夜更けの待ち合わせ/山月(2024.6.24)
身体を清めて、寝巻き代わりのスウェットを身につける。伸びたぶん水分を含みがちな髪もタオルで拭って、ドライヤー。熱でじんわりと汗を掻いた生え際や襟足のあたりはそのまま、タオルは洗濯カゴへ。洗面台に置いていた眼鏡を手に取って、脱衣所の電気を落とした。
扉の向こう、廊下も暗い。標準的な1LDKのマンションに窓が多くないせいでもあるが、そのままスイッチに手を伸ばさずに裸足のうらをフローリングに進ませた。ぺたりぺたりと己の足音が響く。目的地は寝室だ。夜の室内はどこかしっとりした雰囲気をまとって、自身の心臓がとくとくと走るのが場違いに目立つ。ドアノブを捻る前から、やわらかく弱められた照明が漏れ出していた。
「お待たせ」
山口は、今宵の待ち合わせ場所に枕を抱えてあぐらを掻いていた。月島の声に、開いていた本を閉じてベッドサイドの棚へと戻す。手のひらにおさまるサイズのそれは、月島が昨夜しおりをはさんでおいたものだろう。
「おかえり」
「読んでたの」
「うん。でも、あんまりわかんなかった。ツッキーはすごいね」
別にそうでもない。月島は仕事関係の勉強で買った書籍を興味深く読むことができるけれども、山口のような職にはおそらく就けないから、そこはお互いさまだ。とはいえ、今から仕事の話をする気にもなれず、月島は黙ってベッドの上に乗り上げる。平均より大きい体格を二人分受け止めたフレームがすこしきしんで、音を立てた。
山口は足を解いて、腕を広げて待っていた。自分より小さな体躯から作られた空間に、自身を押し込むように身を預ければ、山口がありったけの力を込めて抱きしめてくる。背中に手を回してやれないほどだったので、月島は「山口、痛い」といつもの調子で文句を言ってやった。「ごめんツッキー!」と、山口が慌てて緩めた隙に、脇から背中をそっと撫でる。
「わぁ⁉︎」
「うるさい山口」
「今のはツッキーが悪い!」
山口がびくりと揺れて、つられて笑いが溢れる。ほんとにうるさいよ、耳元で叫ばないで、と告げるために身体を離したのに、山口は見計らったように唇を合わせにきた。元々約束していたくらいだ、軽く触れ合わせるだけで済むはずもなくて、口付けが深くなる。最後に、じゅうと舌を吸われて一度目のキスが終わる頃には、月島の頬はすっかり上気していた。月島のその表情を見て、山口は嬉しそうに笑う。
「ツッキー、睫毛ついてる」
さきほど髪を乾かした際に飛んだのだろうか。山口はゆびさきで月島の頬を摘んで、ほそっこいそれを捕まえたらしい。その割に、しれっとした顔で寝具の上に払い落として、ツッキー睫毛長いよねぇ、などとのたまいながら眼鏡のつるに手をかけてくるのだった。
抵抗してもしようがないので、おとなしくしていた。クリアな視界が遠ざかって全体がぼやける。たぶん、今日はしつこいな。これまでの経験から、なんとなく察する。するりと背中から侵入してきた手のひらが、でこぼこした一連の骨をなぞった。
「ツッキー、いい?」
「駄目なわけな、わっ」
答える前にぐいと体重をかけられ、天井を見上げる羽目になる。山口の顔に焦点は合わないけれど、にやけ面の想像はたやすくついた。「ありがと」、ささやく声のうわずりがくすぐったい。上体を倒してきた山口から二度目のキスを受け取りながら、月島は今度こそ、その背に腕を回して抱き締めた。
powered by 小説執筆ツール「arei」