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