絆は氷風に揺らぐ事なく《エピローグ》
「……という訳です。依頼を達成したので、報酬の手配をお願いします」
「まさか、本当にやってのけるとは……」
驚きが半分、困惑が半分といった表情を浮かべた酒場の主人は、フレームが変形した眼鏡を無理やり着用しているウェディの男を二度見する。
顔や装備に付着した煤や擦り傷を見るに、相当苦労したのだろう。彼等が持ち帰った赤い結晶の欠片は、魔瘴によって生まれた『幻影』を討伐すると稀に手に入るレッドオーブの材質と確かに一致している。この欠片のみでは職人達が扱う素材として利用する事はできないが、水竜を討伐したという証拠としては十分だ。
何はともあれ、しっかり役割を果たしているのであれば相応の報酬を与えなければならない。
「依頼は依頼ですからね、良いでしょう。突然巻き込んでしまった貴方にはご迷惑をおかけしたので、追加でゴールドを……」
「あっ……ええと、それは要らないです」
「良いのですか?」
「代わりにひとつだけ、お願いしたい事があります」
「面倒事でなければ、まあ……」
内容次第であれば、と渋々答える酒場の主人。シンクはそんな彼を真っ直ぐに見つめる。
「一緒に依頼を受けたエルフの三人……彼等の実力を認めてくれませんか?」
「いきなり、何を言い出すかと思えば」
「水竜の討伐後、彼等から聞きました。彼等は依頼を受けようとした際、エルトナ大陸の『幻影』を討伐したという実績だけでなく……キーエンブレムを二個も提示していたと」
「…………」
キーエンブレムとは、町や国に対し多大な貢献をした者に贈られる勲章であり、名声を上げようとする冒険者であれば誰もが憧れる『英雄の証』でもある。
そんな代物を二個も所有していただなんて話をカーンから聞いた時は、シンクですらその真偽を疑ってしまったが……クッキーがそっと取り出した若葉色と桜色のエンブレムは間違いなく本物だった。
「見ず知らずの冒険者達……それも子供達をそう簡単に信用できないのは、仕方ないかもしれません。でも、その実力を示す物があるのなら、どうか信じてあげてくれませんか? その努力は、年齢や性別……そして、身分に関係なく評価して欲しいんです」
シンクはあの三人のように特別な力がある訳ではない。あったとしても、それは欠陥だらけの『体質』だけだ。けれどもそんな自分でも、何かができるかもしれない……今回の冒険でシンクは不思議とそう思えるようになった。
──きっとこれが、今の俺にできる事。
シンクは酒場の主人に対し、深く頭を下げる。
かつての約束はもう果たせない。今更こんな場所で頑張ろうとも、諦めた過去が変わる訳ではない。そう分かっていても……何もできないまま、この話を終わらせたくはなかった。
「……分かりました、善処します」
暫くの沈黙の後、カウンター越しから聴こえた言葉は決してその場限りの返事ではなかった……そんな気がした。
「ありがとうございます!」
顔を上げたシンクは酒場の主人から書類を受け取り、もう一度頭を下げる。
その様子をチラっと覗いていたカーンは素知らぬ顔をしながら、酒場のウェイティングルームへと向かった。
「がっはっは! 愉快愉快!」
「あ、あはは……」
「まあ、あのエンブレムはオマエの実家のチカラだけどな」
椅子に座り待機しながら気まずそうにしているクッキーに対し、満足気に笑うカーンは酒場の主人には聞こえない大きさの声でひっそりと種明かしをしてゆく。
三人の実力は折り紙付きで、エルトナ大陸で『幻影』を倒したという話も事実だが……キーエンブレムに関しては、クッキーの実家がその貢献を認められた事によって得たものであり、クッキー個人の持ち物ではない。これはシンクにも伝えていない、三人だけの秘密だ。
利用できるものは何でも利用してみせる……そんなカーンは悪びれる様子もなく、どっさりと椅子に座りながら小さく呟く。
「ま、ああいう奴ならまたパーティーを組んでやっても良いかな」
「……カーン君、何か言った?」
「いいや、何でも」
隣に座るマサムネの問いに対し、カーンそっぽを向きながら帽子の位置を整える。
すっかり機嫌を戻しながらも、いつも通りの素直になれない少年の横顔に、クッキーは……静かに微笑んだ。
****
酒場で討伐依頼完了の手続きを済ませ、カーンが酒場の扉を勢いよく開けると、既に一度沈んだ筈の太陽は天高く昇っていた。
証書をグレン城の大使に提出し無事報酬を受け取った四人は、城下町の広場でその配分を決める。
「俺はあまり役に立っていないし、これだけあれば暫く生活に困らないから……」
「つべこべ言うな雑魚メガネ! このゴールドで、さっさとそのダセェメガネを直して来いッ!」
シンクにとって不利益となる提案すらも一蹴するカーン。そんな彼に対しシンクは苦笑しながら、ゴールドがずっしりと入った麻袋を受け取った。きっちり四等分の額ではあるが、いつもの討伐依頼と比較すると倍以上の報酬だ。
「昨日は野宿で寝た気がしねェし、ここらでパーティは解散だな」
やるべき事を終えたカーンは、気怠げに欠伸をしながら呟く。
それもその筈、一行は幻影の討伐後に急いで帰還しようとしたが……シンクが『眼』を使い過ぎた影響で倒れてしまった上、またしても大吹雪に見舞われ、一行は夜が明けるまで雲上湖で時間を過ごす事になってしまったのだ。まだ昼時だが、今日はお互いゆっくり休養をとるべきだろう。
改まった挨拶はせず真っ先に立ち去ろうとするカーンに対し、シンクはふと訊ねる。
「……カーン様達は、この先どうするんだ?」
「ハァ!? 何だよその気色悪ィ呼び方は!」
「えっ、だって昨日はこう呼べって……」
「お前には『ジブン』ってヤツがねえのかよ!」
「それって一体……」
「だ、か、ら!!」
シンクは昨日の会話を振り返りながら、困惑の表情を浮かべる……が。
「お前の好きなように呼べつってんだよ!」
全力で、その内容を覆されてしまった。
その言葉の意味を理解したシンクは少しだけ微笑みながら、小さな声で返事する。
「それじゃあ、カーン君……で」
「ケッ、馴れ馴れしい奴!」
カーンはシンクの言葉を否定せず、帽子のツバをクイッと上げながら先刻の問いに答える。
「良いか、オレがやる事は今までもこれからも変わらねえ! アストルティアで一番ビッグなスターになる為に、冒険を続けるだけだッ!」
「そっか、応援しているよ」
「雑魚メガネの応援なんて無くても叶えられるが、その気持ちは受け取っておいてやるぜ!」
「こら、カーンくん。ちゃんとお礼は言わないと」
「ちょっ……近いって!」
ぐっと顔を寄せ、不遜な態度を正すべくきっちりと叱るクッキー。そんな彼女との距離感に動揺し、カーンはすぐさまそっぽを向く。その光景を傍目にマサムネが、いつもの事なので……と小さく呟いた。まだまだ危なっかしい所がある三人だけど、彼等ならきっとこの先も上手くやれるだろう。
シンクは別れの言葉を告げようとした、その時。
ふと見覚えのある影が視界に入った。
「あれ、あそこに居るのって……」
「ん?」
暗緑色の髪と、鮮やかな海を身に纏ったような布がふわりと揺れる。
シンクにとって見慣れた無表情のウェディが、広場の片隅を歩いていた。本の山に手を付け始めた彼女が、それらを読んでいる最中に外出する事はあまりない筈だが……珍しいと思いつつ声を掛けようとすると、シンクの視線に気付いたカーンが身を乗り出すように食い付いた。
「あそこに居るねーちゃん、めちゃくちゃマブいじゃねえか! 雑魚メガネってああいうのが好みだったりすんの!? ちょっと声掛けてみよ〜ぜ!」
人々で賑わう広場の中、独特な存在感を放つ彼女は確かに綺麗だと思う。むしろ近寄り難い程に。
大抵の者であれば恐縮し避けてしまう事が多いのだが、どうやらそんな彼女にカーンは興味を惹かれたようだ。先程まで疲弊していた筈のカーンのテンションがたちまち上がっていくのを見たクッキーは、動揺しながら『はわわ……』と小さな声を漏らしていた。それを見たシンクは慌ててカーンの言葉を訂正する。
「あっいや、あの人は普通に知り合いというか……一緒に旅をしている人で……」
「はァ!? お前が、あのねーちゃんと??」
カーンの大き過ぎるリアクションと声は、旅の同行者……モカの方にも届いたようだ。
微かにヒレを動かした彼女が振り返ると、茜色の瞳が此方に向けられる。その表情はいつも通りで、何を考えているのかは全く分からない。
「えっと……おーい、モカさん!」
シンクが慌てて声をかけてみると、モカはほんの少しだけ立ち止まり……何事もなかったかのように、無表情のまま再び歩き出す。
「オイオイ、見栄張ってつまんねえ嘘ついてんじゃねーよ! 逃げられてんじゃねェか!!」
「いや、これは本当で……」
「知り合いならガン無視される事ねえだろッ!」
「その……色々と難しい人なんだ……!」
そう言いながらシンクは、短いようで長い冒険の疲れをぐっと堪え駆け出す。人混みのせいか……彼女との距離は短いようで、とても長く感じられた。
「それじゃあ、俺はこれで! 三人とも、本当にありがとう!」
「こちらこそ、お付き合い頂きありがとうございました」
「シンクさん……どうか達者で」
「女のケツ追っかけて、くたばんなよ〜」
モカを追いながら振り返ると、両腕を頭の後ろで組んだカーンと、小さく手を振るクッキーとマサムネの姿がちらりと見えた。
お互いにアストルティア中を旅する冒険者であれば……きっといつか、再会できるだろう。
****
道ゆく人々の合間から、旅の同行者の姿が垣間見える。
他を寄せ付けないその背中を見て、ふとシンクは考えた。大切なものを守る為なら、孤独になる事も厭わない……そんな人達の事を。
水竜と妖剣士との戦いで、クッキーが魔法を放った時。爆発の光に飲まれながらも妖剣士は水竜の元へと寄り添おうとしていた。まるで、大切なものを守ろうとしているかのように。それに気付いたのはシンクのみではなかったようで、誰もが討伐依頼の達成を素直に喜ぶ事はできなかった。ただ一人、カーンを除いて。
沈黙の中いつもの調子で『帰ろうぜ!』と言い放ったカーンはきっと、初めから気付いていたのだろう。かつての友人も、恐らく彼と同じ判断をしていたと思う。
目の前の彼女の孤独もまた……何かを守る為のものなのだろうか?
──それは考え過ぎ……かな。
シンクはグレンの赤い岩を蹴りながら、その考えを放棄する。
彼女との関係はあくまで『他人同士』で、それ以上の関与はしないと決めている。それこそが、自分が後悔しない為の……フェイの望みを叶える為の手段だと信じているから。
彼女との距離は一向に縮まらない。
どうせ宿に行けば後で会えると分かってはいるが……シンクは息切れしながらもう一度、その名を呼んだ。
《 fin 》
powered by 小説執筆ツール「arei」