焼き鯖


「二人ともまだ起きてるか?」
夕飯が終わって、そろそろパジャマに着替えるとこになって、草若ちゃんがいつもみたいにお土産を持って帰って来た。
宵っ張りの草若ちゃんが持って来たのは、こないだもおやつに食べた一銭焼き。
「これ山分けして食べるで~。」と草若ちゃんには言われたけど、僕もお父ちゃんも夕ご飯を食べた後やったから、お互い一つのパック全部を食べると多すぎる。
遠慮して、平和的にふたりでひとつのパックを分け合って食べることにした。
割り箸で食べるお土産って、なんでこないに美味しいんやろ。
作り立てやからかな。
ご飯作ってくれるお父ちゃんのレパートリーはそんなに多くないけど、いつもの塗り箸で食べるいつもの夕飯も美味しいし、夜に食べる延陽伯の中華も好きや。
そんでも、時々買ってきてくれるお稲荷さんとか、草若ちゃんが買って来る焼き鯖とか、今日の一銭焼きも特別な味がしてほんまに美味しい。
草若ちゃんもにこにこしてるし、お父ちゃんはそういう草若ちゃんのことずっと見てる。
いつもより、ちょっとだけ機嫌が良さそうに見える。
きっちり栄養取るご飯よりこういうのの方がずっと好きやけど、毎日ちゃんとご飯作ってくれてるお父ちゃんには言えへんなあ、て思ってたら、さっきまで麦茶を飲んでた草若ちゃんが「これが、焼き鯖なら冷めても美味いんやけどな~。」と言った。
焼き鯖かあ。
初めて逢った時に草若ちゃんが持って来たあの大きなお魚のことを思い出して、うんうん、また食べたいなあ、と思いながら、しびれてきた足を崩した。
皆でご飯食べる時は、いつも僕だけ正座が多い。
ちゃぶ台でご飯食べるて言うても、そういつもいつもきちんと胡坐しとらんでもええで、とは言われてるけど、お父ちゃんも草若ちゃんも落語のお稽古してる時はちゃんと正座やねんな。
僕もお稽古混ざりたいな~て思うけど、お父ちゃんは、『草若兄さんみたいになってもええて言うならかめへんけど、今のうちから早まったこと考えん方がええぞ。』てスタンスやし、草若ちゃんは、『落研ある大学とか高校とか入って、そっからでもええんとちゃうか?』て言うし、こんな今時の貧乏長屋みたいなとこに住んでて、ほんまに僕、高校とか大学とか行かせてもらえるんやろか、てちょっと思ってたけど、そういう心配をせんでええ代わりに、落語はもうちょっと年食ってからにし、て言われてるみたいやった。
正座を崩したら、ご飯も終わったな、歯を磨こ、て思うけど、気が付いたら欠伸してぼんやりしてることが多い。
なんや眠いなあ。
草若ちゃんは、麦茶のおかわりを冷蔵庫に取りに行きがてら「小浜また行きたいな~。」と言ってチラッと片付けしてるお父ちゃんの方見て言った。
「海も楽しいし、風も気持ちええし、焼き鯖美味いし、小浜は最高やで~。喜代美ちゃんちにも寄って、あっこのお母ちゃん手作りのでっち羊羹を食べへんとあかんし……オレ、こないだは食べ損ねたからなあ。へしこの入ってへんの、」とそこまで言ったとこで、お父ちゃんが向き直って「ほな、今日の残りの皿は、草若兄さんが片付けてください。でっち羊羹食べに行くなら、冷凍庫のアイスはいらんてことですね。」と一息で言って、いつもの小さい皿に水を満たして平兵衛さんの籠に寄っていく。

ああ~、やってもうた……。
一度拗ねてもうたら、お父ちゃんはほんまに長い。
こうなったら、もうあかんな、というのが分かるので「僕が代わりに片付けやっとくでえ。」と言って慌てて立ち上がると「草若兄さんにさせてお前は宿題せえ。」という言葉が飛んでくる。
そないに言えば、草若ちゃんが代わってやってくれるの分かっててそういうねん。お父ちゃんて、ほんまにいけずやなあ……僕がとっくに宿題終わらせてるの、さっき見てたやん。
平兵衛さんに構うのが終わったら、外を向いてごろんと横になってるのがいつものパターンで。やってしもた、て顔をした草若ちゃんがお父ちゃんの背中に寄ってって、オレが悪かったて、機嫌直してえな、と言うまでがセットていうか……。
目の前で(ええ~~~~~……なんやこれ?)て顔してる草若ちゃん見てるのも、まあほとんど五日ぶりくらいていうか。

ほんまに懲りへんなあ、草若ちゃんって。
二人ぐせて、ただのお話しのネタやと思ってたけど、ほんまにあんなん、どこのご家庭でもあることとちゃうやろか。
僕がこないして横から見てても、お父ちゃんが怒るパターンってちゃんと決まってるんやけど、いつもいつも学習せえへんていうか。
こういうのが岡目八目ていうことなんやろか。
基本的にお父ちゃんも怒ってても長続きせえへんだけで、これが寝て明日の朝まで怒ってるの持続するタイプやったらほんまに大変やと思う……。人間なんか、気紛れなもんや。いつもいつも簡単に機嫌が直るとは限らへんのになあ。
流しの前に立つと、後はよろしくと言った割りには、ほとんどの皿はお父ちゃんがすっかり片付けた後の状態やった。まあ、ワンプレートご飯みたいなもんやしなあ。
僕は草若ちゃんのお土産を食べ終えるまでに使った、二、三枚のお皿とお箸を洗ってしもて、明日の朝まで皿立てに立てとけばそれで大丈夫、と思ったタイミングで、いなくなったお母さんが最後に見せた、あの怒った顔が頭の横にちらりと過ぎった。
毎日ニコニコしとるわけにはいかへんよなあ。
「お皿洗い終わったから、皆でアイス食べへん? イチゴとラムネとチョコモナカとかき氷のレモンと梨のがあるよ。」
草若ちゃんが前にいっぱい買って来たヤツ、食べても食べても減らんし、毎日どれも美味しそうなんやけど、そろそろ残りが少なくなってきた。
「なあ、シーソーくん、一緒にアイス食べようて。シーソー、おい、……シノブ。」
ごろんと横になったお父ちゃんがこっちを向いて「僕はラムネ味のがええです。食べた後で二時間ほど隣でお稽古しましょう。」て言うと、草若ちゃんのほっぺがぱっと赤くなった。
……草若ちゃん、もしかしてラムネ味のアイス食べたかったんかな?
「草若ちゃん何にする? 僕今日はモナカが食べたいんやけど、夜遅いから半分こでええ?」
「……あ、うん。そないしよ。」
あれ?
いつもやったら、全部食べへんで偉いなあ、てぎゅうぎゅうに抱きしめてくれるのに。
やっぱりお父ちゃんに冷たい顔されたのが、まだ堪えてんのかな。
アイス食べたら、ちょっとは機嫌も直ると思うけど。
「はい、お父ちゃん、スプーン。」と手渡しすると、スプーンは無言で受け取って、なんや涼しい顔してる。さっきまで怒ってたくせに。
「草若ちゃんは僕と半分こな~。」
「お、おん……旨そうやな~。」
って草若ちゃん、オチコのおばちゃんがちりとてちんやる時より演技下手なんやなあ。
お父ちゃんがまだふてくされてへんか、顔色伺ってるみたいに見える。

明日になったら、ちゃんとお父ちゃんの機嫌、直ってるとええな。

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