続きの日々/瑞類(2023.10.20)
未来捏造(瑞希三年時設定)
「そりゃあ予想はしてたけどさ、」
古馴染みはあきれた声で言った。
「ここまで物で溢れてるとは思ってなかったよ」
「ふふ、どれも自信作なんだ。気になるものがあったら教えて欲しいな」
自信作かどうかは散らかってることと関係ないでしょー、ジト目になった瑞希が振り返る。さっき開いた窓から風が吹き込んで、スカートの裾をすこしだけ拐った。
「まぁ、ちゃんと生活できてるみたいで良かった。一人暮らし始めるって聞いて、結構心配してたから」
ベランダで干しっぱなしのバスタオルが揺れる。元々向かいのマンションが見えるだけだが、白くはためくそれのせいで閉塞感が増していた。できあがったショーの道具やら、試作品やら、改良が必要で持ち帰ってきたものやら、が方々に積まれている部屋は、そもそも開放感とは程遠いけれど。
「それはすまないね。この通り、楽しく過ごしているよ」
「……そう、だね。今の類なら、そこはあんまり心配してないよ」
瑞希は視線を落としながら微笑む。類は何も言えなくなって黙った。神山高校に在学していた頃は、廊下ですれ違ったり知り合いから様子を聞いたりしていたものだが、卒業してからはそんな機会もめっきり減ってしまった。今日だって街中で偶然顔を合わせただけで、瑞希に空き時間がなければこうしてゆっくり話すこともなかっただろう。
「勝手に座っていい?」
「ああ、うん。邪魔になるものは適当に除けてくれて構わないよ。お茶を入れるから、少し待っていてくれるかい?」
「ありがと、類! じゃ、遠慮なく〜」
瑞希に背を向けて、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出した。紙コップふたつに、とぽとぽ注ぐ。勢いに追われてコップはちょっとだけ類から逃げた。両手に持って戻れば瑞希は、ベッドのふちにちょこんと腰掛けている。ごちゃごちゃと工具や部品の置かれた部屋には、ファンシーな服を着た旧友はどうにも似合わなかった。
「はい、瑞希」
「ちょうど喉乾いてたんだ〜、思ったより日差しもキツかったし……」
「そろそろ暑くなってくる頃だからねぇ」
「集合時間、もうちょっと遅くした方が良かったかも」
呟いた瑞希がスマートフォンを手に取る。おおよそ、このあと会う予定の友人たちに連絡を取っているのだろう。サークルの仲間は夜型が多いと聞いていたし、初夏にさしかかった時期の昼過ぎは酷かもしれない。
部品を買いに出る前に座っていた床にまた腰を下ろした。ちょうど瑞希の正面から、俯けた顔もよく見える。明日のショーの練習に向けて準備していた機材の調整はまだ終わっていないけれど、瑞希が出ていくまでの時間手を止めていても予定に影響はないだろう。
「今日はどこに出掛けるんだい?」
「ふっふっふ、実はね〜、花畑を見に行こうって話してたんだ! 奏は花が好きっていうか、見てるとすごく落ち着いた表情になるし、絵名はスケッチの勉強になるから、一人でもよく行くんだって。まふゆも、奏が穏やかな顔してると嬉しいみたいだから、ボクがみんなで行こうって誘ったんだ」
自慢げな、それでいてやわらかな声音で瑞希は語った。以前もミステリーツアーや、あとはフェニックスワンダーランドに連れ立って来てくれたこともあったし、そのメンバーと外出を企画するのは好きらしい。
「フフ、瑞希も楽しそうで良かったよ」
「まぁね〜」
他人事みたいな口調とは裏腹に、瑞希も当事者なんだろうに、それには触れられなかった。他のメンバーと同じように、安心して、あるいは気楽に過ごせているとか、そんな言葉を期待してしまう。踏み越えられないギリギリの境界線を挟んで話していたのももう四年も前だ。
仲間としてずっと気にかけていた。白石くんを筆頭に、寧々たち同学年の友人も多くできたおかげか、中学の時ほどの危うさはなくなっているけれど。年下に対して存外面倒見がいいというのは我らが座長の言だが、類にその自覚はなかった。寧々のことは幼馴染みとして可愛がっているつもりではあっても、瑞希には年齢にかかわらずきっと、互いの安寧を守るためにできるだけのことはしただろう。脆くて傷付きやすくて、それでも世界に他者が必要だった、幼い己たち。
「そういえば類って、去年まで緑化委員だったっけ? 初めて聞いたときはあのショーバカの類が、って驚いたなぁ」
花畑から連想したらしく、瑞希が言った。思索に沈みそうになった頭を持ち上げて、高校時代のことを思い出す。わずか数ヶ月前の話だ。
「そうかい? 思えば、緑化委員のみんなには本当によくしてもらっていたし、たくさんの花を咲かせることができてとても嬉しかったな」
「ねぇ類、この部屋では花、育てないの?」
「この部屋で……かい?」
予想もしなかった問いかけに目を瞬かせる。実家に居た頃は両親や道行く人のため、庭の花壇にもよく手を入れていたっけ。越してきてからは、そういう活動とは遠くなってしまった。
「そうそうー。ベランダにプランター置くとか、結構流行ってるじゃん? だから、育ててみればいいのにーって思って」
「ふむ、……良い提案だけれど、遠慮しておくよ」
「えー、なんでなんで?」
「彼らには、もっとふさわしい場所があるからだよ」
「ふさわしい、場所?」
瑞希は疑問符を浮かべている。
「ああ。このベランダに植えてしまったら、僕以外が目にすることはほとんどなくなってしまうだろう? 綺麗な花は、人を笑顔にすることができる。僕がその可能性を潰してしまうなんて、とてもじゃないができないよ」
「……ふふ、そっか。類らしいね」
もちろん植物も好きだ。他者の目に触れなくても、懸命に生きていること自体がすばらしいもの。だからこそ、自分の手中だけに収めていても、仕様がない。
瑞希は嬉しそうに笑っていた。「しかし、もし君が来てくれるならプランターを置くのもやぶさかではないね」と、口に出しそうになって留める。
それはなんだか、自分らしくないような気がした。代わりに瑞希がもてあましている紙コップに手を伸ばす。もう少しここで過ごしていかないかい、問いかけに、昔馴染みは「それも楽しいかもね」と。
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