今年は


「そろそろ戻らないと子どもが起きますよ。」と手元に巻き直した時計を見て四草が言った。
「ん……。」
ベッドの横に手を伸ばして、突っ伏したままで外した指輪を填め直す。
石も台座もない指輪て、素っ気ないし面白みがないけど、こういうときにどこが上か気にする必要ないからそこはちょっと楽やな。
頷きながらもベッドからはうまく起き上がれなくて、「身体起こしてくれ。」とねだってみると、こういうの介護みたいで嫌やて言ってたやないですか、と苦笑する声が聞こえて来た。
黙って身体起こすの手伝えばいいんじゃ、と言おうとした機先を制するように、四草が、よいしょ、と身体の下に腕を通して身体を持ち上げた。
「パンツ穿くのも手伝いますか?」
やかましいわ。



子どもと生活していると二年参りが出来る年と出来ない年があって、紅白を見ている間に寝入ってしまったような夜は、二年参りを止めて、雑煮を食べてから出掛けることになる。
手持ち無沙汰の大人ふたりは、子どもを布団の中に寝かしつけたところを見計らって、ちょっと外の空気吸いに行くか、そうですね、としらじらしく声を掛け合い、そっと家を出ることになる。
出掛ける前にマフラーぐるぐる巻きにしてるときは、ほんまにうどんだけの予定やったのに、なんでこんなただれた大人の見本市みたいなコトになってしもたんやろ。
いつもの立ち食いそばの暖簾をくぐる前に花火の音がどっかからしたのには気づいていた。電話の液晶画面を開くと、とっくに日が替わって今は一月一日の表示が見える。
新年あけましておめでとうのメールは、今ではほとんど来ることもなくなっていて、雑煮を作ってる最中に餅焼いてんのかな、という喜代美ちゃんから貰うくらいになっていた。
中に入るといつものバイトの顔が見えて、新年になってしもたな、そうですねと言い合いながら、食券を二枚出した。
賭けてはないけど、賭けみたいなもんで、子どもが先に寝てしもたから、今夜はオレの払い。子どもが起きてる時は、三人前になるから四草が払いを持つことになってる。
きつねうどんが出て来たとこで、あけましておめでとうございます、と互いに言ってからうどんを平らげた。
おちびのいない間に言ってしまった今年最初のおめでとうは、ちょっと寂しいけど、ちょっと嬉しくもあった。子どもが一緒にいるときは、オヤジとおかんがいつかのオレにそうしてくれてたように振舞いたいような気持があって、こいつのことばかりを優先したらあかんような気がしてる。
あっという間に平らげたうどんで腹がくちくなると、寒い帰り道を、四草に手を引かれて帰ることになった。
こっちです、と先導されて薄暗いラブホの立ち並んでるような道に入っていくのに目を剥いたけど、こっちの道のが近道ですから、と言われたら、オレから道を戻りたいとは言えへん。
おちびがいるときはぐるっと電灯の多い大通りを歩いて行くことになるから絶対に選ばない道や。どこもかしこも空き室の看板が立ち並んでる。絶対どこか選んで入るんやろな、と思ってた。朝になるまでは時間あるし、クリスマス前からずっと仕事入ってたからいっぺんも最後まではしてへんし、なんや期待とかしてしまうやん。
そないして自分から誘って来たくせに、普通の道が見えてくるまで何も言わへんから、ぱっと手を離して自分で四草の袖引いて、ここ入らへんか、と聞いてしまったのが運の尽きというか。
そんならここにしましょう、と言う四草の声音には、並んでるホテルの中からどれにするかはそっちに決めさせてあげます、と言わんばかりの思惑が潜んでいて、しまった、と思ったのが遅かった。
おちび、早かったら朝の5時には目、覚ますし、シャワー浴びて準備してセックスしての慌ただしいご休憩になるの分かってんのやけどな。こんな行き当たりばったりになるくらいなら、こういうとこより、今時の、デザインホテルとか言うような洒落た名前の新しいとこを選びたかった。
なんやもう、なんでお前て、いっつも、そんな即物的やねん。
フロントで休憩、と言った時に出された古いキーホルダーも、旅館で手渡されるような細長い、昭和の遺物みたいなもんで、やるだけみたいなでかいベッドの部屋に通されてそれで盛り上がったりするわけないで、て思ってたけど……。


もそもそとパンツ穿いて靴下履いて、て着込んでる間にじっと四草の視線を感じて居心地が悪い。
「お前あっち向いとけ。」
「嫌です。」
……なんでこういうとき、へいへい、ていつもみたいに言わんのや。
「……ええやないですか、今更。隅から隅まで見てるのに。」
「……減らず口せんとあっち向いとけて。金取るで。」
「……。」
ちょっと眉を上げて逆向いて。お前そっち鏡あるとことちゃうんか、もう~~~~。
早く帰りたいなら帰りたいで普通に急かしたらええやんか。
「準備出来たで。」
「それなら、帰りますか。」
おう、と返す頃には、もう着込んだばかりというのにすっかり丸裸にされた気分や。
「兄さん、マフラー曲がってますよ。」
「そうかあ?」
直してくれ、て言う前に端のとこを引っ張られて、キスされた。
チュ、で終わるのと違う。
こんなタイミングで舌入れんなボケ~~~。
これから外行くのに立ってしまうやろが、と言いたいけど言えないし、反射で口開いてしまったオレが悪いんか。
いつまでやってんねん、と足蹴にすると、やっと顔が離れた。
お前な~~~~……今から出るとこやのに……。
マフラーは解けてるし、と結び直してると、「延長した時間まだ余ってたので。」としれっと言われて、いつもみたいにヘッドロック掛けてどついてやろうかと思ったけど、うかつに動いたら腰がズキズキ痛い。
これ、おちびとお参り行くまでに治るんやろか。
出ますよ、と言ってホテルのキーを片手にした四草の後頭部を見てると、妙に憎らしくなってきた。
「今年はもうせえへんからな、」
「今日は、の間違いでしょ。」
今年もたくさんしましょう、と言われて、ドアホ、と返す。
今日のホテル代はお前に払わせたるからな。覚悟しとけ。

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