卑怯



ビジネス街のど真ん中にあるコンビニというのは、祝祭日の夕方などは、ほとんど休みのようなものだ。
平日はレジに三人、品出し他二人の五人態勢、土日も混みあう時間帯はそれなりにがっちりスクラムを組んでいるが、今日などは、奥で店長が寝ているくらいでほとんどワンオペ。
それでも暇。
はっきり言って暇。
いや、田舎のコンビニに比べたら全然客おるみたいに聞こえるけどな、と短大出た後でひこにゃんの牙城に住み着いてOLやってる友達はそんな風に言うけど、暇と言ったら暇なのだ。
もはやバカボンのパパ。
仕事は、全くないわけじゃない。ないわけじゃないけど。
『誤発注しました、うちの店を助けてください』というSOSを出すような予想外の失敗は毎日は発生しないし、セクハラ粘着の客は、実はビジネス街にはそんなに多くない。少なくもないけど。
まあ、私は「そういうの」が粘着する外見やないからな。高校の時はなんでこないな顔に産んだんよと思ったし、バイトの面接官の受けは悪いけど、今はそれでどうにかなってるのだから人生分からない。
はあ、暇……。
合間にメールの返事したいな~とか、携帯でマインスイーパーするかな、とか、テキスト開いて試験の勉強したい、とか思うけど、細切れの時間を細切れらしく有効に使うことなど出来るわけがない。
人間観察するにも、ここには人間より立て看板の方が多い空間なので。
そういえば、うちのお母ちゃん昔、贔屓にしてた芸人さんの立て看板どっかから持って帰って来てたことあったなあ。
あの頃は、どうせ持ち帰るならカーネルサンダースとかにしたらええのに、何が哀しくてこっちが名前も覚えてない芸人さんと暮らさなならんの、と思ったものだ。
気が付いたらあっという間に衣文掛けと私のポシェット掛けになってたけど。
お、もう十時か。
さてさて、と腰を上げて「赤いコンビニで会いましょう~」とあほで呑気なテーマソングを歌いながら、あんまん、肉まん、カレーまんと順番に保温機に並べていると、段々虚しくなって来た。
頑張って並べたこの半分が、廃棄になるんだろうなぁ。
そう思ってしまったが最後、浮かれたコンビニ愛ソングでも埋められない陰鬱な気持ちがやって来た。
コンビニバイト歴も三年になると、段々とここで働くことに対する慣れも出てくるもので、最初の頃のように新鮮な気持ちには戻れないし、何かを頑張っても、頑張らなくても、手にする給料は爆発的に増えることがないとか、オーナーが自前で店を持ったなら手元に残ったはずのお金が、売れるか売れないかも分からない商品を開発して、販売努力も商品管理も何もかもをこっちに押し付けて来る以外には、ほとんど苦労もしてない本社に利益をすっかり吸い上げられてしまうところを見るのも辛い。
市場経済というのはこうして回っているのだよ、ワトソン君。
したり顔のシャーロック・ホームズが頭の隅からやって来たので、私はジョン・ワトソンになった気持ちでこう口にする。
ファッキンブルシット。


自動ドアが開いたのは、さて身体でも動かしますか、と床を磨いてるタイミングのことだった。
私は、とりあえず掃除用具をその場に置いてレジに戻る。
「こないだのアレ美味かったな。なあ、後で食べに行かんか?」
「いきなりアレて言われても、分かりませんよ。最近兄さん、なんでも旨い旨いってそればっかりじゃないですか。」
「金ないんやから、こっから歩いて行けるとこに決まってるやろ。」
「だから、それがどこなんです、て聞いてるんです。」
雑談をしながら、自動ドアをくぐって店内に入って来たのは、二人組のおじさんだった。
(おめでとうございます、あなたたちは今日昼から数えて15組目のカップルです!)
なんちゃって、なんちゃって~~~!
……まあそんなあほな話しは置いといて。
やってきたお客は、人間観察するには格好の対象に見えた。
ははあ、これはあの先にある落語の殿堂のなんちゃら亭とかいうとこから来た芸人さんかな、と分かる。
自販機くらいの背の高さの、飄々とした和装のおじさんと、背の高さは普通でも佇まいが凛としたおじさん。
背の高い方のおじさんは、二十代の頃から顔が変わらないと周囲に言われてそうなタイプ。
対して、もう一人は、ロマンスグレーの手前で、若々しいという言葉の枕詞に『あの年にしては』が付く年代。
韓国映画でこういうベタなアジョシの二人組が出て来ると、八割方、北の工作員と南のスパイだったりするのよね、などと妄想を逞しくしていると、店長が仕入れを間違えて沢山入って来た値引きのカレーパンに背の低い方のおじさんが目を走らせている。
それで、アレてどこなんですかね、私も行ったらあきませんやろか、と内心で出刃亀の精神を発揮していると、背の低い方のおじさんが飲み物の棚に行って、上の方にある冷えた緑茶を籠にガンガン入れている。
ああ~!お客様、カフェインの入った飲み物は水のうちに入りませんが……と言いたいけど我慢。
背の高い方のおじさんはアイスの入った冷凍ケースの前に立って物色しているようだった。
今日、外ちょっと暑いですもんね。
「そういえば、こないだ食べに行った鰻、微妙やったな……。」
「はあ。」
「あ、あれお前とやったっけ。」
「僕とですね。」
「……すまん……。」
その、言ってしまった、という顔からはもう失敗感が駄々洩れで、どうやら、ウナギは背の低い方のおじさんの好物だったらしい。
「串カツは良くてなんで鰻はダメなんですか。タレでいいなら似たようなもんじゃないですか。」
「秘伝のソースのタレとあのごついタレを一緒にすな……どんだけ雑な括りなんや、お前の頭は。そもそもお前もぱくぱく食ってたやないか。」
あ、串カツも食べに行ったんだ……。
本物の芸人さんてより、好きな落語聞きに行ってその後飲みにいく友達とかなのかな。
和装のおじさんの方は、なんかどこかで見たことある気がする。
「タピオカが飲みたいって言ってたくせに、結局こっちに押し付けて僕の飲んでた烏龍茶を横取りした人が良く言いますね。」と黒ジャケットのおじさんが言うと、アイスを諦めたのか、お茶を入れるのを手伝ってた隣のおじさんはハア?という顔をした。
「オレも大概やけど、お前も根に持つやっちゃな~。その話はもうええやろが。」
「人の舌がアホみたいな言い方してると、明日からの味噌汁の出汁、ヒガシマルのうどん出汁に変えますよ。」
「……おまえ卑怯やぞ……。」
いや、おじさんのその顔の方が卑怯ですけどね!!
背の低い方のおじさん、逆に戸惑ってるやないですか。
ていうか、この年でルームシェアとかしてんのか……背の低い方のおじさん、元がバンドメンみたいな顔つきしてるし、そういうことも世間にはあるんかもな。
「もうええでしょう。アイス買いたいなら買いたいで、何個でも奢りますから、食べたいの籠に突っ込んでください。道草食ってんねん、て兄さんらに怒られますよ。」
「……いつもいつもそうやって誤魔化せると思ったら大間違いやで!」と捨て台詞を吐きながら、冷凍食品棚の中からいそいそと三つのハーゲンダッツを取り出すおじさんに、隣のおじさんが苦い顔をしてる。
あー……奢りと分かった途端にそれは……隣のおじさんの気持ちが分かり過ぎる……。
お客様、もう買い残しはございませんでしょうか。
そう思っていると、これで終わりです、と言わんばかりに籠を抱えたおじさんが戻ってきて「アイスと茶は会計別にしてくれ。茶は領収書、日暮亭で。」と言った。
「あ、はい!」
私が手書きの領収書を引き出しから出していると、「……これもアイスの方で頼むわ。」と声がした。
背の低い方のおじさんの「はあ?」という声が聞こえて来る。
え、何……?
「領収書の宛名、こちらに手書きでいただけますか?」とメモとペンを差し出した私の前に、小さな箱があった。
これ……明るい家族計画に必要なゴム製品やないですか……しかも、サイズでかいし。
のっぽのおじさんは口笛を吹いて自動ドアのところまで歩いて行ってて、残された方のおじさんは……なんでそんな嬉しそうなんですか?
て言うか、あの背の高さ……。
私が、中学生の頃に毎朝顔見てたソコヌケお兄さんに似てないか?
聞きたい~言えない~。
「先にお茶の方のお会計、全部で三千三百円になります。お支払い、現金でよろしいですか?」
「ツケは効かんのやろ?」
「あ、はい。」と言うと、財布からお金を出してくれた。レシートを渡すと、こっちでも半分詰めるから袋だけくれ、とおじさんが言ったので、袋を二枚出した。
手書きの領収書をさっと渡す。
「そうしましたら、こちらの方のお会計、先にさせていただいてよろしいですか?」
「ちょっと待っててくれ。」と言われてレジを待っていると、これも頼む、と背の低いおじさんがサイズ違いの一個ずつ持って来た。

大きい方二箱で小さい方一箱て……。
ちょっと待ってくれ、てこっちが言いたい。
「お会計、二千百円になります。」
なんとか、営業スマイルを顔に浮かべて会計を済ませて、アイスと例の箱も袋に詰めると「おい、シーソー、早来んかい!」と外から声が掛かった。
名前が分かってしまった。
いきなり気まずい顔になったおじさんに、「外暑いからあんじょう気をつけてください。」とよそ行きの声音で声を掛けると、そうやな、と返事が返って来て、「今行きます!」と元気に大声を出した。

袋を三つ抱えて店から出て行ったおじさんが、のっぽのおじさんにアイスの袋を押し付けている様子を見てると、重い方持ってあげるんや、と笑ってしまう。
あのふたり、また来たらええのにな。
そんな風に思いながら、受け取りもせずにレジに残してったレシートを眺めた。
コンドームて、ダッツより高い。

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