RAINY DAYS

梅雨のきらあこ。ジメジメした日々の中、お腹の調子がよくないあこちゃんが思い当たった「原因」とは……?


********************************
 「雨も降ってきたので、しばらく休憩で」
 そう声がかかったので、用意されていた大きなテントの中にみんな収まった。降り始めた雨は次第に強くなっていき、テントの天幕に叩きつけるように降っている。この分では撮影の続きは明日になるかもしれない。
 あこは溜息をついて、それから背中の方に手を回した。右手で拳を作ってちょうど背骨のラインに沿うようにあてる。その拳を左手で押す。そのままの体制で1分間。落ち着いて息を吐きながらぐっと。
「それ、何やってるの?」
「にゃ!?!? びっくりしましたわ」
 後ろから声をかけられて跳び上がった。真昼と小春だった。二人もこの映画に一緒に出演しているのだ。小春は心配そうにあこの顔を伺っている。
「あこちゃん、大丈夫? 背中が痛いとか?」
「ち、ちがいますわ。背中は問題ありませんの。ツボを押してたんですのよ」
 ツボ? と真昼と小春の声がきれいにハモる。あこは脳内コンピューターで瞬時に弾き出して説明した。
「背中にある|胃兪《いゆ》っていうツボですの。ここをこんな風に押すと、胃腸にききますのよ」
「そうなんだ。あこ、胃が悪いの?」
「そういえばお弁当もまだみたいだね」
 ちょうどお昼時というのもあって、他の俳優やスタッフたちは配られたお弁当を食べている。見れば真昼と小春もお弁当を持っていた。どうやらあこと一緒に食べようとしてこちらに来てくれたらしい。
「悪いというほどではありませんわ。お弁当も食べられますし」
「本当? 無理してない?」
 小春が真剣に心配してくれるので、あこはブンブン首と手を横に振った。
「本当に大丈夫ですわよ。まぁ絶好調とは言い切れませんから一応ツボを押していただけで……」
 言いながらテントの向こうを見上げた。重たいグレーの空から相変わらず雨は絶え間なく降ってくる。
「梅雨のせいですわ。雨続きで湿度が高いと胃腸の働きが悪くなって食欲が減退したりしますのよ」
「確かに。ジメジメした中だといつもよりは食欲なくなっちゃうかも」
 小春はふむふむと頷いたが、真昼はなんだかニヤニヤしていた。
「な、なんですのよ真昼、その顔は」
「ほんとに梅雨ってだけ? NVAが全米ツアーに行ってるから調子悪くなったんじゃなくて?」
「にゃ!?!?」
 言われて瞬間的に真っ赤になってしまう。まさかこのタイミングでからかわれるだなんて思わなかった。なによりこんな風に過剰に反応してしまった自分が恥ずかしくて、誤魔化すように体中の毛を逆立てながらシャーっと吠えた。
「にゃ、にゃんでそうなりますのよっ!」
「撮影、昨日から一緒だけどあんまり元気ないなーって。てっきりカノジョに会えないからかな~って」
「にゃ、にゃ、にゃにを言ってるんですのよっ! もうっ、お弁当食べますわよ!?」
「はいはい。あこが元気みたいでよかった」
「ふふっ。あこちゃん、かわいいっ」
「もう、勘弁してくださいまし……」
 こちらに向けられた二人の視線が生温かい。あこはやっぱり肩を落としながらお弁当の蓋を開けた。
 その後はそれぞれの仕事の話題になり、お弁当をおいしく食べながらいつもと変わらず楽しくおしゃべりした。二人とももうすぐ新しい仕事に取り掛かるらしい。小春は有名なお菓子のCM撮影で使われる衣装を提供することになっている。真昼は今度大手化粧品会社とコラボしたメイク講座を担当することになったのだそうだ。しかも担当はもう一人おり、それは夜空とのこと。久しぶりの姉妹でのお仕事だ。なるほど真昼があこをからかうほど余裕があるのはそういうことかとからかい返してやると、真昼はあこと同じくらい赤くなって、そんなんじゃないから! なんて言っていた。

 映画の撮影はやはり明日に延期になったため、今日はホテルに戻って休むことになった。スタッフとの打ち合わせやオンライン会議があるという真昼と小春とは別れて、あこは部屋でくつろぐことにする。
 ソファに背中を預けて、お腹の辺りを手で撫でてみた。相変わらず胃腸の調子はあまりよろしくなかった。ネコが好きなネコっぽいアイドルのあこ。本物のネコも雨の日は低気圧の影響を受けてゴロゴロしたり寝たりしている時間が多くなるが、あこの身体もネコみたいになっているのだろうか。それとも。
 真昼に言われた言葉を思い出す。
 ――NVAが全米ツアーに行ってるから調子悪くなったんじゃなくて?
 まさかそんなはずは、と思うが、ちょうど雨が多くなってきた時期にきららは出発した。だからどちらが要因だなんてハッキリ言うことはできないように思えてくる。もしかすると本当に雨ではなくて、あのこのせいなのかも、なんて。
「梅雨だからとばかり思っていましたけれど、恋煩いで食べ物が喉を通らなくなるなんてことも言いますし……」
 ぽつりとつぶやいてみて、3秒後。
 自分が言った言葉で盛大に赤面してしまった。ちょうどソファの正面にある化粧台の鏡に真っ赤になった自分の姿がはっきり映っている。あこはやはりブンブンと首を横に振った。
「な、なに言ってるんですのわたくしは……! こ、こい、こいわずら……ああ、もう! ……いけませんわ、明日の撮影のために台本を読み直しませんと」
 鏡が目に入らない位置に座り直して、鞄から台本を取り出した。そうして明日の撮影シーンのページを開く。こういう時は別のことを、仕事のことを考えるに限る。
 それなのに脳内には彼女の顔がもうはっきりと思い浮かんでいて、今どうしているんだろうと考え始めてしまうから困った。
 外はやはり雨が降り続いている。明日は午前中、晴れ間が出るようなので屋外での撮影はその時全部終えられるとして、お天気アプリによれば明後日も雨。その次の日も降ったり止んだりという感じらしかった。今週の終わり、久しぶりに太陽みたいな笑顔に会える頃には、この空もすっきり晴れてくれるといいな、なんて思うのだった。

powered by 小説執筆ツール「notes」

97 回読まれています