願い事

また外国に旅行に行きませんか、と僕が言うと、そういやぁ、間に長休みもあったってのに、結局バタバタしててそういうお楽しみみてえなもんをすっ飛ばして来ちまったな、とパートナーは言った。
いつかのラインの誤送信によって、僕と彼との交際はあれよあれよと言う間に周囲に知れ渡ってしまい、ついに巷のニュースとして報道されるまでになった。その後は人が知っている通りの話だ。
彼も僕も、ドラマや映画の賞レースの候補になることはなくなってしまった代わりに、ダイヤモンドのコマーシャルに、神社の人前式のポスターの仕事が舞い込んで来た。
その仕事のどさくさに紛れて僕と彼の友人を呼んでの小さな式を挙げてからは、仕事は減ったようでいて、また増えた。
僕はと言えば、手弁当でホスピタルクラウンの仕事をしているうちに、初めて冠番組を持つことにもなった。
ハネムーンの代わりに、僕は彼の実家のあった土地に墓参に行き、その後で彼が僕の家にやって来て、友人以外の近しい人に挨拶をした。


僕の淹れたコーヒーを飲みながら、今でも時々、あの旅の初日に行った海の夢を見ることがあると彼は呟いた。
いつも、願い事を尋ねたところで目を覚ましちまうんだ。
あの夜のことを覚えてるか。海に浮かんだ船のオレンジの明かりを見てただろうと言って、目の前の愛しい人が僕を見つめている。


あの夜、流れ星に何を願ったか。この先もきっと忘れることはないだろう。
あの頃の僕は、こんな風に何の理由がなくても、彼と一緒にいたかった。
そのためには、小さな星に祈るよりも、もっと大きな約束が必要だったけど。


あの日の願いはもう叶ってしまったから、新しい願い事を叶えに行きましょう。
今度はあなたの願い事を聞かせてください、と言う僕の言葉を黙って聞いていた彼は、そいつは墓まで持ってくつもりだ、と言って小さく笑った。

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