車に乗ってるだけの高身長組




□タイトル通り 会話文多めのゆるゆる仕様




「やっぱり俺はお留守番の方が良かった気がする~」
「わたしも乗ってるとせまいですよね…?」
「別に行先は一緒だし手足は多い方がいいだろ。狭くねーし」
「……えへへ、ありがとうございます」

あれー?と首を傾げつつも特に気にする様子もなくシートの角に収まるように身体を丸める仁と、ド緊張とは言わなくてもリラックスとは程遠い姿勢で視線を窓際に逃がすやよをそれぞれサイドミラーで視認してから、龍之介はアクセルを踏んだ。行先はこの辺りで一番大きなショッピングモールだ。


□□□


事の始まりは数十分前、所属しているバスケットチームで使う買い出しに出ていた翔太から龍之介が『なんか予想外に荷物増えそうだから迎え来て~』といった旨の連絡を受けたことだった。惰性といってもいいくらいの気の緩さで溜めていた録画の消化をしていただけの龍之介はそれを快諾し、最低限の貴重品をポケットに突っ込んで自室を出る。
土曜日の昼下がり、という世間的には外出時だったり賑やかになりそうなタイミングも、居住者の半数以上はシフト制の生活サイクルで占めているこのマンションにおいては余り適用されないようで、共有スペースも落ち着いた様だった。その様子にてっきり誰もいないだろうと龍之介が横切りかけたその時、ゆるりとした声が響いた。

「あ、龍之介くんだ」
「いたのか」

長い足をだらりと伸ばし、余すことなくソファを占有していた男――仁が龍之介の返事に呼応するようにむくりと上体を起こすと、その背もたれを肘置きにしながら首を傾げて見せた。

「お出かけ?」
「翔の迎え」
「へー」
「仁は何してんだよ」
「えー?…だらだら?」
「ならお前も行くぞ」
「……え?」

予想外の話題転換に仁が口角こそ上げたまま目をぱちくりとさせている中、その間に背後に回っていた龍之介は容赦なくぐいっと仁の首根っこを掴みあげる。とはいえ龍之介も特にこれと言った明確な理由があるわけではない。ただいつも出張から帰る度にねだられるお土産の件を思い出し、たまには引っ張り出そうと何となくの気持ちで思っただけに過ぎない。過ぎないが、龍之介は一度決めたことには妙に頑固だった。

「えー、いいよ俺は。お留守番係」
「うるせぇ偶には付き合え」
「えー」
「おら、行くぞ」
「もー、我儘なんだからぁ。なんか奢ってね」
「わぁったよ」

首元の布地が伸びてしまう可能性や気遣いなど露もなくぐいぐいと容赦なく引っ張ってくる龍之介に観念した仁がされるがままにしていた体制を立て直して歩を進めることにしたのを視認すると、ぱっと手を離して今度こそ共有スペースから下りていく。軽快な足取りとは言えない様子でくぁ、と欠伸を漏らしながらも、逃げ出そうとはしない仁の様子に龍之介は思わず少し笑った。逃げること自体を面倒臭がっているんだろうな、と思いつつ。


□□□


駐車場に置いてある自車の運転席に龍之介が乗り込む一方、仁はのそのそとした動きで後部座席に乗り込んだ。そのまま窓にこつん、と頭を寄せながら身体を傾けると、丁度良い位置を見つけたようで“お、”と小さく声を漏らした。

「出すぞ」
「はーい」

カーナビの表示履歴を押すと自身の記憶以上にしっかり上位に残っているショッピングモールに、如何に自身が足として使われているのか自覚してしまい薄ら笑いを浮かべつつ、点滅する矢印に従い車を走らせ始める。

「おぉ…これは思ったより良い揺れ心地かも」
「連れ出した俺に感謝してもいいぞ」
「それはどうかなー」

そんな軽口の応酬をしたりしなかったりしていると、場所はショッピングモールの最寄り駅まで差し掛かっていた。きっともう少し走らせればその片鱗が視界に入るまでそう掛からないだろう。とはいえ駐車場に辿り着くまでもう少しかかる。段々と混み始めた車道に、赤信号で停車させつつ改めて今が土曜の昼下がりだと思い出し駐車場が満車でないことを祈っている龍之介の後ろで、半ば夢うつつに外を眺めていた仁が何かを見つけたように瞬きした。

「んー……んー…?」
「あ゛? どーした」
「あれ、やよちゃんっぽくない?」
「あれ……、は、確かにそうだな」

自分達が止まる車道から見た歩道側に仁が指す姿があった。
すらりと伸びた長身は、その高さに対してしなやかなカーブを描いた体格をしていて、男性なら線が出そうなシャツはそのシルエットをほっそりと見せていた。同じように信号で待っているということは、進路方向は同じということで。

「あいつもショッピングモールじゃねぇの」
「じゃない?この辺そこしかないし」
「どっか寄せるから声掛けろ」
「もー、人使い荒いんだからぁ」

龍之介が辺りを眺めて上手く車を一時停車できる場所を探す一方で、仁は窓に寄せていた身体を起こし車窓を開ける。仁が緩やかに“やよちゃーん”と決して大声とはいえない声量で声を投げ掛けるのを助長させるようにププッ、とクラクションを響かせる。それによりびくっと震えた肩は、きょろきょろと周囲を見渡して音の元を探り始めたのを見て、仁は“この距離じゃ俺の声は聞こえないなぁ”とすぐに判断した。無駄な労力は使わないとも言うが。その最中で大きめに駐車場を取っているコンビニを見つけた龍之介はそこを一時停車の場所に決めてハンドルを切ることに決めた。

「仁、車一旦あのコンビニに止めるから降りろ」
「えー、電話でよくない?」
「おら、その前に信号が青になっちまうだろ」
「はいはい」

急かす龍之介にあくまでマイペースにはいはい、と車を降りた仁は、先ほどのクラクションを自分のことじゃないのかと判断し既に足取りを戻していたやよの背中を追う。普通のその辺にいるような女の子相手なら、特別意識しなくても歩幅のリーチの違いで追いつくことは容易な筈だが、如何せん同様のリーチを持つやよ相手だとそう簡単にはいかない。仁もやよもせかせかと歩くタイプではないから尚更だった。

“なんか追い付かないな?”
“まぁ龍之介くん先回りしてるしいっか”

そんなことを思いつつ特に歩を早めることなく後を追っていると、度重なる信号でやよが再び足を止めた。おっ、と思いながら距離を縮めて、ぽん、と一叩き。

「追いついたぁ」
「…っ!? ぇ、あ、じんくん?」
「全然追い付けなかったなー、流石の歩幅」
「あ、ごめんなさい…?」

やよからすれば突然現れた知人に瞬きを繰り返さざるを得なかったが、仁はそんな様子を露にも気にする様子はなくへらへらと口を開く。その笑みは彼の妹と似ているような、似ていないような、でも面影はあるような気がして、釣られるように思わずやよも表情を和らげる。

「俺、今龍之介くんに連れ回されててさ、ショッピングモール向かってんの」
「りゅうのすけさん?」
「うん、あれ」

信号を渡った先に見えるコンビニの看板の更に向こう側にぽつんと止まった車を仁は顎で指すと、やよの脳裏でクラクションの音がリフレインした。

「あ、もしかしてさっきクラクション…?」
「そうそう、この辺にいるってことは行先一緒でしょーってことで」

仁が当たり前の同行することを促す一方で、この数分で次々と起こる予想外にやよはわたわたと少しだけ申し訳なさげに焦るような素振りをする。決定的な言葉こそ少ないが、少し鈍いやよでもこの流れは何となく乗せようとしているんだと分かった。

「ぇ、あ、でも……?」
「あれ、違った?ショッピングモールじゃない感じ?」
「それは…そうです、」
「んじゃいこー。ここでバイバイしたら俺怒られちゃう」

“龍之介くんもそうだけど、そこから愛に変な伝わり方しそーだし”と言いながらからりと笑う仁に、先ほど勝手に彼と重ねた名前が出てきたことにやよも眉をハの字にしながら口角を緩める。連れ立って歩き始めると、それに気付いた龍之介が再びクラクションを鳴らしながら車窓を開けるて緩く片腕を上げて見せた。その様子にやよはぺこり、と軽く会釈すると、その様子に龍之介は少しだけ瞬きを繰り返した後、仕方が無さそうに苦笑した。

「やよちゃん回収しましたよーっと」
「おつかれ」
「こんにちは、りゅうのすけさん」
「やよもおつかれ、とりあえず乗れ」
「良いんですか…?」
「あはは、1人も2人も変わらないって」
「お前が言うな」
「俺のことだって龍之介くんが勝手に乗せたくせにー」

仁に倣うように後部座席に乗り込んだやよは、そういえば普通の車と違ってくぐる角度が浅かったことに気が付いてやっぱり背丈がある人はそういう大きめの車を選ぶのかなぁ、と呑気に思いながらシートベルトを締める。後部座席の2人がシートベルトをしたことを確認すると、龍之介はアクセルを踏んだ。

「やよ、お前はどの店に用があんの」
「ぁ、わたしはホームセンターに」
「あー、あそこか」
「そーいえば翔太くんはどこにいんの?」
「知らね」
「しょうたくんもいらっしゃるんですか?」
「そもそも翔が俺を足にしたんだよ」
「俺はそんな龍之介くんにただ巻き込まれただけー」

他愛の無い会話をしていること数分、信号は無いのに不自然に車が止まった。もうショッピングモールの駐車場は目の前だというのに。否、目の前だからこそ、ともいえた。繰り返すが、今日は土曜日。現在時刻は昼下がり。

「……列すげぇな」
「わ、すごいですね」
「降りた方がはやそー」
「降りるか?」
「やだ」

視界に入る駐車場の駐車状況を示す看板を信じる限りはまだ満車ではないようで龍之介は一息吐いた。ただ落ち着くまではまだまだ時間が掛かりそうで、もう一度吐いた息は紛うことなき溜息だった。その溜息を聞いて少し焦ったようにやよは仁と龍之介を交互に見遣るが、仁は全く気にする様子がなく無為に流れる時間に大きな欠伸を漏らす。その大きさに思わずやよは目をぱちくりと瞬かせた。

「まぁだ眠ィのかよお前は」
「いやー、この緩やかなゆれが眠気呼ぶよねー。ね、やよちゃん」
「え、あ、たしかにきもちぃです」

同意を求めるようにやよの表情を覗き込む仁に、やよは困ったように笑いながら空気の掴み処に迷いあぐねていた。確かにゆっくり進んだり止まったりを短時間に何度も繰り返す車中は、眠気を呼ぶのに程良いような、でもそのまま素直にここで寝てしまったら運転している龍之介に申し訳ないような。そんな葛藤を繰り返す様はあまりにも分かりやすくて、思わず龍之介も仁も笑いがこみ上げそうになった。というより仁はもう漏らしていた。

「ほらー」
「へーへー、どうぞお眠りください」
「だってさ、やよちゃん昼寝しよ」
「え、…でも、」
「寝るならさっさと寝ろ。着いたら叩き起こすぞ」

そう言いながら止まっていた車はまた緩やかに進んで、ゆっくりとまた停車した。小刻みな揺れは、車中の空気も相俟って緩やかにやよにも眠気を誘っていく。もう仁は返事すらせずに目を瞑っていて、やよからは眠っているのか目を瞑っているだけなのかは判別出来なくなった。それに気付いているのか否か、龍之介もそれ以上何を言う訳でも無い。ただ雑に流れていたラジオの音量を少し下げた。次いで龍之介は横目でやよを見遣ると、仕方なさそうに、でもどこかまんざらでもなさそうに“ねろ”と音もなく口を動かして見せながら助手席に無造作に置いてあったブランケットを投げるように渡した。
これは、眠ってしまっていいのだろうか。実は仕事を1件済ませた後であるやよは、どっとした疲れこそないもののその揺れが心地よくなるくらいには眠気が誘われやすくなっていたようで。ブランケットの柔らかさにほう、と息を吐いたのも束の間。社内に響くのがラジオの音と2つの寝息だけになるのはすぐのことだった。



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ぴろりん、と翔太の懐に入っていたスマートフォンが響いた。
寄越した迎えが到着した連絡の通知だろう、とすぐに内容の目星をつけると、実はまだ終わっていないチームの買い出しにこれはお迎えついでに車までの荷物持ちもお願いすることになりそうだなぁ、なんて思いながらスリープモードを解除した。龍之介の名前と共に入っていた通知は2件。てっきりいつも通り“ついた どこ”の短文だけが入っているかと思っていた翔太は、もう1件はなんだと画面をタップして、そして吹き出すように笑った。

「絶対起こすの躊躇ってるやつだ」

1件は、予想通りの“ついた どこ”。
そして2件目は、運転席から撮ったであろう見慣れた車中で互いにもたれながら眠っている仁とやよの写真。考えるよりも先に保存のボタンをタップした翔太は、そのまま笑いをかみ殺せないまま通話ボタンを押した。





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