完結するデュオローグ

望月栞莉さん(𝕏 @shio_lia )企画の「五伏利き文字企画」に提出しました。
お題「熟年夫婦」
***


「だから、すごいんだってあの二人!」
 目の前で熱弁する補助監督の同僚に、私はやや引き気味に「そう」とだけ返した。彼女の言うあの二人、とは、いろんな意味で規格外な男として有名な五条特級術師と、彼が目をかけていると噂の伏黒二級術師である。五条さんの任務に補助監督として同行した彼女はつらつらと語りだした。
「迎えに行ったら恵くんが見送りに来てたの、五条悟を」
 ──要約すると、伊地知さんからの申し送りに従い五条さんを迎えに行ったところ、伏黒くんも一緒に居たらしい。伏黒くんは同僚に「この人の補助、大変だと思いますけどよろしくお願いします」と頭を下げた。一方、五条さんは伏黒くんに「十八時には帰るから。ご飯は家で食べるよ」と告げ、伏黒くんは「わかりました。いってらっしゃい」と応えたと言う。
 そして予定よりも早く祓除が完了した際に、五条さんは伏黒くんに真っ先に電話で「今から帰るよ」と伝え、高専ではなくタワマンの前で降車し、そのまま中へと消えていったそうだ。
「なんかさあ、新婚夫婦みたいな空気感だったのよね」
 同僚はそうしみじみと呟いた。大袈裟な、と思ったのだが、まあ確かに普通の教員と生徒の関係からは逸脱しているようにも思える。
「でも、新婚夫婦……?」
 どうにも二人の関係をそう称するには同僚の邪推が勝ちすぎている気がしてそう呟く。たしかに二人のやりとりは結婚したての夫婦っぽくはあるが……と結婚して二十年以上経つウチの両親を思い浮かべた。
「藻部田さんも実際に見たらそう思うって!」
「そうかなあ」
 興奮する同僚を宥めつつ、さっきから気になっていたことを突っ込む。
「て言うか、『恵くん』って呼んでるの?」
「あ、……いや、五条悟が『恵』『恵』って鳴き声みたいに言うから、うつっちゃった」

 同僚とあの二人に関するやりとりをしてから二日後、伊地知さんの休暇消化の影響により、私にも五条さんの補助が回ってきた。五条さんの隣には伏黒くんが居る。
「今日、恵も連れてくから」
「急にすみません、俺は同行するだけなので、スケジュールに変更はありません。よろしくお願いします」
「あ、はい。そうなんですね」
 伏黒くんのしっかりとした言葉に、アホみたいな返事をしてしまった。恥じらう暇もなく、伏黒くんが五条さんに声をかけ、連れ立って車のドアへ向かう。それを見て慌ただしくロックを解除した私は、二人が優雅に後部座席に乗り込んだことを確認すると、最初の目的地に向かってハンドルを切った。
「恵」
「どうぞ」
 会話に釣られてバックミラー越しに後部座席を盗み見たが、二人は視線を合わせることもなくそれぞれ手元の端末を見ている。会話しないのか、と少し残念に思っていると、五条さんが伏黒くんを見た。
「恵ぃ」
「だめです。今回行かないと次がさらに面倒ですよ」
 え? 今、名前呼んだだけだよね? 思わず振り返りそうになる顔を前に戻して、こっそり聞き耳を立てる。
「もう永遠に行かなくてもよくない?」
「だめに決まってんだろ」
「恵のケチ」
 伏黒くんの乱雑な口調にギョッとしている私をよそに、五条さんは拗ねたように唇を尖らせた。想像以上に気安い仲を見せる二人に驚きつつも、本日の段取りを共有するために口を挟むタイミングを見計らう。
「恵も持ってこうかな」
「無茶言わないでください」
 だが、二人の会話に口を挟むタイミングが掴めないまま、一件目の現場まで後数分となる。焦る気持ちだけが走りそうになったタイミングで、伏黒くんが「今日は」と切り出した。
「この先の廃屋から、ですよね、藻部田さん」
「へ!? あ、はい、そうです!」
 急に水を向けられて、上擦った声で返事した。伏黒くんは揚げ足をとることもなく淡々と今日の予定を私に確認し、折々で五条さんに細かな注文を付けていく。
「半径1km以内に公園があるので出力に気をつけてくださいよ」
「ハ〜……そう言うみみっちいの嫌いなんだよね」
「あ、あはは」
 五条さんの面倒くさそうな声にヘタクソな愛想笑いしかできなかった私とは異なり、伏黒くんは「好き嫌いじゃないんで」とバッサリ切り捨てた。強い。男子高校生とは思えないほどにしっかりしている伏黒くんに感心していると、目的地である民家が見えてきた。呪霊の巣窟と化している廃屋の持ち主であり依頼主でもある人物の住まいだ。
「依頼者への聞き取りには俺が同行します。三件目の情報がもう少し欲しいのでお願いしてもいいですか?」
 概要欄がスカスカの三件目(後で窓に確認しようと思っていた)に気づいたらしい伏黒くんが、そう助け舟を出してくれた。五条さんと依頼人が接する際には目を離さない、という引き継ぎが脳裏を過るが、私より伏黒くんの方が的確にこなせそうである。
「え、いいんですか?」
「はい。この人は俺が見張っておきますので」
 お言葉に甘えて私は外に残ることにし、二人が民家に入るところまでを見送る。玄関のドアが閉まる直前、自分の靴と五条さんの靴を揃える伏黒くんの姿が見えた。

「お待たせしました」
「お帰りなさい。あれ? 伏黒くん、怪我してますよ」
「かすり傷です」
「最後の最後で避け損なったんだよね〜」
 悔しそうに五条さんを見る伏黒くんに微笑ましい気持ちになりつつ、車をゆっくりと発進させた。後部座席では二人が会話を続けていて、ついつい聞き耳を立ててしまう。
「ここまではよかったけど、最後がダメ」
 もしかしてさっきの一級案件、伏黒くんが祓除した? 二人の会話を気にしつつも運転し続けると、すぐに二件目の現場に着く。降車した二人に今度こそ事務連絡を、と振り返ると五条さんが伏黒くんに財布を渡していた。
「恵」
 伏黒くんは「わかりました」と頷くと、私に会釈をして現場とは逆の方向へ歩きだす。その背中を戸惑いながら眺めていると、今日初めて五条さんに話しかけられた。
「恵はあとで合流するから。行くよ」

 結局、四件目の現場で伏黒くんとは合流できた。五条さんに甘ったるそうなフラペチーノを渡した伏黒くんは、私にも美味しいコーヒーを買ってきてくれていて、胸が高鳴ったのは秘密だ。その後、任務は恙無くすべて終了し、五条さんの要望で彼を東京駅まで送ることになった。
「恵」
「はい。日持ちする焼き菓子にしたので、よろしくお伝えしてください」
 車から降りる前に名前を呼ばれた伏黒くんは、足元から紙袋を取り出した。(さっきまで手ぶらだったよね!?)紙袋には有名な洋菓子店のロゴが描かれている。その店は、確か二件目の現場に程近い場所にある店だ。
「は〜……やっぱやめよっかな」
「まだ言ってるんですか。あなた当主なんだから、家には定期的に帰った方がいいですよ……藻部田さん」
「は。……は、はい!」
「今日はありがとうございました。俺、このままこの人を見送るので、先に帰っていただいて構いません」
「あ、はい。お疲れさまでした」
 お疲れさまでした、ともう一度頭を下げた伏黒くんは、先に紙袋を持って降車した五条さんの後に続いて降車する。並んで歩く二人の背中は駅構内へと消えていった。
「……新婚夫婦……」
 車の中で業務連絡をするべくスマホを操作しながら、同僚の言葉を反芻する。初々しさの欠片もなく年齢差も感じさせない気安い二人の言動、打てば響くように甲斐甲斐しく行動する伏黒くんとそれを当然のように享受する五条さんの姿、……互いをいい意味で空気のように扱う姿に両親の姿が重なる。
「新婚って言うか……熟年夫婦……?」
 とりあえず、同僚に「五条さんって本当にめぐみめぐみって鳴くね笑」とメッセージを送った。

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