無題/聡狂(2024.03.22)
聡実が手にしているのがアナル用のローションであることと、それが半分以上使われていることに気がついた瞬間、狂児は聡実を床に引き倒していた。
「いった……ッ、なにすんねん」
「誰に許した?」
「は?」
「なぁ、聡実くんのかわいいここ、誰に触らしたん。ちんぽも入れられた?」
たまに監視させていた若い衆からは、会っているのは女性だけと聞いていたのに。見逃していたのか、いやそれとも女性相手でも彼が抱かれる側か? 許せない、などと言えた口ではないが、頭が真っ白になった狂児はすでにブレーキを手放していた。
膝を、そのまろい尻の下に差し入れて、ふとももで奥の穴をぐりぐり押す。腑が煮えそうだ。聡実の人生に口を挟む権利なんてない。よくわかる。ずっと線を引いていた。踏み込まないよう、踏み込まれないよう。それなのに。
「……はっ、」
「今の笑うところあった? 答えて。聡実くん、俺これ以上ひどいことしたないよ」
「させないんで、ええですよ。誰にも触らせてませんし」
挑発する表情に、掴んだ手首に力を掛ける。やって、わざわざ後ろ解すとか。何か契機になるようなものでもないとせんやろ。狂児は思う。
どんな返答が来ても耐えられないし、こんなことをしてしまったからには聡実との関係は最悪になる。遠くから見守ることすら難しいかもしれない。それでも狂児の口はよく回り、聡実を問い詰める。
「ほんま? じゃあ、その手ぇの中のはなに? 聡実くんが他人のケツよがらせとった?」
「違いますけど、これからします」
それは減ってるのと辻褄合わんやろ、腹が立つ。
「……ふぅん。誰の?」
「察し悪いですね。今、目の前にいる人です」
「……ん?」
「だから、狂児さんです」
はよどいて、痛いし邪魔やし。目が点になっている狂児に、聡実はしんそこ面倒そうな顔で言う。ああ、ごめん、こわばったままだった指を必死で外して、狂児は上体を起こした。聡実も狂児が先ほど押し付けたふとももの上に座って、手首をさする。
「痛いよな。ほんま、悪かったわ」
「別に。勝手にいなくなられるんと比べたらマシやわ」
「それは……て、そうやなくて、何? 俺のこと抱くん? 聡実くん」
よくわからないままに訊ねる。聡実は狂児の腰を取っ手のようにして身体のバランスを保っていたが、座り直されるたびに目の前で揺れる聡実の前髪に、狂児は心を乱されていた。
「抱きますよ。嫌ですか?」
「え、まぁー……ちょっと考えてええ?」
「嫌です。こっちがどんだけ待っとったと思てるんですか」
聞いたくせに即答で返される。瞠目する狂児の唇を奪って、苦いわとつぶやく聡実の声が遠い。煙草のせいか。聡実くんと離れたら本数増えてもうたんよ。空回りする思考。
「ほな、誰に使うたん? あれ」
聡実の手から外れて床に転がっているボトルを顎でしゃくると、聡実はこともなげに理由を喋った。
「自分の後ろ触っとった」
「……やっぱり誰かに」
「しつこいわ。狂児さん抱くんに、参考にしよと思って」
「参考」
「狂児さんに抱かれる気はないけど」
「ないの」
「ないわ。どこをどうやってしたらエエんか、調べとった。だから狂児さんのこともようしたげるよ」
多少個人差はあるらしいけど。付け加えた聡実が首を傾げる。どうする? 暗に問われている。自分のために、後孔の開拓まで済ませてしまう男に、これから抱かれる。それとも、また逃げるのか? こんな危うげなまま置いて?
フリーズした狂児に、聡実は遠慮なくキスを落としてきた。ほほ、鼻の先、生え際、あご、ふにふにとした感触は狂児がこれまで誰にされたそれとも違う。まだ皮膚が触れただけだ。それが。それなのに。
「わ、かった……、準備してきてええ?」
「今ですか? ええですよ」
「い、今!? もうちょっと……」
「待ってたらまたどっか行くんちゃいます?」
「信用ない、いや自分のせいやわ……」
「そうですね。洗うんも解すんもやったことありますし、手伝えます」
「わー……」
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