Shining Strawberry

星宮いちごさんお誕生日記念、2020年3月15日に書いたss
お誕生日に主役がいない!?どうやら早くお仕事が終わって、学園に戻ってほわほわ日向ぼっこしてたら仕事の疲れもあって気付いたら爆睡していたらしい星宮いちごさんを見つけてくれたのは……というお話。


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 暗い中庭も今日は月の光が照らしている。ふわりと風が吹いてきて、サワサワと木立が揺れた。夜ともなると肌寒い。三ノ輪ヒカリはぶるりと体を震わせて、コートの袷をぎゅっと握った。
 すると着信音。ポケットの中を探るとピカピカ緑色が点滅している。画面に表示されているのは、相手はよく知った人物だ。
「……もしもし?」
「ヒカリか?私だけど。ヒカリ、今どこだ?」
 矢継ぎ早に言われて思わず顔をしかめるのはいつものこと。ヒカリは、はぁとため息をついて、一呼吸おいてから答えた。
「いきなり何よ。もう学園には来てるわ。中庭。ちゃんとそっちに向かってるけど?」
 不機嫌そうなヒカリを気にするでもなく、電話の相手、紫吹蘭は慌てた様子で言葉を続ける。
「それがさ、いないんだよ。まだ来てないんだ。今日の仕事先にはあおいが連絡したんだけど、もう随分前に帰ったって言われて。それで、ヒカリも今日同じテレビ局で撮影だって言ってただろ?だから見てないかと思って」
 捲し立てる蘭。どうやら何か大変なことになっているらしいが、一体なんだというのだ。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。さっきからあんた何の話してるわけ?いないって誰がよ?」
「いちごだよ。いちごが、今日の主役がまだ来てないんだ」
「はぁ????」
 素っ頓狂な声を出してしまって、ごほんと咳払いを一つ。なるほど。それは一大事だ。アイカツフォンの通話スピーカーの向こうから絶えず聞こえてくる、蘭も含めたくさんのアイドル達の心配そうに落ち着かないざわめきもよくわかる。
 本日、3月15日。ちょうどお誕生日を迎えるアイカツ界のトップアイドル、星宮いちご。今夜は学園で彼女のバースデーパーティーが開かれるのだ。ヒカリも招待を受けたので、いつもなら地下のスタジオに戻るところをこうして校舎の方に歩いていたというわけだ。
 それが、パーティーに欠かせない主役のいちごがいないなんて。
「一体どこで油うってんのよ……この私が来てやってるっていうのに」
「ヒカリもどこかで見かけたらまた連絡くれ!あおい、もう一回いちごに電話かけるか?……分かった。それじゃ、ヒカリ、またあとでなっ!」
 それだけ言うとプツリと電話は切れた。
「ちょっとなんなのよ……確かに一大事だけど、蘭、慌てすぎじゃないの?どうせそのうちひょっこり現れるような気がするし……」
 確か前にもオフの日にみんなで出かけようというとき、いちごが遅刻してきた理由は、素敵なスイーツショップを見つけて寄り道していたからだった。ついつい買った焼きたてチーズケーキがすごくおいしくて、みんなの分も買おうと思ったら、次に焼き上がるのを待たなくてはいけなくて、それで時間がかかったのだとか。いちごは遅れてごめん!と心から謝ってくれもしたし、そのあとみんなで食べたチーズケーキはスペシャルにおいしくて、みんなすっかり許してしまったのを思い出す。
 すると、どこかで電子音が聞こえた。アイカツフォンの着信音だ。もちろん自分のではない。手元の端末はしいんと静まったままだから。なおも着信音はずっとなり続けている。こんな静かな場所で鳴っているのに、気付かないということがあるだろうか?
 っていうか早く出なさいよ、とイライラしてきて、ヒカリは音のする方へ行ってみた。
 そこにいた。件の少女が。
 中庭の片隅、着信音はベンチの上から聞こえてくる。高らかに着メロを奏でるそのアイカツフォンを握りしめながら、今まさに絶賛お尋ね者になっている少女、星宮いちごは横になってすやすやと眠っていた。
「うそでしょ……この子、何やってんの」
 あまりの状況にそれ以上の言葉が思い付かず、ヒカリは頭を抱えてため息をつく。と同時に着信音が止んだ。霧矢あおいからの電話であったことが表示されて、すぐにその画面は暗くなった。
「すごいわね、こんなに握りしめてるのに、電話でも起きないなんて」
 相変わらず月明かりは優しく辺りを照らしている。いちごの金色の髪はそれを反射してキラキラと輝いた。それがなんだかとてつもなく眩しく見えて、この瞬間をどこかに閉じ込めていたいような気持ちになって、ハッとした。
 ヒカリのこれは癖のようなものだ。いつも地下の太陽として、ネット上を主戦場にして活動しているヒカリ。配信の時も、自分でカメラの位置やライト、CG効果など演出のことを考えて、MVの編集作業も自ら行なっている。常に最新の映像技術や、デザインを勉強して、一番自分が魅力的に見える「見せ方」を考えている。
 だからこそ目についた「綺麗なもの」「忘れたくないと思うような素敵なもの」、俗に言うエモいという類いのものを敏感に感じ取れたし、それに巡りあったときには自然とテンションが上がった。
 月明かりにベンチで眠る金色の髪の少女。それはまるでおとぎ話のワンシーンのようで、胸を鷲掴みにされるような感覚があった。だからこそ唇を噛んだ。
 悔しい。自分以外の人間が、それも同い年で、同じアイドルをやっている子が、こんなにも眩しいなんて。
「うーん、だめだよ~……」
 モヤモヤと色んな思いを巡らせているときに、急に桃色の唇から声が発せられたので、危うく悲鳴をあげそうになった。
「ちょっと!びっくりさせないでよ……!」
 しかし当のいちごはむにゃむにゃと口を動かしてまた寝息を立てている。寝言だったようだ。
「驚かせないでよね……でも、とりあえずこの状況、どうしようかしら」
 このままという訳にはいかない。みんなが主役を待ちわびているのだから。しかしさっきはあんなに大きな着信音でも起きなかったのだ。こんなにぐっすりおやすみ中のいちごを、どうやってパーティー会場まで連れていこうか。とりあえず蘭たちに連絡しようかと思っていると、ぐぅ、とまた別の音が聞こえてきた。ぐるぐるきゅうと音を立てるのは彼女のお腹。
「うう……もうだめだよ、お腹、ペコペコ……あおい~……今は、限界……エンジェリーマウンテンは、登れないよ……」
「まったく、夢の中でもお腹すかしてるわけ?」
 しゃがみこんでその寝顔をじっと見てみる。本当にしょうがないんだから、なんて思うのと同時に笑顔になっている自分に気付いた。
 たしかにさっきの悔しさは本物だ。それなのに、いちごの前だと何だか一緒に楽しくなってしまって、色々なことがどうでも良くなってくる。なぜだか分からないけど。
 結局はそれが「星宮いちご」がトップアイドルである理由なのだろう。
「ほんと、ずるいわよね」
 指先でさっと自分の端末の着信履歴を表示して、先ほど話したばかりの彼女と通話を開始する。すぐに出てくれた相手に簡単に状況を説明した。
「そうよ。今は中庭にいるわ。すぐに連れていきたいところだけど、すごくよく寝てるのよ。どうやって起こせばいいかしら?……ああ、なるほど。やってみるわ」
 流石はずっといちごとユニットを組んでいるだけある。教えてもらったその言葉を金色の髪から覗いている耳に向けて発してみた。
「いちご、早く起きなさいよ。あんたの誕生日のおいしいパーティーご飯が待ってるわよ!」

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